46 次の目的地
鋳造品が殆どである事は田舎でも常識だと思うが、何故経営を考えることの出来る頭を持つ彼女がそれを知らないのだろう。話した限りではある程度の教養はされているように感じたのだが。そんな小さな違和感を抱いたが、独創的なものを作る者だ。私は深くは考えずに、彼女へと一つの提案を出した。
「…ふむ、それでは私から今回のお礼として包丁をプレゼントする、というのはどうだろうか」
勿論、彼女と何かしらのつながりを持っておきたい。そんな下心のあるプレゼントではあるが。しかし彼女にとっては願ってもない提案だったようで、大きな瞳を数度瞬かせた後それはもう嬉しそうに頬を緩ませた。
「いいんですか?!」
「あぁ。ドンガラド鉱山の麓にあるガシャア村に腕の良い鍛冶職人がいるから紹介状を書いてやろう。そこでミサキの要望を伝えて質の良い包丁を作ってもらうといい。」
「ありがとうございます…!」
ドンガラド鉱山は宝石から武器に使用するための石、それから武器にエンチャントするための魔法石が豊富で、その麓に位置するガシャア村は鉱山で取れた石を使って加工するような技術者の多い村だ。その村の中でも特に腕の良い鍛冶職人にお願いすれば彼女の言う質の良い包丁は入手可能な筈だ。
まぁ、その鍛冶職人が素直に首を縦に振ればの話だが。
「ただしなぁ…」
「何か問題でも?」
「ソイツは頭の固い奴でなぁ。もしかしたら私のお願いであっても断られるかもしれない。」
これは嘘ではない。職人気質であるせいかどうにも頭の固い鍛冶屋は、平気で私のお願いを突っぱねてくる。権力を振りかざそうとしても結果は同じ。だから今回もよほどご機嫌ではない限り、平気で嫌だと突っぱねてくるだろう。腕はいいんだがなぁ。
「まぁ、ソイツはグルメだからそいつに弁当でも作って持って行くといい。」
「え…ええ…?」
ミサキは話の流れについていけないような反応を見せていたが、これ以上ミサキの意見を聞いて拒否をされても面倒だ。私は外套のポケットに施した魔法鞄に手を突っ込んで、上質な紙と羽ペンを取り出して鍛冶職人へ向けてミサキの包丁を作るように。という指示、それから私からの手紙であることを証明する署名を書き記す。
それから羽ペンを置いて手のひらを翳して、「グレートシール」と唱え、署名の隣には美しい花をあしらった魔法印章を刻むと、ついでにプロテクションと呼ばれる簡易的ではあるが雨や炎を弾いてくれる保護魔法をかけてからミサキに差し出した。
「はい、これが紹介状だ。私の署名と魔法印が乗っているので偽物だとは言われまい」
相変わらずミサキは話についていけないという表情を露わに受け取るかどうか迷っていたようだが、彼女の胸元に押し付けるようにもう一度差し出すと、ミサキはおずおずといったようにそれを受け取って困ったように笑う。
「ヒメリア様!」
ふいに背後から喉の内側をぐんと押すような低い声が響く。
「げ」
慌てて振り返って声の主を見た私は思わず一音を落とす。
声の主は騎士団長のサイゴドンだ。円らな瞳に可愛らしい耳に似合わない仰々しい鎧を纏ったサイゴドンは、部下たちを引き連れてホールに響く談笑も構わずに中へと進めると私を囲むようにして足を止めた。
「ヒメリア様、また抜け出してベルベネットに…!」
恒例のお説教が一つ飛び出ると私は露骨にため息を零したのち、サイゴドンに隠れるようにして背に立つミア・ベルベネットをじろりと睨みつけた。
「ミア…居ないと思ったらチクったのか!」
「チ、チク……!違います、私は団長に報告したまでです!」
「それがチクったというのだ!」
「むう…!」
「ヒメリア様、また抜け出したのですね」
私とミアの言い合いを諫めるようにして間に立ったサイゴドンが溜息混じりに呟く。
「良いじゃないか、お陰で良い食事もとれた。それにほら、良い職人も見つけたのだぞ」
私は負けじとミサキへと視線を向けると、ミサキはサイゴドンを見て目を丸くしている。
「……」
見ればサイゴドンも目を丸くしていた。
「…ミサキ?」
「なんだ、お前たち知り合いなのか」
「えぇ、サイゴドンさんはうちの常連でして」
「ほう……?」
休みの日はよく外出をしていると聞いていたが、まさか女のいる店に行っていたなんてな。アメストリアから田舎村だなんて馬を使っても一日はかかるだろうに。
「ミ、ミサキ…」
サイゴドンはやめろ、それ以上話すなと言いたげであった。
ふうん、なるほどな、面白いじゃないか。
「あのう……ヒメリア様、というのは」
ミサキはいい加減私の正体が気になっていたのか、おずおずと言った様子で手を上げる。
「サイゴドン」
私はサイゴドンに視線を向けると、サイゴドンは深くため息をつく。
「ミサキ、この方はな、ヒメリア・エマ・オフィーリア様……この王都アメストリアの姫様だ」
「な……ッ!」
「ふふ、今日は城を抜け出して食事をしに来たというわけだ。だからミサキ分かるだろう?私はミサキにお願いをしているわけだ、ガシャア村に行くように、と」
私は眼元を細めるようにして笑む。
そしてそんな私を見てミサキは口角を引きつらせて笑い、サイゴドンにいたっては片手で頭を押さえるのであった。
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そして次回よりガシャア村編始まります。
次回:6/16水曜日