どうして質問が3つだけなのか、わかりますか?
・どうして浮気をしたんですか?
・これからどうするつもりですか?
・どうして質問が3つだけなのか、わかりますか?
***
鍵が開いていた。
チッと舌打ちをして、行雄はドアを開いた。
「おい、帰ってるのか?」
大声で玄関の中へ叫ぶ。
返事はない。
だが鍵が開いている以上、美冬が帰ってきているはずだった。
鍵は美冬にしか渡していないのだから。
「帰ってるんだったら明かりくらいつけろよ」
そう叫んで、バンとスイッチを叩く。
前日出て行ったっきり、美冬からの連絡はなかった。
浮気をしたのがばれて、すると鼻で笑って、「あっそう」と言って、そのままだ。
「勝手に出て行ったり帰ってきたりよお。自分勝手なやつだよなあ?」
大声で独り言をつぶやくのは行雄の癖だった。
こうして威嚇していれば、たいていのやつは言うことを聞く。
処世術だ。
廊下を進むと、リビングのテーブルの上に、紙が置いてあるのを見つけた。
「なんだあ?」
拾い上げると文字が書かれている。
たった3行。
「なんだこれは? 三行半のつもりかあ?」
と言って、リビングの椅子を蹴り飛ばす。
「なに? 『どうして浮気をしたんですか?』だと? 浮気くらいするだろ」
吐き捨てるように言う。
「あんな女いくらでもいるんだよ。向こうから寄ってくるんだ。浮気して何が悪い。俺の勝手だろ」
返事はない。
行雄は舌打ちをして、続きを読み上げる。
「『これからどうするつもりですか?』だと? なんだと?」
テーブルをドンと叩く。
「謝ってもらえるとでも思ったのか? 謝るわけないだろ。俺は何も悪いことはしてない。全部あの女が悪いんだろ」
叫び終わると、ふうと深いため息をついて、また紙を見つめる。
「『どうして質問が3つだけなのか、わかりますか?』だと……?」
行雄はポカンと口を開けた。
意味がわからない。
「そんなこと俺が知るわけないだろ。……いや、質問は3つなのか? これならふたつじゃないのか? なにが言いたい?」
質問する気があるのか、と言おうとして、止まった。
質問する気がない。
それはつまり、話を聞く気がない。
だとすると、それは――
気配を感じて振り返るが、遅かった。
行雄の背中に、何かが突き刺さっていた。
***
「だーかーら、あんな男やめときなって言ったのに」
「まあねえ」
美冬は紗月の言葉にうなずいた。
「しょーもない男だとは思ってたんだけどさあ。別れるきっかけがなくて」
とグラスの中をかき混ぜる。
喫茶店は客がまばらだった。
幼馴染の紗月に、美冬は別れてきた男の話を聞いてもらっているところだった。
「でもちゃんと別れてきたの?」
「ん。飛び出してきて、そのまま」
紗月が心配そうな顔をする。
美冬は慌てて付け加えた。
「戻る気なんてないよ。これっきり、会う気もないから」
「でもさあ、そういうのってはっきりさせておかないと。……あの男、追いかけてきそうじゃない?」
と窓の向こうに視線をさまよわせる。
美冬は鼻で笑って、
「大丈夫よ」
とアイスコーヒーを飲み干す。
「戻ったら戻ったで面倒くさいんだから。あいつ、話が通じないんだから、こうやってスパッと縁を切るのが一番よ」
「まあねえ」
「それにさ、鍵、持ってきたことに気づいたのよ」
「鍵?」
「そう、家の鍵」
「ああ」
「それでどうしようかと思ったら、ちょうどあの女が家の近くに来てたわけ」
「あの女って、浮気相手?」
紗月が眉をひそめる。
「そう。なんか目が血走ってて、思い詰めてるみたいで、気持ち悪くて」
「うわあ……」
「で、ちょうどいいと思って、思い切り鍵を投げつけてやったのよ。どうぞあの男とお幸せにって。私のおさがりでよろしければって」
「あはっ、おさがりだ。言ってやったね」
「うん。だからいまごろ、あの気持ち悪い女とよろしくやってるんじゃないの」
美冬はそう言って、鼻で笑うのだった。
***
必要がないからだ。
3つも質問する必要なんてなかった。
ひとつだけで十分。
浮気じゃないんだよと。
本気なんだよ。
お前だけなんだよと。
そう答えてくれれば、それで良かったのだ。
だが言わなかった。
私のことを「あんな女」と言った。
だから、背後へ近づいたのだ。
残りの質問を確認している間に。
質問が3つあったから、近づくすきができた。
ナイフは準備していた。
こんなときのために。
背中に刺して。
まだ、生きている。
男は血を流しながら、どこかへ移動しようとしていた。
ひひっと、思わず笑ってしまった。
どこへも行けるはずがないのに。
こんなに必死になっちゃって。
これで終わりなのに。
私は思い切り、腕を振り下ろした。