壱.日暮れの道中
明るいうちに四人揃って邸を出た。大通りを渡り、やや南へ向かう。
冬の夕暮れは早い。どんどん日が落ちてきて、途中から清名が提灯をともし、雪原の足元を照らした。
その後ろに、緊張の面持ちの柚月が続く。
都の治安は以前ほど悪くはない。だが、何が起こるか分からない。何しろ今前を行くのは、この国の宰相だ。自然、周囲を警戒した。
さらにその後ろには、お出かけ気分の陽気な証が続く。
楽しそうに、ずっと柚月に話しかけている。柚月は硬い表情のままニコリともしないが、お構いなしだ。
柚月に会えたことが、よほどうれしいらしい。
「ふだん仕事の話をしない父上が、珍しく柚月さんの話はするんですよ」
柚月は耳だけで聞きいている。
清名がする話など、どうせろくなものではない。
「どこでもすぐに寝ちゃうとか、こっそり野良猫に餌あげちゃうとか」
証は楽しそうにぷぷっと吹き出しながら続ける。やはり、ろくな話ではない。
柚月がげんなりしていると、急に証の声の調子が変わった。
「でも、仕事はすごくちゃんとするって」
先ほどまでの浮かれた様子はない。
真剣だ。
「辛いことがたくさんあるはずなのに、いつも一生懸命だって」
柚月は初めて証の顔を見た。
目が合った証はニコッと笑い、かわいらしく小首をかしげて柚月の顔を覗き込む。
「父上が人を褒めるなんて、珍しいんですよ?」
柚月は意外だった。清名はまるで教育係のように一緒にいて、世話を焼いてくれる。そのため、迷惑をかけてばかりだ。しばしばあきれた顔をされるし、しょっちゅう叱られている。
柚月は前を行く清名の背が、心なしか、いつもと違って見えた。
「だから僕、ずっと柚月さんに会ってみたかったんです」
証も清名の背を見ている。その目に、尊敬の念がある。
その清名は、後ろから聞こえてくる証のやかましい声に不安が募っている。
「本当に、証でお役に立つでしょうか」
とうとうその不安が口から漏れた。雪原はちらっと証を見ると、苦笑のような笑みを返す。
「瀬尾義孝の代わりは、誰にも務まりませんよ」
雪原は、最近の柚月の様子が気になっていた。たまにしか顔を合わさなかったが、いつもと変わらないようで、何か思うところがあるのか、たまにふと沈んだ顔を見せる。
鏡子にもそれとなく聞いてみた。するとやはり、最近変わりないかという問いには、すぐに「ええ」と答えた割に、「柚月も?」と聞くと少し間があった。「ええ」と答えはしたが、迷いがある。重ねて最近の柚月の様子を聞くと、困ったような顔になった。
「ずっと部屋にこもっていますよ。あなたがあげた本を読み漁っているみたいで。たまに出てきても、庭先で刀を振るだけ振って、また戻っていって」
食事はちゃんととっていると言いながらも、どうも様子がおかしい、と、鏡子も心配になりだしている。
昨日椿ともめていた、というより、柚月が一方的に嫉妬していた姿を見て、雪原は内心ほっとした。そして、椿があまりにしょんぼりしているのがかわいそうになり、誤解を解いてやろう、とお節介な気持ちが湧くと、せっかくだから、と、柚月をからかってみたくなった。
後者はあくまでおまけだ、と雪原自身は自分に言い訳している。
実際、証を招いたのは柚月に会わそうと思ったからだ。
証なら、きっとちょうどいい。
「柚月も年の近い知り合いくらい、いた方がいいでしょう。たまに部屋から連れ出してくるだけでいいのですよ」
「それなら、あいつは適任ですね」
清名の口元が緩んだ。
「そうだ!柚月さんが稽古つけてくださいよぉ。それなら、僕も道場に行くの楽しいし」
後ろから、証の元気な声が聞こえてくる。聞こえてくるのは証の声だけだ。柚月は返事どころか、相槌もほどほどにしかしていない。にもかかわらず、証はずっと話しかけている。
証には、そんな底抜けの明るさと、図々しいまでの人懐っこさがある。
柚月はずっと周囲に気を配っている。日が落ち、視界が悪くなったが人が多い。いや、多くなる方に向かっている。
この先は、という柚月の予想通り、雪原は大きな門の前で足を止めた。
周囲を深い堀と高い塀に囲まれたこの街は、この朱色の門からしか出入りできない。入るも出るも男ばかり、皆浮足立っている。
無数の提灯に彩られた、魅惑の世界。
遊郭、「末原」だ。