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婚約破棄ですか…


「――――では、これを以て私とこの女(・・・)の婚約が無効なったことを此処に宣言する」


 朗々と歌い上げるように紡がれた言葉に、何の感慨も抱かない。壇上にいるのは、先程まで婚約者だった(・・・)人。すらりと伸びた長身と生まれながらの王者の気風を何となく纏った国には多い淡い金髪と青い瞳の、たぶん未来の王様。


 その腕に抱かれているのは、つい先頃までデビューも果たせなかった貧乏貴族。そして、私を『この女』呼びで色々な方面から睨まれるであろう可哀想なお方。


「なおお前には、私の最愛の者を虐げた罪がある故、国外追放とする。―――数日中にこの国から出て行け。さもなくば死だ」

「……殿下、それはあまりに」

「私の決定に私に文句があるか」

「……申し訳ございません。従いますわ」


 あくまでも弱々しく、『婚約破棄』に打ちのめされているように俯いた。


 出国か、死か。そんな二択に付き合わされるのか。

 年の瀬のこの時期、雪深く閉ざされる国外へ行く事はほぽ死罪と同義だ。冬季休暇前の憩の場になる筈の所へ来ての婚約破棄宣言。言外に非難しているようだが表だって庇う気配がないのは、婚約者になる前からユスティアと交流のあるほんの数名のみ。


 長い髪が隠した視線の先でそれぞれの反応を観察していたユスティアは、再び壇上でふんぞり返る可哀想な第一王子を見上げた。


「それが我が国王陛下の決定とあれば否は御座いませんもの。殿下、陛下の勅書はお持ちですか」


 ふわり、と花が咲くように微笑み瞳の奥に侮蔑の色を乗せたユスティアは、壇上に上がる婚約者だった王族へ問う。雪深い土地に降り注ぐ太陽の様と詠われる黄金の髪。豊穣の女神と同じ新緑の瞳。何より、優しさと気品溢れる姿に年若いながら『流石は未来の王妃』と讃えられる美しい令嬢。


 ――――その美しい婚約者を廃してまで彼の王子が愛したのは、燃えるように赤い髪と青い瞳の小柄で庇護欲を擽られる幼げな容姿をした娘。王子の腕にすがり、しっかりと囲われていながら、壇上からユスティアを見る瞳だけは表情に似合わず勝ち気に輝いている。


「―――私の決定に不服があるか」

「そうではありませんわ。この婚約は元帥公爵である父と陛下との盟約(・・)によるもの。国の決まりと代わらぬ重みを負うものです。それをこの場で、決定してしまっては、不味いのではないでしょうか」


 戦乱の最中、己の利き腕を犠牲にして幼なじみでもあった今上陛下を守ったユスティアの父の忠誠に応える形で成立したと言われる婚約は、二人が生まれる前からのものだったと聞く。それは国内外に有名な逸話であり、この場にいるほぼ全員が知っている事実でもあった。―――その武勇がある家の令嬢としては珍しい位にたおやかで美しく優雅な身のこなしでユスティアは有名だった。……王子の代わりに行う治世の数々も含めて。


「何故、父の盟約などに私が縛られねばならんのだ」

「……」


 ユスティアの言葉に不愉快だと吐き捨てた王子に、会場の空気が変わった。大陸の北方、標高の高い場所に位置しながらも資源に事欠かず、知識と匠の国として土地や人材を巡っての戦が耐えぬ国の王子の発言とは思えない。今の世代の男子に出兵経験がないのは、父や祖父の世代の努力の賜物だと、まず真っ先に教えられる筈なのだが。


「……では、殿下の発言を陛下はご存知ないのですね?」

「元より、この王立学園の地位は私が最上位である」


 学園(・・)ではなく国の(・・)決定について聞いているのに、この発言。…見限ってもいいだろうか、とユスティアは溜め息を飲み込んだ。既に呆れ返ってはいる。


「――――殿下、貴方はお忘れですか。王立学園の最高権力者が誰であるかを」

「だから、王位継承第一のわたしだろう?」


 だから、その間違いに気付けと言っているのに。――この王子は魔力と容姿は抜きん出ているが、それ以外は本当に役に立たない。何のための中立学校なのだ。


「違うな。王立学園の最高権力者は、我だ」


 騒ぎを聞き付けて教師が呼んだのだろう。生徒の憩の場に自分がいては安らがないだろうと、派手な催し物の時は挨拶だけして、理事室にいるはずの方が、険しい顔で入場してくる。集まっていた生徒達も自然と道を開け、頭を下げる御方。


「―――叔父上…」

「せっかくの『長雪の憩い』だというのに、貴様は何を騒いでいるアスベルト」


 壇上にいる王子と似た雰囲気はあるのものの、色彩がまったく違う。艶やかな黒髪は長く伸ばされ、長い前髪に隠された顔の半分には傷痕を覆う為の眼帯。細身ながらも鍛え上げられた長身に、弱々しさはなく、整い過ぎた白皙の美貌と厳しさを感じる口調に反する優美な所作。……公爵と共に今上を守りその片目を失ったが故に、一戦を退きこの王立学園の理事長となった王弟殿下。


 大公位を陛下が与えられ、臣下の形をとってはいるが、万が一陛下の身に何かあれば即時国王となる権力を持たされ、各国からの留学生を受け入れる学園の要を担う年の離れた今上唯一の弟。


 生まれてから記憶にある限り戦に連れ出されたという御方であもあるせいか、軍人の様な姿を見かける方が多い。いまも、詰襟のコートとベルトの巻かれた腰には剣を下げ、ズボンと膝下までの長さのブーツを履いている。……とてもではないが、教職にあるようには見えない。学園内の見回りをするとたまに兵と間違えられるのは間違いなくその服装と、眼帯をしていても損なわれる事のない20代前半にしか見えない若々しい容姿のせいだと言えた。


 此方へ歩み寄る王弟殿下(…閣下だったかしら?)へ壇上のアスベルトと向き合える正面を2歩ほど下がって譲り、淑やかに淑女の礼をとる。歩みを止めた殿下(…閣下?面倒だから理事長先生ね)から、問われるような視線を感じ、ためらいつつも言葉を紡ぐ。……此処でまともな言葉を発する事が出来るのは自分と理事長だけだと直感的に思った。


「……わたくしとの婚約を無効とするそうですわ。そして、わたくしは覚えが全くない罪により国外へ早々に出て行けと仰っておりました」


 普段より弱々しい声で紡がれた言葉に、秀麗な眉をひそめる。


「――――やはりお前は馬鹿なのかベル(・・)

「私をその名で呼ぶな!!」


 男子であれば『アル』と略称で呼ばれる筈の名に、あえて女性名詞を使う大公。秀麗な顔を朱に染めた王子に、威厳などあったものではない。


(ことわり)も知らぬガキが何を喚くか。お前の頭には学習内容がチラとも入らぬようだな―――ユスティア嬢、彼処(あそこ)にいる阿呆(あほう)の代わりに謝罪する。貴殿の父の助力と並々ならぬ忠誠心により今上の御世は平穏が保たれているという事実に報いる事の出来ぬ王族ばかりではないと、心に留めてくれるだろうか」

「………っ…?!」


 迷いなく膝を付きユスティアのドレスの裾に口付ける様は、物語の騎士が姫君への忠誠を誓う場面そのもののよう。だが、継承権はあらずとも現時点で国王と並ぶ権力者に跪かれて、当事者であるユスティアは慌てた。


「王族の血脈に連なる高貴な方がわたくしのような小娘に膝をつかないでください!」

「だが、貴殿の父は我が兄の恩人である。その娘であるユスティア嬢も慈愛に溢れ貧民や孤児を手厚く保護してくださっていると聞く」

「それは父の功績と産まれながらの責務ですわ!立ち上がってください。…父は、今上陛下へ刃を向けることなどないでしょう」

「君が私の謝罪を受けてくれるなら」

「真摯なお言葉、確かに受けとりましたわ。ですから早くお立ちになって」

「君の慈愛に、感謝する」


 素早くユスティアの左手を拐い、その手の甲に恭しく口付けを落として立ち上がる。


 黒の髪と紫の瞳を持つ男神と金の髪と緑の瞳の女神を主神とした信仰の深い土地柄、この二人の組み合わせは『理想』である。少々、年の差がある為、誰もが口をつぐんでいるがあと数年ヴィンセントが若ければ二人が婚約者であったという貴族は少なくない。


「―――『独眼の魔王』め」


 戦で片目を失い、一時は生死をさ迷ったが故か格段に増えた魔力が底無しとも言われる大公の力と漆黒の髪色を揶揄した言葉。畏怖と恐怖の呼び名を紡いだのは、あろうことか王子に囲われた娘。


 吐き捨てた娘に視線を流し、それを囲った愚かな甥に威圧するように声音を選んだ。


「……このままでは話にならんな。この場は解散だ。ヴィンセント・サフィル・フォン・カーライルの名において命じる―――そこな阿呆と娘を城の牢へぶち込め。王位継承者と女性であろうと容赦するなよ。」


 近くにいたユスティアだけが分かるほど小さく溜め息を吐いたヴィンセントは、すぐさま厳しい声音を作って引き連れてきた兵へ命令する。―――彼らは学園の護衛ではなく、王族であるヴィンセントの私兵だった。喚きだした王子と娘に関わることなく、たんたんと護送車へ引き連れていく。

 

「―――――このような騒ぎでは楽しめぬだろう。明日は学園の者達がそれぞれの帰るべき所へ戻る。今宵はもう寮で眠れ。副学園長と教員達の指示のもと速やかに部屋へ戻るように。長雪が綻ぶ頃、また皆の顔が見れることを楽しみにしているぞ……くれぐれも宿題を暖炉にくべるような事のないようにな。もしくべたら宿題の量を倍にして提出してもらうぞ」


 冗談混じりに解散を告げ、ユスティアを連れて出ていく。


「……君にはすまないが、このまま兄上のところへ」

「承知しておりますわ。まだ父も陛下のお側におられるでしょうし」


 温かく調整された室内から出た途端、肌を指すような冷気である。普段ならば身の回りに魔法を駆使して寒さから身を守るのだが、今はその調整すらままならない。


「ユスティア、これを着なさい。織物自体に魔力が込めてあるから、今の状態で力を使う事はない」

「ですが…」

「私の方がうまく使えるし、軍属が長いから寒さには強い。君のその姿の方が凍えてしまいそうだ。大人しく着ていなさい」

「……はい」


 肩が剥き出しのドレスへ掛けられたのはヴィンセントのコート。辞退しようとしたが押しきられてしまう。仄かに香る清涼感のある匂いは、稀に訪れる理事長室と同じ彼の人の香り。


「阿呆らは護送車で送るが、私と君なら転移した方が早いな……失礼する」

「……ひゃ!?」


 軽々と横抱きされ、次の瞬間には国王の執務室がある王城までとんでいた。






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