32 バター醤油
バターが解けて面積を広げ泡が大きくなると、厚い肉を滑らせるように投入するのだが、そこからの流れは随分と早いものだった。
まずは片面を30秒ずつ焼いて、そこからもう一度片面につき1分ずつを二回。計4分ずつ焼くと肉をフライパンからまな板と移して、代わりに肉汁とバターが絡み合うフライパンの中には黒濁りの液体を注げば液体を広げるためかフライパンを前後左右にぐるりと揺らす。
脂とソースがパチパチと弾ける音を立たせながらも絡み合うことにより、立ち込める匂いに食欲が一層と掻き立てられる。
発火石に送った魔力を止めることで熱を止めると、まな板に載せた分厚いステーキを包丁で丁寧にカットしていけば、白米を盛った深皿へと並べて、その上から先ほどフライパンで作っていたらしいソースを肉に向けてとろりと垂らす。
ああ、なんて食欲をそそる光景だろう。腹が減っているとはいえ、年甲斐にもなく口の端から涎がでそうだ。
「お待たせしました!バウンティステーキの完成です!」
ミサキの声はまるでボールみたいに弾む。楽しくて仕方が無いという感じだ。
俺と端の坊主に向けて出された皿が出されると、俺たちは二人して皿を覗き込む。皿の中にはバウンティステーキと米の二種類。色どりや栄養を考えた野菜なんてものはなかったが、とにかくインパクトのある光景だ。ワインレッドだった生肉は焼いたことにより茶色に色を染め、最後にかけたソースを纏って照りをつける姿はなんともソソるではないか。
ごくりと生唾を飲みながらも後から差し出されたナイフとフォークを受け取ると、指先でフォークをくるりと回転させて刃先をステーキへと向けて突き刺そうとした、その瞬間。
「ちょっとまってください!」
とミサキの待てが入る。ドクターストップならぬコックストップだ。
「うおぉい!なんだよ!」
「先に私が食べます!」
「いや、ここまで来たんならもう俺も食べていいだろ!」
「でもポポルゴの痺れが出る可能性もありますし!」
ミサキの目は本気だ。そりゃあ自分の作った飯を食べて昏倒されちゃ最悪だろうが、それにしたって今この場で待てだなんて酷い。あまりにも酷すぎる。
そう言って俺は待てをされたまま、ミサキが手元に残していたらしいステーキの端肉をフォークで刺して口の中へと運ぶ。ミサキの作ったものだ、きっとおいしいに決まっている。だって匂いも見た目も美味しいのだから。しかし暗に毒見なんて言われちゃ、いやでも心配も混じるわけで俺たちはミサキに視線を向ける。
「ん、…ん、ぅ?」
ミサキは薄い唇を閉じたまま咀嚼を繰り返す。
「んんー…!」
咀嚼を繰り返したのち、ミサキの顔がふにゃあと、いかにも幸福そうに蕩けるように緩む。実際に食しての感想はいつまでたっても返ってはこないが、ミサキの顔を見れば肉の味だなんて想像に容易い。火を見るよりも明らかだ。
「もういいだろ!俺もいただきます!」
突き立てたフォークで肉を突いて持ち上げると、しとしと垂れる肉汁と一緒に口の中へと放り込む。ステーキ肉の表面を焼いた香ばしい匂いとバター強めの匂いが鼻孔を擽る。
厚さは約3cmほど。犬歯が肉を捉えるとぶつ、と弾力のある肉に食い込んで旨味である肉汁と、上から垂らしただけのバター醤油ソースが絡まり口の中へと溢れて喉を通して潤していく。
しっかりとした歯ごたえのように思えたのに、頬の内側にそのまま溶け込んでいく感覚。これがほっぺたが落ちるという意味なのだろうか。おかげでどんどん食が、いや、米が進む。
「っはぁ、なんだこれ、噛み切れないどころか口の中で溶けていきやがる!それに脂が重くなくてさっぱりとしているし、俺の知ってるバウンティ肉じゃねーな!」
次回更新:水曜日
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