08 keep warm
「綺麗……。」
肉球も勿論気にはなるものの、目を奪われるほどの美しさを持つその石に料理中にも関わらず、つい視線と意識が其方へと向いた。シトリンに似たそれはまるで夕焼けを石の中に閉じ込めたような黄金色で、室内の灯りが当たるときらりと煌めきを放つ。
暫く見つめているとリュウが黒焦げになることを危惧してか私の意識を戻すように「ウォン」と鳴き、我に戻った私は慌てて今まさにきつね色状態の海老一匹を救い上げて油切りのバットに降ろし、そしてほっと胸を撫でおろした。
「えぇと、それでその綺麗な石が転移石で…移動が出来るということですか?」
「そうだ、ただし転移する距離によってこの石は砕けてしまう」
「距離によって…。じゃあ例えば近い距離なら全て砕けるわけではなく、一部が砕けるという認識で逢ってますか?」
「あぁ、」
「ちなみにそれぐらいの大きさだと何処まで転移できるんですか?」
「これ一つでアメストリアだな」
此処からアメストリアまでの距離は、護衛を雇い、馬車を使って一日の距離だ。
その距離を考えると転移石の偉大さがよく分かるというもの。
「なるほど……。発火石の転移バージョンということですね」
「そうだな」
ちなみに発火石とは鍋の下に敷き詰められた黒曜石にも似た黒光りのする石のことで、
これは魔力を込めることで赤く熱を持ち発火することから発火石と呼ばれている。
火力を上げたい時、逆に下げたい時、止めたいときは全て魔力で調整することが可能で、込める魔力も微弱なもので構わないという大変コスパの良いアイテムなのだ。
「つまり転移石があるので今回は新人教育も兼ねてやってきた、お弁当はその時に必要ということですね。」
発火石に込めた魔力を止めて発火を止めると、私は次に炊いた米を移した深鍋の蓋を開く。
「あぁ。そういうことだ。」
さぁ、此処からが忙しいところだ。アイテムボックスから秘伝の漬けタレに、袋、それと容器を三つ取り出すと容器に米を敷き詰めて其処に天ぷらを乗せてやれば最後に秘伝の漬けタレをぐるりと回しかけると、次に私は三つの弁当に向けて手のひらを翳し「keep warm」と呟いた。
keep warmとは文字通り保温。つまりはこの弁当の状態を一定の温度に保温する魔法をかけたのだ。
異世界転移の際に気付いたら持っていた唯一のスキルが保温だなんて、最初は「一体何をすれば」と思っていたけど案外使いどころあったなぁとしみじみと思う。
最後に弁当を袋に重ねて入れて、サイゴドンさんに差し出した。
「さて、と、お待たせしました。天ぷら弁当が三つですので1800リルドです。」
「あぁ、いつもすまないな」
サイゴドンさんは懐から銀貨と銅貨をいり交ぜて金額分きっちりと払うと、サイゴドンさんがその大きな巨体を起こして頭を下げてから袋を受け取った。サイゴドンさんが持つと、なんだかお弁当が小さく見える。
「ふふ、騎士団長が持つとお弁当箱が小さく見えますね」
「ム、そうか?」
つい堪えきれずに一つ二つと笑い声を落とすと、サイゴドンさんは手に持った弁当を少しばかり持ち上げて顔に寄せた。
「えぇ。」
「……サイゴドンさん」
「ん?」
「行ってらっしゃい。気を付けてくださいね」」
「あぁ。」
最後にサイゴドンさんは弁当が入った袋を左手に持ち直し、右手を胸の前にアメストリア騎士団の誓いを示せば「行ってくる」とそう言ってマントを翻しその場を後にした。
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