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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合

なだらかな桜と仄暗い陽射しと

作者: 湯瀬木

由加里とは小6で仲良くなった。幼稚園も一緒だったのに、それまで全く接点がなかった。

近くの席になって、同じ班で国語の時間に丸読みをする。

由加里の苗字がたまたま作品名と被っていた。意地悪なクラスメイトにからかわれる。

私はその日、朝から父母の喧嘩の仲裁に入り、下の妹が泣くのを宥め、疲れ切って登校。その先でどうでもいいことで由加里をしょげさけるクラスメイトに苛立ってしょうがなかった。


「やめなよ。苗字いじりとかダセーし。それしか語彙がないわけ?山梨さんのことが好きだからそんな風に言うの?にしたってマジダセーから。しょーもないことすんなよ」


前倣えで一番後ろ、男子よりも大きかった私に矢継ぎ早にそう言われて、あの子はビビってた。騒がしかった教室は静かになった。それすらどうでもよかった。

父母に言いたかった言葉をその子にぶつけた。遅れて自己嫌悪が来る。


「いいすぎた。ごめんね」


素直に謝る。その子はなんともいえない表情で、気まずそうに着席した。その日の放課後。


「串川さん、ありがとう」


由加里はわざわざ人気のない場所に私を呼び出して、礼を言った。


「山梨さんのためじゃなくて、私、イライラしてたんだ。だからお礼なんていいよ。」

「それでもね、嬉しかった」


その時初めて由加里の顔をまじまじと見た。廊下の窓から注ぐちょっと暮れた橙色の日差しが、由加里の輪郭をぼやかした。彼女がかわいいかわいいと言われていたのは知っていた。

大きな目とすっとした形のいい鼻と赤らんだ頬。薄くて綺麗な唇。本当に、お人形のようだった。

逆光からの私は彼女の瞳にどう映っていたんだろう。



由加里とはそこから仲良くなった。一緒にいるだけで、自然と由加里を守るような役割になる。

「美女と野獣」

そう茶化されることも多かった。


「髪、切ろうかな」

中学入学目前に、由加里はそう言った。


「そうすんの?運動部に入りたいとか?」

「えっと…目立ちたくないから…中3とかもう大人じゃん。目をつけられたら怖い。」

「なるほど。じゃあ私も切ろうかな」

「同じ髪型にしない!?」


食い気味に言われる。

顔面の造形の差が顕著に現れるだろうなと思いつつも、それは特段断る理由にはならなかった。


「私ね、実は坊主にしようかと思ってて!」


思わず吹き出す。見た目の可憐さとは違って、由加里は結構とんでもない子だった。それが面白くて飽きないし好きだ。


「坊主か。マジ?」

「ヤバい人に思われた方が楽な気がするし、じゃりじゃり感、楽しみたい!」


お小遣いを出し合って、バリカンを買った。由加里の家の風呂場で、まずは私が由加里の長くて綺麗な頭髪をざくざく切る。最初は緊張していたが、取り返しのつかないところまで切ってしまったら面白さが勝った。人の髪を思い切り躊躇なく切る。美容師でもなかなかない体験なんじゃないだろうか。どうなんだろう。

くすぐったかったのか、由加里も笑う。お互い大笑いしながら髪を切った。私が切られる番。由香里は私が抱いていた緊張は初めから無く、気持ちいいくらいスパッと切っていく。


「ね、萌奈、私と萌奈の毛質の差、すごいよ。」


床に散らばった髪をみる。太くて真っ直ぐな由加里の毛。細くて頼りない私の毛。


「本当だ!」


また2人で笑い合った。

その歪んだ髪型の、酷い状態を2人で写真に収める。自撮りもする。

画面の中の私はとても楽しそうで、由加里はこんな髪型でもやはり美しかった。

バリカンに入る。がーっとやれば済むと思っていたが、意外と上手くいかない。まだらになってしまった。流石に謝る。写真を撮って見せて欲しいと言われたので、見せる。

由加里は過呼吸になるくらい笑っていた。それも下品にぎゃははと。


「私の頭、め、迷彩になってる!!」


つられて私も笑った。

対して、由加里のバリカン使いは上手かった。


「迷彩になってない!」

「毛が細いから刈りやすかったかもね。あーーー萌奈の頭気持ちーーー」


頭を無遠慮に掻き回される。


「やっぱ毛質かな。私はごわごわじゃりじゃりだけど、萌奈はするするしゃりしゃりって感じだ」


私も由加里と自分の頭を比較する。本当だ。


「じゃりじゃり気持ちいいなあ」

「えー私は萌奈のしゃりしゃりが好きー」


また写真を撮る。由加里は床に散らばった毛まで丹念に撮っていた。

そうしてから床に敷いていた安いレジャーシートを畳んで捨てた。

2人で風呂に入る。


「萌奈は濡れるとまたしゃりしゃり度が変わるねー」

「由加里は変わんないね」

「毛ぇ強かったんだなあ私」

「てかこれシャンプーいる?洗顔剤でよくない?」


また由加里はぎゃははと笑う。


「ドライヤーもいらないし経済的だー」

「やばい2人だよ」

「中学デビューだ!」

「てか、今度、怖い先輩から目ぇ付けらんない?」


由加里はハッとした表情をする。


「それありそう…ヤバいかな?」

「いや私のがヤバいよ。図体でかいし」

「萌奈がヤバくなったら、私もヤバくなる!」

「じゃあ由加里がヤバくなったら、私もヤバくなるね」

「約束だー!」


両手を器用に使って、水鉄砲を飛ばしてくる。

それに応戦して、由加里にばちゃばちゃと水を掛ける。



帰宅して開口一番、母に


「いじめられたの?アンタが!?」


と言われた。笑った。

中学入学のために由加里とお揃いにしたと伝え、写真を見せる。画面内では私も由加里も鮮やかに笑っている。お気に入りの一枚だ。


「由加里ちゃんもやったの?もったいないな〜あんな可愛い子が」


その言葉は間接的に、可愛くない私なら良いと言っている事に気付かないのだろうか。いや、考えすぎだし、そんな意図はないんだろう。母は悪い人ではないが、無神経なところがある。こういう言動をされる度に、前は憤り、怒っていたが、今では反面教師にしよう、としか思わなくなっている。でも心の底に澱みは溜まる。

ふーっと母に気付かれずに溜息を漏らす。大丈夫。私は大丈夫だ。



制服の寸法も由加里と由加里のお母さんとうちの母で測りに行った。

由加里のお母さんは由加里と系統は違えど、やはり綺麗だった。ただ、ノリが若手芸人のようでやはりみていて飽きない。


「ずっとね、由加里うちで萌奈ちゃんの話しするからね、会いたかったのーー!!!やっっっっと会えたーーー!!!!かわいい!!!!」

「ちょっとママ、萌奈困ってるから!」

「いえいえいえいえうちの萌奈なんて全然。昔から原始人みたいな顔、なんて言われてね。萌奈。」


ほんと、それで笑いを取れると思ってるんだからすげーよな。


「由加里ちゃんは本当にかわいいですね〜アイドルとか余裕じゃないですか?」

「えええええ!?萌奈ちゃんすごくかわいいですよ!!!!!!」


由加里母のほとんど悲鳴に近い声に、私たちの近くにいたお客さんもビビる。


「萌奈ちゃんママ、気付いてらっしゃらないの!?!?!?!?!?どうして!!!???萌奈ちゃん、すごく、かわいいのに!?!?!?!?!?」


少しの嫌味もない言動だった。


「ひゃ…ひゃははははははははは」


馬鹿みたいな笑い声を上げたのは私だった。

つられて由加里も笑って、うちの母も愛想程度に笑った。

屈託のない、無邪気な大人もいるんだなと感動したことは忘れないだろう。


「あのね、萌奈ちゃん…頼みがあって…」


わざとらしくモジモジする由加里母。


「なんですか?」

「坊主、触って良い!?由加里に聞いてたの!触感…食べる方じゃなくて触る方ね!それが全然違うって!」

「どうぞ」

ちょっと屈んで、頭を差し出す。

「わあ!本当だ!!!すごい!!!ちょっと、萌奈ちゃんママも由加里と萌奈ちゃん触ってみてくださいよ!」


母はおずおずと由加里と私の頭に手を伸ばす。


「ほ、本当ですね」


母に頭を撫でられるなんて何年ぶりだろうか。


「もうね、帰ったら急に由加里が坊主になってて、それで親友の萌奈ちゃんと一緒に坊主にしたって写真みせられて…あんな良い笑顔の写真見せられたらなんも言えないですよ!!!!!」

「私も坊主気に入ってるんです。お風呂が簡単になったし、萌奈と一緒だし。萌奈の、この後頭部の曲線がすごい好き」

「もう!!!仲良し!!!!!!!なんだから!!!!!」


制服はスカートかズボンか選べた。由加里も私もズボンにする。


「本当にスカートじゃなくて良いの?男の子にしかみえないよ?由加里ちゃんはかわいいから女の子って分かるけど、アンタは…」


といううちの母と


「冬、寒いもんね!!!!!!ズボンも2人ともよく似合ってる!!!!!!きゃーー!!!!!中学生だーーー!!!!」


という由加里の母との差がまた私を大笑いさせた。



「由加里のお母さん、面白いよね」


帰り道、由加里に話しかける。

母2人も話している。うちの母のつまらない話にやはり真剣に聞き入り、大きな声で相槌を打つ由加里の母。


「ねー。やかましくもあるけど」


由加里は私の頭を撫でた。


「しゃりしゃり」


私も由加里の頭を撫でる


「じゃりじゃり」


日は徐々に沈むのが遅くなり、明るい時間が長くなってくる。

春が、近づいている。



入学式の前に、まさかのうちの母の提案で、制服を着て桜が満開のうちに写真が撮りたいという申し出があった。せっかくなら由加里ちゃんもと。

想像力がなくて、無遠慮なひとだけど、私に対しての愛情はほんとうなんだ。それはちょっと厄介でもあるな。なんてひねくれたことを考える。

由加里も二つ返事で乗ってくれた。


ひんやりと風のある、それでも良い日和だった。桜の花弁は舞う。一番美しくほころんでいるかたちから花びらが散って朽ちていっているのに、花から落ちていくたかだか数十秒くらいの様を綺麗という人間はなんだろう。地に落ちている時間の方がずっと長いのに。

私たちの裾はひらりと舞ったりしない。スカートじゃないから。映えないだろうか。

公園で、小学校低学年かというほどはしゃぐ私と由加里。鬼ごっこしたり、滑り台で遊んだり、ブランコに乗ったり。母は本格的な大きいカメラでその一瞬を切り取っていく。


「幼稚園の時、ブランコ2ケツしたことあるんだよ」

「ブランコって2ケツって言う!?」

「立ち乗りと、座り乗りね」

「私と由加里が?」

「そう。萌奈と。やっぱ覚えてなかったかー」

「ぜんっぜん覚えてない。小6までうちら、ろくに喋ったことなくない?」

「うん。でもね、私はブランコのこと覚えてるよ」

「何があったん?」


同じタイミングで前後していたブランコが、徐々にズレていく。大声で話す。


「たいしたことじゃないんだよー!」

「だからなにーー!?」

「私ーー泣いてたのーーー!!!いじわるされてーーー確か、おもちゃを貸してくれないとかでーーーーそれでその部屋にいたくなくてーーーー」


お互いのピカピカのローファーの踵が、ざらざらと音を立てて汚れ、削れていく。

由加里のブランコは止まった。遅れて私も止まる。


「そんで、外に出ちゃったら、なんか泣けてきちゃって、しずかーーに泣いてたの。気付かれたくないから。その頃からプライド高いから。筋金入りで。」

「うん。そんで?」

「ブランコの側を通るときにね、萌奈が、ブランコ2人乗りしてみたいんだけど、一緒にやってくれない?って言ってくれたんだ」

「泣いてるとか気付いてなかったかもよ?」

「いいんだよ!タイミングが最高だったんだから!そんでね、萌奈が座って、私が立ちこぎで…立ちこぎ初めてだったんだけど、萌奈が教えてくれて。ひざまげる!いま!とかね。」

「リズムゲーかよ」

「ほんと。そんなかんじ。」

「気持ち良くて、ブランコ元々好きだったんだけど、目線がいつもと全然違うくなって。すっごい気持ち良くて」


由加里はブランコの上に立った。


「萌奈もすげー楽しそうで、上手じゃん!って言ってくれて。私すごい覚えてるよ。萌奈の太ももがあったかかったって、気持ち悪いところまで。」


私は何一つ覚えていない。


「もう、2人乗りは無理だね。」


いろんな思いがあった。しかし、つまらない言葉しか口からでない。


「そうだね。大きくなりすぎちゃった。」

「むしろ大人用ブランコがあっても良くない!?」

「そうだね。ブランコが小さいんだ」


由加里は立ちこぎを始める。徐々に速度を増していくブランコ。

私は座りこぎを続ける。


「萌奈がねーー覚えてなくてもいいんだーーーー!私が覚えてるからーーーー!」

「叫び声ーーーー!お母さんに似てるねーーーーー!」

「それはやめてーーーーーーー!」


ボロボロになるまで遊んだ。新品の制服は、すっかり汚れ切っていた。


「もっかいクリーニング出さなきゃね」


母は苦笑していた。

帰宅して、PCに写真を移行した母にそれを見せてもらう。すごい枚数だ。

たくさん撮るに越したことはない。その有象無象の中に奇跡の一枚が埋もれている、とのこと。


「これも、これもいいなあ。これもボケてるけど、だからこその臨場感があるね…」


今も昔も写真スタジオで母は働いている。血が疼くのだろう。


「由加里ちゃんも、アンタもずーっといい笑顔だったね。かわいかった。ふたりとも」


母にそんなふうに言われたのは初めてだった。喜びよりも驚きが勝る。

後日、母はわざわざアルバムを2冊作っていた。

そして入学式の日。

由加里父も綺麗な顔立ちだった。落ち着いていそうに見えたのだが


「やっっっと俺も萌奈ちゃんに会えたーーー!!!!」


中身は由加里母とあまり変わりなかった。まだ小さな由加里弟は母の後ろに隠れていた。

正門のところで写真をとる。入学式が終わって、オリエンテーションがあるかと思ったが、その日は解散した。

帰り道。母が、おずおずと、例のアルバムを由加里母に渡す。シンプルな、無地の表紙。

何が何だかわからないという顔をした後、由加里母はそれを開く。


「えぇえーーー!!!!!!すごーーーい!!!!!!えええーーー!!!!!きれーーーー!!!!」

それと同じテンションで由加里父もはしゃぐ。

「萌奈ちゃんママが撮ったんですか!?!?!?」

「はい…あの、制服汚くさせちゃってすみませんでした…」

「そんなの、全然!!!子供だし!!!元気の証!!!!!!」

「お上手ですね写真!!!!!ええーーー!!!!萌奈ちゃんも由加里もかわいいなあ!!!!!!!!!」

「私がまだ見てないんだけど」


由加里が奪い取る。

1ページ1ページ、丁寧に見る。ゆっくりとした時間。通学路を飾る桜はすっかり葉桜になっていた。

由加里は泣いていた。


「おばさん。ありがとうございます。私、あの日のことも、この写真もずっと大切にする」

「ええ!泣くの!?」

大人たちがみんな困惑していたので、私が茶化した。

「うるっさい!馬鹿萌奈!」

「こら!大親友にそんなこと言わないの!!!!!!」

大親友、に私が笑った。

「お姉ちゃん、萌奈ちゃん、桜、きれいだねえ」

アルバムを覗いた由加里の弟がのんびりそんなことを言う。





6年の終わり、由加里が突然坊主にした。

串川さんも坊主になっていた。クラス内は騒然として、2人を取り囲んで質問攻めをする。

私は、由加里たちが坊主にした日、写真付きのメッセージを貰っていた。

衝撃的だった。でも取り繕って変な返信をした気がする。由加里から軽いスタンプがきてやりとりが終わった。

なんで誘ってくれなかったのと聞きたかったが、私が前に髪を伸ばしてポニーテールにしたいと言っていたことを覚えてくれていたんだろう。


制服の寸法も、由加里は串川さんと行ったらしい。2人してズボンにしたらしい。

私はスカートだ。ズボンという選択肢は知っていたが、スカート一択だと思っていた。

入学式もずっと由加里は串川さんと話をしていた。

私とも話さなかったわけじゃないが、それでもずっと串川さんと話していた。

新入生の女子でズボンを選んでいたのは割合多かった。由加里たちは珍しくない。坊主は珍しいが。

なんでわざわざズボンにするんだろう。スカートの方がかわいいのに。

由加里も坊主より前の髪の方が、スカートの方が絶対可愛かった。インフルエンサーにだって、アイドルだってなれる。なのに、なんで。


対して串川さんは大柄で、骨太で、顔もいかめしい。正直男子に見える。私の方が由加里の引き立て役にちょうどいいのに。私の方がずっと同じクラスだったのに。ずっと一緒にいたのに。


クラス分けが発表された。由加里とは離れ、串川さんと同じクラスになった。

串川さんはいい人だった。知ってたけど。良く気がつく人だ。それでいて相手に気遣わせない自然さを身につけている。

ここの中学は別学区の3つの小学校が集まる。最初、串川さんは恐れられていたが、その人の良さに徐々にみんな気が付いていく。

見た目が怖い分、ギャップが生まれてより得をしているように見えた。

男子バスケ部に誘われ、入部直前までいった話とか、確かに面白かった。語り口が上手い。誰かと誰かが喧嘩しても仲裁ができる。悪意に対してもかわして、さりげなく反撃する。器用すぎて不気味だった。


当然、私にも優しい。由加里と仲良いんだよね?とか、聞いてきてくれる。

良い人だ。知っている。

由加里はてっきり私と合唱部に入ると思っていたけど、串川さんと柔道部に入った。

柔道なんて危ない。首の骨を折った事故だって聞いたことがある。それでも由加里は、指導してくれる人も、先輩たちも雰囲気が良かったからと柔道部に入った。

私も柔道部に入ろうかと思ったが、やっぱりやりたくなかった。


由加里の綺麗な声を合唱部で聞きたかった。 

合唱部で私は少し浮いた。何故かはわからない。タイミングとか、運とか、思春期の子供なんてそういうものなんだろう。

部活がつまらなくなった。私は上手なのに。協調性がないとか、下手くその言い訳にしか過ぎない。でも悔しかった。屈辱だった。

由加里がいてくれたら、私に味方してくれたのに。こんな思いをせずに済んだのに。

クラスの違う由加里は、こんな、私の苦悩などには気付かない。

それでも由加里は休憩中に串川さんに会いに来たり、串川さんも由加里に会いに行ったりしている。

私は、ずっと置いてけぼりだ。由加里はこんな子じゃなかった。由加里を返して欲しい。串川さんのせいだ。


最近、なんか大丈夫?

同じ班でもないし席も遠いのにわざわざ串川さんが声をかけてきた。

え、なにが。私はしらばっくれる。

元気ないみたいだったから。

私を気にかけるのがさも当然のように串川さんが言う。

土曜、由加里といちご狩りにいこっかって話してたんだけど、どう?

串川さんが私を誘った。


本当はわかってる。

串川さんはやっぱりとても良い人で、そんなところが由加里も好きで、性格が悪いのは私だけだってこと。

ごめん、用事があって…家族で旅行なんだ。

目も当てられない嘘をつく。

そっか。じゃあ、いちご、お土産に持ってくるね。

私の心情を見抜いて、さりげなく構ってくれる串川さんが私は本当は好きだ。


由加里が変わったのではなく、私が変わらなかった。子供のままで居続けようとした。わがままをぶつける綺麗な人が欲しかった。

由加里は心のどこかでそれを見抜いていた。

私が、私のわがままを押し通さなければ、由加里と今でも親友でいられた。串川さんとも仲良くなれた。時間はいやでも経つ。変わらないものなんてないのに。私は大人になり損ねてしまった。


大丈夫だよ。串川さんが言う。

なんだか、泣きそうに見えたから。

優しい声。合唱には向かないだろうその声が何故か救いだった。

私、大丈夫かな?串川さんに聞く。

私たちはまだ中学生だから、全然大丈夫だよ。あ、大人がダメとかじゃなくて、中学生の方がたぶん、いろんなことを吸収しやすいから。それで時々不安になったりする厄介さもあるけど。倉田さんは、きっと大丈夫だよ。

泣きたかった。昨日までの自分なら泣いていた。どうにか堪えようとする。

変わらないことを選択する事で私は変わっていた。

串川さんは私の背中を撫でる。大きな優しい手。

廊下から、串川さんを呼ぶ由加里の声。少し苛立っている。嫉妬だろうか。

私はもう大丈夫。ありがとう。取り繕った自分の声はいつもより大人に感じた。

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