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何でもお見通しなようです

 





 翌日の昼過ぎ。なかなか寝付けず、侍女に少しの睡眠薬入りドリンクで眠らされ、昼前に起きたばかりのユスティアが身支度を軽く整えられた頃にヴィンセントは訪問してきた。母の侍女に呼ばれるまで自室に引きこもっていたユスティアは、サロンにいるヴィンセントの姿を見るなり目を見張った。


「………ご機嫌よう先生、とても珍しい姿をなさっておいでですわね」


 普段、学校では軍服のような格好をしているというのに。式典でもそうそうお目にかかる機会のない服装だ。


「学園理事長の正装だ。……もっとも、儀式的な衣装なので非効率の極みだが」


 片側を覆ってしまうと傷を晒しているより更にその美貌が際立つとは何事ですか。文官寄りの出で立ちに合わせられたのか、額から鼻を片側のみ器用に隠す仮面に似た造りの眼帯。残った瞳が不機嫌そうにすがめられていても、麗しい。


「……軍の礼装も大して変わらぬと兄が申しておりましたよ」

「あれもなかなか重いからな。甲冑程ではないが、少しゆとりをもって作っていても動き難い」


 襟や袖に銀糸で細緻に刺繍が施された漆黒の長いローブ。その下はシャツとベストにジャケット、スラックスをベルトで留めて歩きやすさのみを重視し儀礼を無視した革靴。杖を持てば、ローブからは足元は見えないので立派な魔法使いの出来上がりだ。軍属していたにも関わらず細身で長身の彼が着るととても美しい魔術師に見える―――ヴィンセントの場合、せめて武装させろとローブの中に色々と隠し持っているのはご愛敬である。


「先ほど、公爵夫人へ謝罪をしてきた。私が王からの使者で暫くは君と行動を共にする事を納得頂けたが、婚約破棄の事で心労が祟ったのか自室へ行ってしまわれた……君の顔色はだいぶ良さそうだが」


 漆黒の髪と紫の瞳。長く伸ばされた前髪に隠された顔の半分には、今は見えぬが縦に刀傷がある。失ってしまった左眼の代わりに、常に魔術で視界を補填していると父から聞いた。


「母が一番、アルベルトさまとの婚姻に乗り気でしたから」


 きっと自室で暴れているだろうな。少々、感情的になりすぎるあの人の事である。爆発させるだけさせたら落ち着いてくれるので、家族としては落ち着くまで放置である。


「今回のこと、全てユスティアに否はないとお伝えした」

「ですが、きっと母はそうは思っていなかったのでは?―――――家ではなく、わたくしを見てほしいと前に漏らしたときも『貴族の子女らしからぬ』と酷く怒られましたもの」

「……ん?」


 長椅子に力なく腰かけ、ポツリと溢したユスティアの本音。

 勧められるまま腰掛け穏やかな表情で先を促すかつての師に、ユスティアの口は少し軽くなった。


「アスベルト様も王家の方と常に人から見られておりますから、分かってくださると思い上がっていたのです」


 婚約者だと顔を合わせたのは、自分でも覚えてもいない3歳の時。その頃からうっすらと自分の家系の秘密を知っていたユスティアは、物語の姫と王子のように恋をしたかったのかもしれない。


「その結果、アスベルト様はわたくしからも責務から逃げてしまわれた―――自業自得なのですわ。学園に入った頃から煙たがられておりましたもの」


 王族たるもの人目の有るところで服装を乱してはなりません。

 そのような言動をしてはなりません。


「人目のないところでお伝えしてはおりましたが、それもだんだん」

「――――学園内であったことは伝え聞いている。アスベルトを(いさ)められずすまない。陛下から自分で気付かせろと言われたんでな。アレは君をなんと呼んだのだ?」

「……『教本どおりの偽善者』らしいですわ」


『女神と同じ色彩だけで婚約者になった恥知らずめ。王妃になるというのなら、嫉妬などやめろ。その腹に私の子供を宿らせるだけでおぞましい』


 婚約者だと教えられその通りに接していたはずの人からの拒絶は、ユスティアの心に傷を作った。


 ――――『恋』をしていたのだと思った。

 少し我が儘な王子様に。

 けれど、ヴィンセントが来る前に言われた事は少なからずユスティアの中の矜持を傷つけた。

 くすり、と自嘲がもれる。皮肉げに笑おうとする少女は、目の前のヴィンセントは見ていない。


「『長雪の憩い』で、あんなに大勢の前であそこまで言われるとは思っておりませんでしたし、冤罪まで作ってくるのは予想外でしたの」


 何かあるなら、半年後だと思ったのだ。年が明けて、春が来たらアルベルトは卒業し立太子が決まっていたから。――――立太子と同時に婚約式が行われる筈だった。だから焦ったのか。


「…………叔父であり、年長者の立場から言わせてもらえば『おぞましい』のはアルベルトだ」

「………っ……」

「君への罵倒を聞く限り、ユスティアの言葉はアルベルトには届かなかった。…若気の至りというにはあまりに愚かだが、聞こうとしない者へ言葉を重ねても意味はない…私も経験があるから人の事は言えんが。あいつはユスティアと信用を失くすが、私が失くしたのは己の一部だから放っておけ」

「……どういう……」

「年寄りの独り言とでも思って聞いてくれればいいさ」


 残った瞳を楽しげに輝かせてヴィンセントはユスティアに向き直る。一瞬だけ泣きそうな顔をしたユスティアは、ヴィンセントの『年寄り』発言に眉をひそめた。


「先生は『年寄り』に見えませんわ」


 確か、まだ30になったかどうかだったはず。


「世辞は受け取っておこう。若くて可愛い女人にそう言われて悪い気はしない」

「世辞だなんて…」


 ――――本当に、素敵な殿方だと思います。

 ユスティアが言葉に出来ないのは、淡い初恋。

 『怖い叔父がいる』と言った王子が引き合わせてくれたのは、大きな傷さえ気にならない美しい人。顔を合わせる度に優しく微笑んで、様々な事を教えてくれる先生(・・)


 膝に重ね合わせた手をモジモジ擦り合わせて俯く様子は、年相応に愛らしい。運ばれてきた茶や菓子をセッティングし終えて、侍女も下がらせる。……扉は僅かに開けてゆくのを見送って、ヴィンセントは語りだす。


「この左眼は陛下を庇った傷となっているが、実は違う。――――戦で魔力切れ寸前まで君の父に回復魔術掛ける兄を再度狙われ、その術者を魔術で仕留めた後、その親族に切りつけられた」


 背後を狙われるのはあの時代、日常茶飯事だった。けれど、近衛の精鋭から裏切り者が出ることを予想できていなかった。そして、それが自分の配下であることも。


「…この傷を作ったのは魔術師として行軍に参加していたんだが、陛下を襲った裏切りの騎士の妹でね。身内の死を混沌とした戦場ですぐに知り、切り付けられたのがこの傷だよ」


『何故、あの人が死なねばいけないの!?』


 お前が死ねと、風の刃を見境なく打ち続けたその女から二人を守る結界を張り、一人で落ち着かせようとしたのがまずかった。


『貴方達が死ねば!!』


「……後から調べた所、あの場で陛下を殺せば家族ふたりで誰も知らぬ土地へ行くための資金があの遠征で手に入ると誓約書を交わしていた。……失敗しても妹に手出しはせぬと近衛騎士は言質を相手から取っての裏切りだった」

「それはあまりに」


 荒唐無稽ではないのか。そこまで追い詰められていたのか。


「近衛の家族がな彼方の人質だった。従軍していたから、そのどさくさで殺される予定だったやもしれんが、よくよく考える余裕はなかったんだろうな」


 誰かに話せば人質が殺される。話さなくても実行せねば家族が殺される。その恐怖で、反抗に及んだのだろうと兄は言ったが。


「……死んだ兄のために錯乱する女も理解できなくてな。兄上達へ気が逸れて自分の防御を止めてしまった時にこの傷を負った。顔に痛みを感じた後はあまり覚えていないんだが、敵兵の服を着たものを目につく限り皆殺しにしたらしい……『独眼の悪魔』と呼ばれたのもその時からだな」


 左から血を流しその美貌に笑みを浮かべ、あるものは炎で、またある者は氷付けにして、投降する白旗をあげられるまでただ一人で戦場をゆったりと歩く敵軍の王子。……しかも停戦直前では、まだ幼い年頃の少年だったはず。そんな相手が殺戮を繰り返し大将まで連れてゆけと言うのだから、相手はとても恐ろしいだろう。


「――――腕を失くしたばかりの君の父が馬鹿力で私の頭を殴ってやっと意識を飛ばしたそうだ……丸二日ほど不眠不休で魔力も剣もふるい続けたせいで傷が魔術で治らなくなっていて……すまない。令嬢には過激すぎたか」


 顔を上げてユスティアを見てヴィンセントは内心慌てた。

 緑の瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れている。なめらかな白い頬が濡れ、唇を噛み声を堪えながら。


 歪む視界から、漆黒の影が揺らめいて見えなくなった。数瞬後、手巾で溢れてくる涙を優しく拭われる。浮遊感を感じたと思ったら、子供のように膝に抱き込まれ頭を撫でられていて。


「怖かったか?すまない。泣かせるつもりはなかったんだ」

「……っ…」


 耐えず溢れる涙を拭ってくれる優しい手からハンカチを奪い取って、両手に拡げたそれに顔を伏せた。嗚咽を堪えようとして、言葉が出ない。いやいやと、子供のように首を横に振るだけ。


「……先生の、………は、怖くないのです」

「君は十二分にアスベルトと向き合った。……きっとあの時の私のようにアルベルトに余裕がなかったのだ。だから君を傷付けてよいという事にはならぬが」


 死が常に隣にいたあの場で半分の視界を奪われる恐怖が、あの惨状を招いた。

 仮初めの平和の中で厳しくされ続けた疲労が、アルベルトから正常な判断力を奪った。あの甘ったれ――――アルベルトの場合は、彼だけではなく、きっと前回の戦相手も絡んでくるやもしれないが。


「……雪が落ち着くまで1ヶ月はある。その間、時間が空く度に会いに来る。君の愚痴も、想いも、やりたいことも聞こう。だが」


 膝の上に乗せられて抱き締められる。上着を借りた時にも香った優しい匂いのする手巾で顔を隠して子供のように頭を抱えてもらって、額にあたたかい何かを押し当てられた気がする。


「―――――勝手に遠くに行くのは駄目だ」

「……っ」 





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