44 完食
男たちの反応を横目にミサキがいまだ口をつけていない――いわば、最後の品を私の前に出した。
「こちらはデザートのミルクブラウランゼリーです。下が牛乳と砂糖を使っていて、上の部分はブラウランを使って二層にしてみました。」
ミサキの言葉に視線は最後の品へと向けられる。最後の品が盛られたのは意外にも皿ではなくワイングラスで、ワイングラスには牛乳が注がれその上には透き通った青が敷き詰められている。
ゼリーとは一体なんなのだろう。
飲み物のことだろうか。
ワイングラスを手に取ると乳白色と青が混ざり合うことはなく、細かく崩され敷き詰められた青がふるふるっと揺れて、なんだか波打つ海を彷彿させるようだ。
「ほー……ゼリー、とな。初めて聞いた名前だが、上の青い部分は透き通って海のようで美しいな」
「ふふ、まさに海をモチーフとさせて頂いたんです。」
ここアメストリアの名産であるブラウランを使っているから青いのだろう。
ブラウランの着色効果というのは強いもので、パンケーキに使えば真っ青なパンケーキに。シチューに使えば青いシチューになり、他所からきた者たちは食欲減退すると不人気なのだが、意外性を振り切った物珍しさのお陰なのか、透き通った青が使われたミルクブラウランゼリーとやらは、興味や美しさに意識が先行し、食欲不振の度合いは減少しているような気がする。
「すいません…お客様に出すつもりではなかったので、とりあえずとワイングラスに入れてしまったので食べづらいと思いますが…」
「我儘を言ったのは私だ、気にするな」
いや、食べにくいけども。ワイングラスに何かを入れて食べるなんて機会がないせいか、凄く、いや、物凄く食べづらい。手渡されたスプーンも持ち手こそ長いものの、専用のものではないから、食べる部分が大きくて一口分を掬って持ち上げるのはなかなか至難の業だ。
うちのマナー講師が視たら卒倒しそうな光景だと思いながらもなんとか一口分を救い上げると、スプーンの上に乗ったそれはふるるんっと揺れて、白いミルクゼリーの上に乗った透き通った青がきらきらと輝いている。
「…うう……っうまい……」
なんてことだ、ハズレがないじゃないか。
唇に触れたゼリーとやらは、固さを感じさせないつるりとした感触で、ひんやりと冷たいそれは喉をとぅるんと落ちてゆき最後にはブラウランの甘みと牛乳の優しい甘味が残ってゆく。
「このとぅるんっとしてるのは、先ほどのテリーヌに使われていたものと似ているな」
「えぇ、同じものを使用しています」
「ほう…どおりで感触が似ているわけだ。…しかし、こちらはテリーヌとは違うな。テリーヌは野菜や魚を支えるために使われていたが、こちらは主役だし、何より口の中をリセットするような冷たさと甘味でまったくの別物みたいだ」
女子供はもちろん、ひんやりと冷たい菓子は少ないため炎天下の中働く男たちにもウケは良いだろうし、歯もいらないほど、それこそ喉に流し込むことの出来るこれは老人にだって良いだろう。老若男女問わずに受け入れられる商品は強い。
もう一口。口へと運んだゼリーはやはり歯を使わなくてもするんと喉奥へと落ちてゆき、口の中には甘みだけが残る。
今まで食べてきたお菓子たちはどこか口の中に甘ったるさとカスを残すものが多かったが、このゼリーはどうだ。口の中には甘みだけが残り、こちらが名残惜しいほど跡を残さない。あぁ…本当に美味しい。食べきってしまうのが惜しいではないか。
やがてワイングラスが空になると、私は名残惜し気にスプーンを置いてため息を吐いた。
「はぁ」
もっと食べたかった。
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次回:6/11(土)23時