07 騎士団長の不在
「アイテムボックス」
私の言葉に反応してアイテムボックスと呼ばれるスキルが発動し、私の目の前には半透明の画面が現れ、画面内にはアイテムボックスに保管したものの名前が記されている。そこでサイゴドンさんがとってきてくれた山菜の他に、アイテムボックス内に保存していた芋や茄子といった野菜に、少し大振りな海老たちを選択すると調理台の上に現れた。
それから山菜はそれぞれ火が通るほどのサイズに切り分けて、海老は頭を落とし、上から三番目の関節に指を入れて一気に手を引けばずるりと手足ごと剥けてゆく。
きっと本格的な料理店じゃ海老の形が崩れただなんだと言われてしまうだろうが、速さと効率を重視したらこのやり方が一番だ。
海老の背中には糞が溜まっている場合も多いので背ワタを綺麗に取り除き、それからボウルの中へと入れて片栗粉と水、酒を入れてよくもみ込んでいくと透明だった液体が段々と濁っていく。
片栗粉だけでも十分汚れや臭みは抜けるんだけど、人様に出すならこれぐらいはしとかないとね。
とはいえ、もしかしたら普段から食用として育てていない野生のモンスターの肉を食らう人々は、臭みなんかに強くて、ちょっとやそっとの臭みには気づかないかもしれないが。
ともかく、これを二、三度繰り返したのち、最後に綺麗な水でよく洗って布で水気を取れば下ごしらえの完了だ。
「そのポポルゴというやつは騎士団長自らが行かなければならないほど強いモンスターなんですか?」
私の問いかけにサイゴドンさんは少しばかり考えるように顎に手を宛がった。
その間、小麦粉と卵と水を別のボウルに入れて粉っぽさがなくなりトロトロになるまで丁寧に混ぜながら、よくかき混ぜていわゆるタネと呼ばれる天ぷら衣をつけるために重要な汁を作ると、そこに下ごしらえした具材たちを揚げる順につけて火にかけた油の中へと静かに落とした。
「いや、大して強くはないな。」
「え、そうなんですか?」
ぱちぱちと小さく爆ぜる音を耳に、私は思いもよらぬ回答に目を丸くした。
「あぁ、ひょっとするとリュウでも勝てる相手かもしれん。」
「リュ……リュウが?」
リュウに視線を落とすとリュウはいまいち話を理解していないようだったが、どこか嬉しそうに「ワン!」と元気よく鳴く。
確かに柴犬は古くから猟犬とされていたと言うが、相手はれっきとしたモンスターだ。そのモンスターに勝てるというのだからあまりレベルは高くはない――そう、いわばスライムのような初心者にはうってつけのモンスターということだろうか。
キノコ型モンスターと聞くと粉を巻いて寄生しそうなものだが、私の考える想像のキノコ型モンスターが強いのか、それともサイゴドンさんが私たちの能力を買ってくれているのか。実際にポポルゴを目にしたことのない私が答え出せる筈もなくどこか消化不良で想像を止めると、代わりにとばかりにカラっと水気無く揚がった天ぷらたちを余計な油を落とすべく油切りのバットに並べると次の疑問をぶつけた。
「なのに…騎士団長さんが行くんですか?その、新人さんと?」
「まぁ、確かにわざわざ私が出ていく幕ではない…が、ポポルゴの繁殖があまりに酷いようでな。新人研修も兼ねて一掃することになったのだ。」
「それ…騎士団長が不在になったアメストリアは大丈夫なんですか?」
サイゴドンさんの属する騎士団が発祥したアメストリア王国は、交易が盛んで、国際色豊かな文化だ。しかしそれゆえに侵略の価値を持っていると聞いたが、侵略の危険性を孕んだその国の騎士団長が席を空けて良いものかと思わず突っ込んでしまった。
軍事と政治に知見がない私ですらそれはまずいのでは。という事くらいは分かる。流石に騎士団長は年功序列でなるわけではないだろうし、彼は騎士団長にふさわしい実力を持っている筈だ。その彼がわざわざ騎士団を空けてまで新人研修を行うよりも、騎士団長の直属の部下に一任しても何ら問題はないように思うのだが。
私の突っ込みにサイゴドンさんは少し面くらったような表情を浮かべていたが、すぐに「あぁ」と何かに気付いたようで、腰に下げた革製の鞄の口を器用に爪先で開いて何かを取り出したかと思うと私に向けて手のひらを差し出した。
「それは問題ない。転移石を使うからな」
盛り上がったぷにりとした肉球の上には黄水晶のシトリンを彷彿させる黄金色の石が乗っている。サイズは小指ほどの大きさと随分と立派なもので紛失防止で鞄から下げるようなのか、はたまた御洒落を目的としているのか細いワイヤーで編むようにして巻いて、先に革紐が括りつけられていた。
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