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03 無料サービス

「あぁ、そうだ。最近新しいサービスを始めたんですが、体験されていきませんか?」


「新しいサービス?」


「もちろん無料のサービスになるんですが…いかがでしょうか?」


「へぇ、無料なら受けようぜアントニー」


「そうだな。しゃもじ屋のサービスなら悪いものじゃないだろうし」


「ふふ、ありがとうございます。」


ミサキさんは照れたように控えめに笑うと、俺たちが座るカウンター席まで近寄って足元にしゃがんだ。


「足元失礼いたしますね。」


足元、というのは本当に足元を指しているらしい。


申し訳なさそうに足を伸ばした先にあるちょっとした段差を指差した。俺たちは言われるがまま少し段差になっている床から足を浮かせると、そこに手を伸ばすとかこっと何かが外れる音が響く。見ると、段差の上部分がなくなっており浅い用水路のようにぽっかりと口が開いている。


いや、それだけじゃない。足元からは白い湯気がもわっと湧き上がり、窓辺から差しこむ光がその開いた内部を照らし、きらりと波うち揺れるものが反射した。


「これは……湯?」


「こちらに靴や靴下をどうぞ」


段差の下には籠を置いたミサキさんはあえて答えを言わないようだが、いや、しかしこれが答えなのだろう。狩りの連続で薄汚れた靴と、くたびれた靴下を籠に入れるとぽっかりと開いたそこにつま先から恐る恐る入れた。


「んん!」


冷え切った足がちゃぷんと浸かったとたん、びりびりと刺激が足に走った。


「やはりこれは温泉か!」


「はい。こちらは冒険者の方が多く立ち寄るので、足湯で疲れを取っていただけたらと」


「なるほど、足湯か…」


足だけが浸かるだけでこんなにも気持ちがいいのか!


はぁ、と思わず息が零れ落ちる。湯面から立ち上がる湯気と熱が意識を朧げにするようだった。


「はぁぁ……気持ちいい……」


「そうだな……足しか浸かっていないのに、体も温まるようだ。」


「本当だよなぁ、湯なんて体まで浸かってこそと思っていたけど、足だけでこんなに癒されるなんてな」


討伐に寒さが加わって体の緊張が続いていたからか、全身に広がりゆく温もりに緊張が緩まるのが自分でもよく分かる。足湯に浸かった足といえば大丈夫なのかと心配するぐらい赤く染まっていたが、全身で浸かっているわけでもないからかのぼせるような感覚もなく、ただ体が温まるばかり。


「ふふ、よかった。あ、これサービスです。」


そんな俺たちを見てかミサキさんは肩を揺らして笑いを溢しながら、俺たちの前に四角い小皿とフォークを一つずつ出した。


俺とアントニーの分なのだろう。足湯でぼやけた頭のまま、それぞれ手にとって自分のほうへと引き寄せると、そこには茶色く照りのある卵が鎮座していた。


「おぉ、いいのか?でもこの卵、やけに茶色くないか?」


「ふむ、しかし香ばしい匂いがしていいな。」


「こちらは燻製煮卵です」


「煮ただけでなく、燻製もしているのか。」


「えぇ。」


冒険者の飯と言えば大雑把に肉や魚を煮るか焼くかの二択が多いので、わざわざ燻製という手間をかけたことに驚きを示したアントニーを横目に、早速フォークを手にとり先を卵に宛がうと卵の下には煮汁が垂れているせいか卵が滑ってうまく刺さらない。俺はフォークを皿の横に置いて親指と人差し指で卵を直接つかんで持ち上げて、半分ほど口の中へと運ぶ。


弾力のある白身が口の中で崩れ、甘辛い味が染み出すように口の中で広がる。そして、中から溢れた半熟の黄身が甘辛さをまろやかに包んで、燻製独特の香りが鼻から抜けていく。


「うまい!均等に味がしみていて、なのに黄身が硬すぎずやや半熟…!」


「それにこの香ばしさが口の中で広がっていいな!」


「くー…っ、ここに酒があったらなぁ……」


「それでしたら、ロキータから良い辛口のお酒が入ったんですが、それも一緒にいかがですか?」


淡い白濁とした酒瓶を赤子のように抱えて、こちらににこりと笑いかける店主。酒瓶に張られたラベルには"純米小吟醸カルデラ"と書いてある。

ロキータといえば、岩を食べる者――ロックイーターの事か。彼らが岩だけではなく、酒を飲むと聞いたことはあったが、飲んだことはない。


「ぐ…っ、弁当を買いに来たのに酒まで……!」


足湯に酒だなんて、この店主絶対に確信犯じゃないか。にこりと笑う店主が小悪魔に見えて仕方ない。


「いや、頂こう!!」


透明なグラスに注がれるのは透明の液体。


一件すると水にしか見えないが、鼻に入るツンとした匂いがうまい酒だと物語る。俺たちはいてもたってもいられず、乾杯も忘れてグラスに口をつけると一気に傾けて喉へと流し込んだ。


まろやかとは程遠いがつんと強い辛口の酒が喉を焼くようで――それがまたうまい。


「あぁー……っなんだこれ!」


「辛口だがくどさがない!」


店主の手の中で転がされるように、俺たちは次から次に出されるものにうまいうまいと声を上げていた。


そんな俺たちをみて店主はくすくすと笑いながら、俺たちの前に弁当が入った乳白色の袋を置いた。袋は俺たちの知る革製でも、植物性のものでもなく興味がそちらへと寄るものの袋から僅かに漏れる甘辛く香ばしい匂いが鼻を擽り、意識は弁当へと引き戻されてしまう。


両手で袋ごと弁当を包み込んだ時に伝わる、弁当の容器からの暖かさといったらもう。なんて落ち着く温もりなんだろう。


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