42 塩
食べる前に持ち上げたフォークに鼻先を少し近付けるとなんだか海産物を全てシチューにして煮込んだような、――そんな美味しいが詰まった匂いが鼻を擽ってゆく。ああ、間違いない。これも絶対に美味しいぞ。
出来立てなのか、湯気が上がるそれをふうふうと息を吹きかけて熱を冷ませば、いざ実食。口へと運ぶ。
口の中にすっきりとした脂と強い旨味が溢れる。
タタイの身は普通の塩焼きよりもずっとふうわりとやわらかく、生臭さやクセが一切抜けきっている。
「これも旨いな!」
いくら卵白を使っているとはいえ塩を大量に使っているのに、塩辛くなく丁度よい塩梅だ。それどころかタタイは魚本来の旨味が凝縮されていてたまらない。
「もっと塩辛いと思ってたが、丁度いいな。」
そう言いながらもう一口、口へと運ぶ。じゅわあーとあふれ出す魚の旨味と油は最早スープだ。
「ううん……これはうまいな」
うん、好きな味だ。酒蒸しや塩焼きの中間だろうか。
見た目のインパクトよりもずっと上品な味で優しい味わいになんだか腹だけでなく胸もぽかぽかと温まるようだ。
「見た目にもインパクトはありますし、叩いて食べるというのも面白いかなと」
「そうだな。私もこの食べ方は初めてだ。」
普段から美味しいものを食べて育ってきた私だが、今までの経験の中でこういった料理はなかった。ただ、美味しくはあるが一つだけ気がかりはある。私は皿の上に転がった崩れた塩窯を一つ指先で摘まむとそれを口の中へと運ぶ。途端に広がる強い塩味。そりゃあそうだ、卵白を入れているとはいえ塩の塊を食べたのだから。
「うん…、美味いがこの塩窯焼きは少し考えたほうがいいな」
「え?あの、何かお気に召しませんでしたか…?」
「いや、見た目のインパクトもあるし味も良い。それも抜群に。」
「ならどうして…」
ミサキは納得いっていないって表情を見せる。
そりゃあそうか、これだけ絶賛を続けていたんだから。
「……問題は塩だ。」
「塩…ですか?」
「あぁ、ミサキは港があることを考慮して塩を大量に使った料理を出してくれたのだろうが、塩を外に持ち出すと金になるのは分かるな?」
「え、えぇ」
「金になるのであれば、何をしたっていい。そんな考えを持つ輩はこの塩を持ち出す可能性もあるんじゃないか?」
全くもってあり得ない話ではない。使用済みの塩と言わなければ分からないのだから。
「卵白を混ぜた塩であれば、普通の塩と違って腐ることもあるだろう。これが表に出た場合の問題を考えると、誰にでも出すと言うのは難しいかもしれないな」
使用済みを持ち出すような奴だ。腐った場合の責任問題を取るわけがない。それどころかベルベネット・アメストリアから購入したものだと噂を流す可能性だって0ではないだろう。
私の言わんとしていることを理解したらしいミサキは戸惑いの表情を見せた。
「それでは一般人相手ではなく、例えば王族や貴族相手に出すとしたらどうでしょうか」
アマリアが呟く。
「あぁ、王族や貴族相手であればよいだろうな。」
「なるほど…王族や貴族の方でしたら見栄もあるでしょうから使用済みの塩を盗む…なんてことはなさそうですね。アマリアさんそれって出来ますか?」
「えぇ、ここは貴族も多いから人によって出すものを変えるということは出来るわ。個室を使って他の方には見えないように出すというのも一つの手でしょうね」
「ま、そのあたりは私がいない時にやってくれ。次の料理にいっても?」
どうやら解決策は出たらしいが、この場で話したって情報を持って行かれるだけだ。私はシッシッと軽く手を払ったのち、次の料理を要求するとミサキは慌てたように次の料理へと入れ替えた。
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次回:作者、感染性胃腸炎のため6/9(水)までお待ちください。
6/6追記:誤字訂正&ブクマ155人ありがとうございます!