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散文  作者: みけねこ
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かげろう

12年前に心境を書いたもの

「何だったか、たしか映画か何かで、誰かがこう言ってたってけ」

 生きるっていうことは嫌なものです。生きていく以上、みんなとは必ず別れなければいけません。大切な人はたいてい私より早く死んでいきます。こんなこと、耐えられると思いますか。

 確かこんな感じの一文であったと思う。まぁこの台詞がどこでどんな時に、どんなふうに言われて、どういう意味を持つのかわからないけれども、言いたいことはよくわかると言うか、そういうものだろうなと思う。確かに人は生まれてくる時も死んで行く時も一人でしかありえあない。一人で生まれて勝手に一人で死んでいく。学校の友達と一緒に帰ったって、途中で一人、また途中で二人とさようならと言って最後は一人で家に帰らなければならない。とか――

 僕が家で一人になるとき、よくこういう言葉を思い出して、なんだかそうか。とか思いながら、あたりが暗くなっていくことも忘れるぐらい長い時間をかけてしみじみすることがある。人の時間と言うのはやけに明るく滑稽で、けれども刹那である。なんだかくだらないと思ってより貧相な感情を抱えて眠る日もある。

 僕は家で一人で暮らしている。そう言うふうになった経緯は、母と父が仲が悪かったのと、兄が内弁慶のあまりに自閉してしまい、気がくるってしまったため、家から出して帰らなくなったからと、数年前までは父と一緒に暮らしていたのだけれども仕事で出張に行ってしまったからである。

 それから父と僕とは、たまに連絡をとっている。けれども、近親との付き合いはそれ以外には何もなく、やはり夜中になると闇ばかりが僕のことを激しく襲ってきて、何をしていても息が詰まるような、吐きたくなるような変な気分にさえなるのである。静かな夜は何度も襲ってくると、やがては間違ったこともしてみたくなるものである。ある年から僕は大酒を飲むようになったし、煙草も吸うようになった。女と遊び歩いて、帰らないという日もあった。眼がさめれば街中で転げ回った後だったり、何処だかもわからないと言う時もあった。それでも僕は学校にだけはちゃんと出席していた。それは寂しさと言うことからきていたのかもしれない。けして気の許せる友達がいたという訳ではないけれども、人が時折恋しくなってしようがなくなるのだと思う。でも結局、それがなぜなのか、はっきりとは自分でもわからない。もしはっきりとしたことがわかるのだったら、誰にでもいいから言ってしまいたいと思う。こんな良い気持ちもしないモノをいつまでも懐に抱えているのだとしたらそちらの方が気狂いだ。そうでなければあるいは、誰かに教えてほしい。でたらめでもいいから、僕がおちつきを持てるような軽快な言葉で僕に分からせてほしいと思う。

 けれども、そんなこと当然、誰も教えてくれはしない。つまりこういう感じで僕はどうしても一人だった。

 僕は学校の図書室で読んだ本たとえばヘッセの車輪の下のような自己の受けた教育とはまるきりあわない世界で生きようとして死んでいく少年のような、その他のあらゆる悲劇と、自分とを照らし合わせて考えてみたりもした。だからと言ってそれが現実味を帯びているとも言えないし、僕にとっての現実は僕自身だったために、何の役にも立つはずがなかった。そのうちそもそも僕はなんでこんなに悩んでいるようにしているのだろうとも思うようになっていた。もともと僕は考え込む癖があるのだ。そうしていろいろ馬鹿みたいにつまらない時間ばかりを過ごしていくうちに、僕の頭はぽっかりと何かを振り切るように何もかも捨て去って、何も考えない頭をもって生きることを覚えていた。それが良いのか悪いのかと言えばけして良いとは言えないだろうが、それが最善の策であった。

 初夏、この季節から虫がわんさかわんさか湧いてきて、私は時折そんなことでさえも嫌な気分になる。それと言うのも家の階段の幅を手すりから植木までの間に渡り蜘蛛が糸を引いて行くので、朝出かけるたびに糸に引っ掛かってしてしまうからである。


 二


 あいつのことは忘れたと思っていた。このあいだ僕は、外に出たとき、偶然にも、割と陰気なイチョウ並木のレンガ畳の通りで、その道の反対側をあいつが歩いているのに気がついて、けれども気がついただけで何もできなかった。と言うよりも何もしなかったという方が正しいのか、何もしたくなかったというのが正しいのか。


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