04 角煮弁当
目の前に"絶対に美味しいもの"を置かれているせいからなのか。それとも俺が空腹だからなのか。――いいや、どちらもか。じりじりと、じりじりと焦燥感が蝕むように俺の中で範囲を広げてゆくのが分かり、俺は無意識のうちに生唾を飲んでいた。
「なぁ、アントニー」
ぽつりと呟く。
「なんだ?」
「もう今日はここでゆっくりしてもいいんじゃないか?足湯も気持ちいいし…、酒もうまい。」
「いいのか?狩りに行くんじゃなかったのか?」
「そりゃあ狩りに行くつもりだったさ!でもよ、弁当だってこれをそのまま持ってったらいい匂いが続くだろうし…そんな状態で、戦いに集中なんてできるか?いいやできねぇよ、俺たちには毒だ。」
「う、ううむ、ここの弁当の凄さを語りたかったのだが……。」
もう限界だった。こんな匂いにあてられて、あぁお弁当楽しみだなぁ。なんて思いながら戦えるはずなんかないに決まっている。まさに戦意喪失だ。アントニーはこれ以上何を語るというのか、弁当語りが出来ないと眉間に皺まで寄せて複雑そうにしていたが、俺は言いくるめるように、饒舌に
「語るのなんてまた次回でいいだろ!なぁミサキさん。ここで食べてもいいよな?」
そう語るとアントニーが答えるよりも先にミサキさんが「あ、はい、もちろん。」と答えたものだから、
アントニーはここから俺たちを否定出来るはずもなく「仕方ないなぁ」なんて首を縦に振るしか選択肢は残されていなかった。
もちろん、こいつが首を縦に振るまで俺はこの席から退くことなんてなかっただろうけれど。
そうして許可を得た俺は早速弁当が入った袋を手元に寄せてやけに軽い素材の袋に包まれた弁当を取り出すと、思いのほかそれはずっしりとした重さで――重さの分、期待が高まって仕方が無い。
落とさないよう両手で持ったそれを袋から出してテーブルの上へと置いてから蓋を開くと、出来立てなのか白い蒸気がもわっと立ち上がり、また甘辛い匂いがディッツとアントニーの鼻をくすぐった。
「うお、すげぇボリューム。」
「あぁ……すごいな。」
中身を見て、無意識のうちに言葉が落ちる。
目で見て美味しいとはこのことを言うのだろう。弁当箱にはところ狭しと一口大に切られた肉がごろごろと転がっていた。それに先ほどサービスだといって出された卵と、半月に切られた茶色に染まった物体は大根だろうか。それと茶色が占める弁当に彩りを与えるように青々とよく太ったさやえんどうと、花の形に整えられた人参が端の方に乗っている。
「…すごいな」
ごくり。今日何度目だろうか、喉が鳴る。
腹の虫も早く食わせろとばかりに大きく鳴った。もちろん最初は肉だ。先ほど使ったフォークの先端で肉を突けば、肉が纏う照りがこちらにアピールするようにきらりと光った。てっきり歯ごたえのある肉なのかと思っていたのに、口の中にいれるとほろほろと肉汁と共に崩れていく。
「あ、ふ…っ」
口の中に広がる肉と旨味はまた濃厚で、喉へと流れ落ちていく。
「…あー……っ!なんだこの肉、うまいな!」
「肉がこんなにも柔らかくなるものなのか?」
「ふふ、肉はただの豚肉なんですが柔らかくするために蜂蜜を使っているんです」
ミサキさんは片目を閉じて人差し指なんかを立てちゃって得意げに蜂蜜とキーワードを出したのだが、蜂蜜と聞いて合点が行くほどの料理スキルもない俺たちは、口いっぱいに肉を頬張りながら疑問符を頭上に浮かべた。
「蜂蜜?」
「はい、タンパク質分解酵素といって蜂蜜は肉を柔らかくするようなスキルを持っているんです」
「へぇ……手間がかかってるんだな」
「手間といっても寝かせるくらいですよ。それに角煮にも使えてコクが出るので一石二鳥なんです。」
料理スキルがないせいで「そうなんだ」「手間がかかってるんだな」としか言えない俺たちだが、彼女が手間をかけたお陰で俺たちがこの角煮弁当――いやいや、ご馳走にありつけるのだから全く頭が上がらない。アントニーが此処を気に入っているのもなんとなく頷ける。
もう一つ肉を拾うと、そこから米が顔を出した。上に乗っていた角煮の肉汁や煮込んだ汁がかかって少し湿り気が出ているようで、それを掬ってかきこんだ。
「米もまたうまい…っ。この汁がかかった感じ、たまんねーなぁ!」
「この大根も味が染みていていいなぁ」
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そうこうしているうちに、気づけば弁当の中身はきえていた。
あぁ、なんていい気分なんだろう。弁当を買いに来たはずだったのに、気づけば心地よい酩酊感に包まれて腹も満たされていた。食事を終えてミサキさんに挨拶をして外に出ると、寒かったはずの外が涼しく感じるほどカラダの芯まで温まっていた。
毎日戦いに明け暮れていたが、こんな心地の良さを冷ますのはもったいない。
今日は1日休んでいこうか。俺たちの足取りは軽く、宿屋へと向かったーー。
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