47 それから
半ば連行される形で城へと戻ってきたヒメリア様は薄汚い外套を脱いでその場に落とすと、そのまま部屋の中央にあるベッドへと体を倒す。私は後ろから脱ぎ捨てられた外套を拾い、軽く汚れを払ってから入り口近くにあるコートハンガーにかけてやる。こんなコート一体どこに隠し持っていたんだろう。これだけ露骨に汚いのだ。恐らくは逃走用に用意したものなのだろうが、此処に置いていれば怪しまれるだろうに。
「はぁ……こんなに満たされたのはいつぶりだろうか」
私が外套へと疑問を抱いている間に愉しかったと呟くヒメリア様に反省の色はない。
「だからといってミサキさんをガシャア村に行かせるだなんて」
「ふふ。彼女は常識があまりないようだからな、外の世界を見ればもっと美味しい料理を編み出すかもしれないだろう?」
「そうですけど……。」
ああ、成程。それが本音だったのか。
元より美食家ではあったが、姫という立場で脱走しては食べ歩きを重ねて更には我儘を重ねるのだから頭が痛い。世界中を見ても騎士団長を我儘に付き合わせるのは彼女ぐらいしかいないと思う。
騎士団にはいくつかの部隊があるためサイゴドン団長以外にも別部隊の騎士団長がいるが、流石に今回の我儘には尻尾を垂らしていたっけ。
「ミアは勿体ないと思わないのか?彼女はベルベネットの経営を変えるような発言に料理を考案した。その知識を田舎村に押しとどめるのはあまりにも勿体ないじゃないか。世の中には色々な食べ物があるんだから」
「そんなこといって、ヒメリア様はミサキさんの手料理を食べたいだけでしょう。」
「ははは、否定はできんな!」
ヒメリア様はそういって豪快に笑う。
きっと教育長が視たらマナーがなっていない。下品だと怒るんだろうなぁ。私の気持ちを察したのか、ヒメリア様はごろんと寝返りをうち、仰向けからうつ伏せになると肘をついて手のひらに顎を預けて、そして最後にはなぜか穏やかな笑みを浮かべた。
「ふふ、サイゴドンの土産話が楽しみだよ」
*
私の実家は田舎町で小さな旅館を営んでいた。
父は板長で母は女将。私は次期若女将。都市部ではないしアクセスもあまり良くはないが、町の高台に佇む葦原温泉旅館は露天風呂や部屋から見える見晴らしが良く、また料理も美味しいと評判だった。しかしここ十年で田舎町の人口は少しずつ減り続けること、それとインターネットやテレビの普及により旅館を選ぶ選択肢が増えた為か客足も少しずつ減ってしまった。つまりは少しずつ寂れかけていたのだ。このまま何もしなければ、ゆっくりと、ゆっくりと時間をかけて寂れてやがて死んでゆくのだろう。
「どうしたものかなぁ」
そんな現状に父と母は私は次期女将だからと葦原温泉旅館の現状から今後の経営手法を隠す事無く教えてくれたが、板長の父は特に経営については専門外だからか頭を悩ませたところで良い考えが浮かばないのか困ったように眉尻を下げて笑う。
「昔は新聞に広告を出せばなんとかなったんだがなぁ。」
残念ながらそれは売りて市場だった時の話だ。いまはお客さんが選ぶ時代――そう、買い手市場だ。世の中はやれマーケティングだSEO対策だと買い手市場への対策を行うことが当たり前になっていて、取り残された人々は淘汰されていく時代だ。だからこそ私は父と母に任せていられないと自らマーケティングや営業をひとり学び始めたわけだが、そんな私が親元を離れて異世界転移した挙句、権力を持ったお姫様にプレゼントと称して半強制的にお使いをさせられて、そのお使い先で交渉しているだなんて聞いたら死ぬほどビックリするんだろう。我ながら、断り下手で泣けてくる。いや、きっとあのお姫様を前に断れる者なんてそうはいないんだろうけど。
けれどそんな私に対して鍛冶屋のゲオルグさんは鷹のような鋭い目で私を一睨みして、
「断る」
と言って扉を閉めてしまった。
しかも鍵までかけて。
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次回:6/18金曜日




