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Hungry Spider 【どちらにしても同じこと】

そのさんラスト

 昔からあるおとぎ話。

 人魚の肉を食べたものは永遠の命と若さを手に入れる。

 そいつは、そのおとぎ話を追い求めていた。


 そいつは私と同種のモノではない。私にとって食糧である獲物の種族。私たちの種族は獲物の種族に擬態して生活をしている。ひっそりと生活様式も真似、獲物の社会に溶け込んで、罠をはる。知らずに飛び込んできた獲物を食べ空腹を満たす。


 そうやって静かに暮らす私に声をかけてきたのはそいつの方だった。獲物を品定めるためによく行くバーで、まだ酔うほどには呑んでないはずのそいつは「ココでよくお会いしますよね」そう言って隣に座る。


 バカな獲物がやってきた。そう思った。


 私たちは効率よく()()をするために、獲物の種族の基準で言えばかなりの美を持つ姿を持っている。私たちの罠のひとつ。私はそいつを見定めるために話を促し微笑んで相槌をうつ。いなくなったそいつを執拗に探しつづけるようなものがいないかどうか。面倒はごめんだ。


 もともと民俗学を学んでいたというそいつは、各地に残る民話を語り出した。私たちはこいつらよりもかなり長い寿命を持っている。いくつかは私がこの目で由来となった出来事を見てきた話でもあった。

 時と伝えつづけるものの意思によって歪められた、事実とはかなりかけはなれた解釈を語る姿に笑いをこらえるのが大変だった。


「ああ、ごめんなさい。僕ばかり話している」


 ふと我にかえったのか、いい年をして頬を赤らめたそいつは少し照れくさそうに笑う。

 本当に笑うのをこらえるのが苦しかったのだけど、私は首を横に振って話を続けさせた。




「どうして永遠の命と若さが欲しいの?」


 何度目かに会ったときに聞いてみた。普段ならとっくに食い尽くしてしまっているはずだった。おとぎ話を追いかけすぎた男にはそれほど親しい者も何もいなかった。食糧にはうってつけのはずなのに、私はまだ味見すらもしていない。笑うのをこらえる苦しさが妙に楽しかったからだと思う。


 古いアパートの床が抜けそうなほどに積み上げられた本を選ぶわけでもなく、背表紙を指でなぞりながらそいつはゆっくりと話し出す。言葉を口の中で何度も反芻しながら選びながら。


「なんでだろうね。なんとなく惹かれるんだよ。別に永遠に生き続けてたいと思ってるわけじゃない、そう、永遠、って言葉に惹かれるのかもしれない」

「……ふぅん? じゃあ、自分が食べたいから人魚の肉を探してるわけじゃないのね?」

「そうだねぇ、目の前にあったら試しに食べてしまうかもしれない。けど、いざ永遠に生き続けると考えると、それって面白いだろうかと思いもするよ。だって、僕は永遠に楽しみたいと思うような人生は今まで送ってきてないからね」


 自嘲気味にも聞こえるセリフを、そいつはさらりと話した。単なる自分が思う事実として淡々と言葉をつむぐ表情は、熱いわけでも冷たいわけでもなく、ただ、静かだった。

 私はそいつにくちづけた。そいつの微笑と同じように静かに。

 私を抱きしめる腕は、そっと壊れ物を抱くように、でも落としてしまわぬようにしっかりとして。

 最初はおずおずと、次第に強く絡み合う舌は意外なほどに熱くて。


「君はとても綺麗だね」


 肩枕をされている私の額にくちづけて囁かれる。ええ、綺麗なのは知ってますとも。本当の姿ではないけれども。


 腰にまとわりつく黒髪は獲物をくすぐり、快楽をもって縛り上げるためのもの。

 月光色の肌は獲物の目をくらませ、その肌に吸い付かせ動けなくするためのもの。

 濡れる深紅の唇は、獲物をとろけさせ自ら離れられなくさせるためのもの。

 何故かそいつは戸惑うような顔をしている。どこか擬態がほどけている部分でもあったのだろうか。


「そう? あなたが探している人魚よりも綺麗かしら」

「人魚?」

「人魚の肉を食べると永遠の命と若さが手に入るってあなたがいったのよ? もし私より人魚が綺麗だったら、あなたはその肉を食べられる?」


 そいつはベッドの上の戯言を楽しむように笑う。


「君より綺麗な生き物がいるわけない」


 おきまりの返事をして私の肩を引き寄せる。


「……それに人魚の肉だけじゃないんだよ」


 呟くそいつの顎が言葉を発するごとに私の額をかすめる。


「獲物の姿に擬態したり、フェロモンを出したりして獲物をおびき寄せて食糧とする昆虫がよくいるんだけどね、それと同じように人間を食糧とする種族がいるって話知ってる? 吸血鬼とかはその変形だね」


 私は身を固くするのを悟られないように筋肉を調整する。


「……その肉を食べるのは人魚の肉を食べるのと同じらしいね」


 そいつは私の瞳を覗き込む。その向こうの、今まで見たことのない色合い。

 罠にかかったのは私のほうなのか。

 本能が囁く。今、黒髪をそいつの首に絡めろ。いつものようにその全てを飲み干せ。私は髪の先に指令を出すため神経を集中する。

 さらりと優しく頭を撫でられ、その集中が途切れた。




 そいつはいつも同じように微笑んで私を部屋に迎える。

 そしていつも同じように体を重ねた後に不思議そうな顔をするのだ。


「どうしてそんな不思議そうな顔をしているの?」

「そう? ……君だって」


 私たちはそれ以上口に出すことはなく、ただ、どちらからともなく体を引き寄せる。



 昔、獲物に恋をしてしまったバカな仲間がいた。空腹を満たすことも忘れてしまったバカな男。私はそんな真似はしない。全ての生き物はなんらかの食事をしなくては生きてはいけない。そしてそれはなんらかの命を食することなのだ。全ての生き物はそうやって他の命をとりこみ、命を繋いでいく。定められた命を繋ぎ続けていこうとするのは生あるものの本能だ。その本能に従うのが自然の法則。

 私はその自然の法則にのっとっているだけ。私はこれまでにいくつもの命をとりこんで生きてきた。だから、生き続けなくてはならない。


 私は街で空腹を満たしてから、そいつの部屋に行く。


 時折、そいつが耳たぶを噛むようになった。それから二の腕の内側、内腿と。そして噛む力は徐々に強くなってくる。

 ある時、噛み付く直前の瞳を覗き込んだ。

 そこには、甘く濡れた光はなにもなく。


 髪の先に指示を出した。

 いつもよりゆっくりと唇を舌でなぞった。

 そいつはさわさわと首を髪先でくすぐられ、いつも以上に恍惚としたうめき声をあげる。

 脚を腰に絡ませて、逃げ出すことなどできないように、ゆっくりと、ゆっくりと。


 頬を包み込むように撫でられた。

 いつもと同じ静かな微笑み。


 私たちの()()は獲物に快楽のみを与える。恐怖は感じさせない。何が起こっているのか、それを察したとしても抗う気力もないほどに快感に溺れていく。

 いつもとは違う感触には気づいているはず。

 なのに、何故、いつもと同じように笑うことができるの。


「知ってたの?」


 ちょっと首を傾げて、でもやはりその笑顔で。ただ、指を絡めて。


「君となら、どちらでも同じことだしね」


 私の中での永遠か。

 それとも彼の中での永遠か。


 そうね。どちらでも同じことだったわ。

 私たちは微笑みあってまたくちづけた。


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