参.ふたりともシュンです
邸に帰ると、雪原が来ていた。皆で昼食をとろうと、待っていたらしい。
柚月が玄関の戸を開けると、鏡子がうれしそうに出迎え、そして、異変に気付いた。
柚月が珍しく不機嫌だ。それに続く椿の方は戸惑っている。ケンカをした、という風でもないが、明らかに様子がおかしい。出先で何かあったのは確かだ。
だが、雪原は気が付かなかったらしい。食事を始めると、
「街はどうでした?」
と、何気なく聞いた。いやむしろ、久しぶりの四人での食事を喜んでいたのだろう。楽しそうに聞いた。
だが、そんな雪原とは対照的に、柚月は無表情でもくもくと箸を進め、椿はそんな柚月をちらりと見ると、悲しげにぱくりと一口、飯を口にするだけ。
妙な間だ。
さすがに雪原も、おや、と思ったところに、ふいに柚月が箸を止めた。
「特に問題はありません。活気も戻っていました」
業務報告のようだ。そしてまた、もくもくと箸を動かす。
変な空気になった。
気まずい。
雪原は笑顔を作り、気を取り直して「椿は?」と聞いたが、これがまずかった。
椿は街でのことを思い出してぱっと笑顔になると、
「薬屋の前で、証に会いまして」
と、言い出した。
その瞬間、パシッと柚月が箸を置く音が響き、その音に一同ビクッとなった。
部屋の空気がシーンと凍る。
「ごちそうさまでした」
柚月は不機嫌そうに言い残すと、そのまま出ていった。いつもなら残さず食べる食事を、半分以上残している。
椿のしょんぽりした様子。
雪原と鏡子は顔を見合わせた。何があったのか、おおよそ検討がつく。
一刻も立たないうちに、柚月は離れの廊下に座り、空を見上げていた。
腹が鳴っている。
台所に行けば昼食の残り物くらいあるだろうが、自分が勝手に残した手前行きにくい。
ため息だけが出る。
だがそれは、空腹のためだけではない。
気持ちが落ち着いてくると、後悔が襲ってきた。なぜ、あんな態度をとってしまったのだろう。そもそも、自分は何に腹を立てたのか。椿にか。あの男にか。いや、あの二人が親しそうだったことにか。
柚月の脳裏に、薬屋の前の情景がよみがえる。楽しそうに、笑いあう二人。
椿のあの笑顔が嫌だった。あんな笑顔。自分には見せたこともない。それを、ほかの男に向けている。それが、たまらなく嫌だった。
また、ため息が出る。
感情のまま二人の間に割って入ったが、そんな資格自分にはない。椿は恋人でもないのに。
ただの嫉妬だ。
「ダっせ」
柚月は沸き起こる自己嫌悪と情けない気持ちに、両手で顔を覆った。
そしてまた、ため息。魂まで出てきそうなほど深い。
そこに足音が近づいて来た。雪原だ。
「はい」
握り飯をのせた皿を差し出し、「え?」と見上げる柚月に、
「お腹すいているでしょう」
と微笑む。柚月が気まずそうな顔をすると、柚月の腹は音を立て、正直に空腹を知らせた。
雪原はふふっと笑うと、また「はい」と皿を差し出す。柚月は観念して受け取った。
「すみません」
「ん?」
「飯食ってる時に。空気、悪くして」
そう言って握り飯を小さくほおばる柚月の横顔は、叱られた後の子供のようだ。雪原はおかしくなって吹き出した。
「いえいえ」
なんとかそう言ったが、まだくっくっと笑っている。しばらく収まりそうにない。
なんだがバカにされている。柚月はムーッとふてくされた顔になり、ムキになって握り飯をほおばりだした。頬が、餌を詰め込んだリスのように膨れている。それがまた、雪原にはおかしい。片手で顔を覆って隠してはいるが、肩を震わせている。
柚月が握り飯を食べ終える頃、雪原もようやく笑いが収まり、「明日客が来る」と告げた。さらに、
「夜出かけるので、一緒に来てください」
と言う。つまり、護衛か。柚月の表情が一変、緊張に染まった。