なるようになるようです
「――どうした、二人とも。珍しい組み合わせだね」
「娘を離せ、ヴィー。ユティはそのばっちいのを脱ぎなさい」
魔力制御のかかる王の執務室まで転移できるのは王弟とユスティアの父と妃だけである。その転移が行われ、休暇前の憩いと称した夜会にいるはずの娘が現れてもそこまで騒がないのは流石である。
「お父様、ヴィンセント様が寒くないように貸してくださったのよ。そんな言い方なさるなら、一週間は顔見ないようにするわ」
「……っ!……それでもダメだ。ポイしなさい」
「お前、相変わらず娘に対して幼児語ぬけないのか」
平然と父の似つかわしくない言動を流したユスティアは、ヴィンセントに隠れるように父から距離をとった。
「ユスティア、あの言動はいいのか」
「……言っても直りませんもの。放っておくのが1番と母から学びましたわ」
二人に近付きユスティアをヴィンセントから隠すように間に割り込んできた『切れ者の英雄』は、所々子どもに言い聞かすような口調が未だに抜けない。……公の場でユスティアとほぼ会話しないのもそれを予防してのことだと知るのは親しい者たちだけだ。
「陛下、突然このように御前に現れてしまい申し訳ありません」
「大丈夫。気にしないでいい……何かあったのだろう?」
父からも離れ、非礼を詫びるも当の陛下は朗らかである。
すぐに人の良さそうな笑顔は険しくなってしまうのだが。
「――――ベルが、ユスティアとの婚約を無効にすると『長雪の憩い』で宣言し、伯爵令嬢を害した罪で国外へ追放だと。数日中に実行せねば死だとも言ってたな」
「………」
「王位継承予定者のアルベルトの名のもとにあの広間で宣言した。『陛下の勅書はあるか』というユスティアを会場で罵倒していたな。………騒ぎを聞いた教員が血相をかえて呼びに来たのでそこに割り込んだのだが」
「とりあえずお父様、落ち着いてください」
利き腕を落とす程の怪我をし年を召した今も、時折武官たちと鍛練をする元帥から冷気が立ち上る。愛娘の声に反応して漏れでた魔力を抑え込んだ彼の視線は、長年の盟約相手を伺い見ていた。
顎のしたで手を組み、そこへ顔を伏せた王から溢れたのは、嘆息。
「………あれは、そこまで阿呆だったか」
己に厳しく他者に公平であれ。
一人の甘言に耳を貸してはならん。
――――3人の息子の中では一番の魔力を持ち出来が良い彼だから期待していたのに。
「だからこそ、我を大公に据えたのだろう。兄上」
万が一、自分の後継が道を外したら代われと。
未だにヴィンセントが独身なのはただ伴侶の人選が間に合わないのも理由であるが。
「ユスティアの補佐と元の賢明さがあれば、賢王にもなれるはずの器ではあったのだ。…しかし、勝手をするならアスベルトを許せる程、子供に甘くもない。ユスティア、すまない。王としての責務で子どもを妃に任せたのが悪かったやもしれん」
「………では」
どうするつもりですか。そう、ユスティアが問いかけるのは不敬だろうか。言葉を探しあぐねて迷子のような表情をしている。平素なら一切見せない彼女が、動揺している証だろう。
「私とトールの血族が結び付けば他国への牽制にもなると取り決めたが、それは本人達の意思を尊重してのだ。―――何より相手を軽んじるなど、あれには再教育が必要なようだな」
物心つくかつかずの頃から施された教育を再び、というより過酷な事が待っていそうな雰囲気である。厳格な王の口調に、自分の事ではないがユスティアは少し怯む。
「まず、ユスティアの処遇を明確にしてください。冤罪まで掛けられて、アスベルトさまが宣言した通りだと仰るなら屋敷に引き籠りますよ」
――――娘の一大事じゃ!と怒鳴り散らしそうだな。
――――よくお分かりですね。
視線のみで会話するヴィンセントとユスティアの横では、この数分で疲れ果ててしまったような陛下と青筋立てた宰相との応酬が続いていた。
「お前がいないと私が過労死してしまう……よし、アレクセイ・ファビル・フォン・カーライルの名のもとに、ユスティア・フォン・バーナードへ向けられたアスベルト第一王位継承者の発言をすべて取り消す。」
「……それは、今後言われるであろう言葉をすべてでしょうか。我が主」
「――――あれが直接にしろ間接的にしろ、ユスティア嬢になにか言う権利を持たせぬ。そして、愚息の起こしたことユスティア嬢に心からの謝罪を。アスベルトの不手際の慰謝料等はまた後日話そう」
「……そのような」
婚約破棄の慰謝料だけではないものが送られそうな気がする。―――確かに、王家との婚約が破談になれば次を見つけるのは困難かもしれないけれど。
「ユスティア嬢に登城のご足労願うことは少ないだろう。ヴィンセントや財務、司法と相談して書面にしたら承諾を貰うことにはなるだろうが」
「わたくしは、」
「お父様に任せておきなさい。騒ぎになった以上、これは家の問題だ。―――ユティは暫く休むといい。何ならお父様とお出掛けしよう」
半分以上、愛娘不足の願望である。
それが分かる王も王弟も苦笑いでユスティアを見る……思ったことを口にさせずに場をおさめようとしている国の二大勢力には逆らわない方がいいだろうし。
「お前を休暇させる訳にはいかぬが……ユスティア嬢は、屋敷で養生しているのも良いだろう――――学園が暇になるのだから、王城の使者はヴィンセントが行くように」
「…わざわざ大公閣下が来られずとも」
「信用のおける我が弟なら腕もたつし、ユスティア嬢が外出する際の護衛代わりにするのも良いさ。口さがない者共を黙らせるのに使えるしな」
宰相は王弟の訪問に難色を示したが、事情を把握しているヴィンセントの他では何かと伝え難いこともあるだろうし。……ユスティア的にも下手な人物を宛がわれるよりはマシだろう。何なら宿題手伝ってもらおうと算段する辺り、計算高い。
「陛下のお心遣い、感謝いたします。……先生も申し訳ございません。我が屋敷にいらっしゃる時はできる限りのおもてなしを。――何か変化があればお世話になりますわ」
大人しく引き下がって自宅に帰りたいユスティアは、ヴィンセントへの呼び名が平素呼び慣れた『先生』であることを気に留められない様だった。
「……私が送って行きたいが、アスベルト殿下達が着いたようだ。形式上、陛下と彼方の口からも聞かねばならん」
護送車にしては遅い到着である。
心なしかゲッソリとしたヴィンセントの私兵が国王と宰相を迎えにきた。
「……ヴィンセント、さっそく送ってこい。トールの馬車があったろう?それで。ユスティア嬢、今宵はすまなかった。落ち着いたら秘蔵の菓子や茶器とお茶しよう」
「はい」
「ヴィー、くれぐれも娘に邪な眼を向けるな」
「教え子であるうちはそうしよう――――では、御前失礼します」
来たとき同様、ユスティアを抱えて転移する。王の執務室から離宮へ。万が一にもユスティアがアスベルト達の声を聞かぬように。
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