55 拳
「も、もしかして私狙われてます、よね…」
「そのようだな」
「モスキルト、コウブツ、ニンゲン」
「モスキルト、ニンゲン、ヨクタベル」
なんということだ。この中で一番弱いであろう私が狙われるだなんて。誰が狙われても嫌ではあるが、それにしたって私が一番生存確率が低いではないか。いや、そう考えると仮にモスキルトの好物が人間でなくたって人間を狙うだろうな。一番弱いんだもの。
「ミサキ。」
そんな私の考えを遮るように、サイゴドンさんの大きな手のひらが私の前に出された。私の前に手のひらが向けられたのは、下がるようにという指示と守ることを表しているらしい。サイゴドンさんの背後に回って崖側のモスキルト二匹を見つめると、サイゴドンさんは眉間に皺を寄せながらも臆することなく背に背負った大斧の柄を掴んだ。
チャッピーとペスも武器こそ持っていないものの格闘技選手のように拳を握って構えて相手の様子を窺っている。
対して二匹のモスキルトはホバリングしたままでなぜか一列隊列をしている。何故隊列しているのだろう。私みたいな雑魚はともかく、数で見れば四対二とモスキルトからすれば状況は不利な筈。
であれば隊列なんかしないほうが有利に動けそうなのに。
「サイゴドンさん、モスキルトってああやって隊列する生き物なんですか?」
「いや、隊列する習性は聞いた事がないな」
グンタイアリのように列をなして歩く生き物であれば分かるが、そうではない。となると何かを隠し持っているか腹籠りという訳か。腹籠りであろうとこちらに危害を加えることを考えると見逃すわけにもいかないが、それにしたって「なぜ」を解明する必要性はあるはずだ。
もしかしたらとんでもないものを持っているのかもしれないし。
情けないことにサイゴドンさんの背に隠れた状況ではあるが、ホバリングしながらわずかに左右に揺れるモスキルトを見つめていると、背後に立つモスキルトは六本の長く太い足で何かをがっちりと抱えている様子が分かる。それも何か見慣れたものを抱えて。
「あ…!…っサイゴドンさん待ってください!」
「ム」
「後ろのモスキルト……誰かを連れてます!」
「なるほど、食料を取られたくなくて隠していたというわけか。全く厄介だな……」
「えぇ…素早そうですし、抱えられた肩を盾にされたら…」
生きているか死んでいるかは分からない。
なんせがっちりと抱えられた人間はピクリとも動かない。だが生きている可能性があるのならば、抱えられた人間を気にする必要性がある。となると細かな攻撃の出来ない大斧は多少不利だ。
不意にスパァン!と乾いた音が響く。
あまりに不意だったから一瞬何が起こったのか分からなかったが、奥のモスキートの体がよろけた様子に会話に不参加状態であったチャッピーもしくはペスが何かやったのだと分かった。
不意に頭を殴られたモスキートは横にぐらりとよろけると、人間を抱えていた手足の力が弱まって、ずるりと抱えられた体が硬い地面に落ちた。すかさずチャッピーが地を蹴り体勢を崩したモスキートの懐に入ると、下から上にアッパーをかまして、上にのけ反った頭をペスが容赦なく拳を叩き込むと、モスキートの体が洞窟まで吹き飛んで、その衝撃は洞窟にぶつかる事で止まった。
「ふむ、ありがたい。」
次に呟いたのはサイゴドンさんだ。
サイゴドンさんは斧を抜いてそのまま構えると、唐突な出来事に反応が遅れた一匹に向けて、その場で薙ぎ払うようにして斧を振るうと、刃先が一瞬淡く緑に光ると共に光が衝撃波となって、モスキルトに向かう。
しかし、モスキルトもただではやられないとばかりに、一直線に向かってくる衝撃波を寸でのところで避けたようだったが、モスキルトの近くには手持無沙汰となったロキータ族が二匹もいるのだ。当然避ける際にできた隙を見逃す筈もなく、チャッピーとペスがモスキルトを左右から挟むようにして殴る。
殴る。殴る。殴る。
あれだけ可愛らしい顔をしている小型のロキータ族が無表情で殴る姿を見るとなんとも言えない気持ちにはなってしまうが、かといってここで止めてモスキートが襲ってきては困る。
私は彼らがモスキートを殴る姿に、「南無南無」と手を合わせながら行く末を見守った。
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