25 軽食【設定画有】
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青年に手伝ってもらってポポルゴと黒狼を回収した私たちは森を抜け、自宅兼お店であるしゃもじ屋へと戻ってきた。
青年にはカウンター席に座るように促すと、すっかり元の姿に戻ったリュウが愛想よく尻尾を振りながら猫のように青年に足元に擦り寄って、青年は椅子にも座らず膝を折りしゃがみこむと、リュウの頭を両手でワシワシと撫でた。
「はあー……」
窓を開けて入ってくる清々しい風は汗の滲む額や頬に染みて、体を浸していくようで、体内に残っていた気だるげな吐息が落ちる。
ちょっと出かけるつもりだったのに、随分と長いお出かけになってしまった。今日はお弁当屋として予約を受けずに正解だったと乾いた笑いが落ちる。
「……よし、気を取り直して!」
私は早速カウンター奥の調理スペースへと戻ると、アイテムボックスから紅茶を入れたポットを取り出した。保温スキルのおかげでポットは冷えることなく、入れた当時の温度を保っており、深いカップに紅茶を二人分注ぐと一つをカウンターへと出した。もちろんもう一つは私の分で、取っ手に指を通すとふうふうと軽く冷ましてから口にして乾いた喉を潤す。
そしてそんな私に気付いたのか頭を撫でられていたリュウが、私に向けて「アオン!」と鳴く。
ああ、そうだ、リュウの分も出さないと。
リュウ用の深皿に水をたっぷりと入れていつもの定位置に置くと、リュウは青年から離れて調理スペース内に入るとちゃぷちゃぷと音を立てながら水を飲み始めた。
「それで、あなたのお名前を聞いてもいいですか?」
私の問いかけを受けた青年は立ち上がり椅子を引いて座ると、カウンターに出されたカップを引き寄せて濃い琥珀色の紅茶を見つめた後、一秒、二秒、三秒と長い長い間を置く。
「俺の名前は、ルイ」
長い間を置くものだからどんな名前なのだろうと思ったが、予想以上に普通の名前だ。それも地球にいそうなほど、普通の。
「ルイさんですね、良かったお名前が聞けて。」
「…?良いものなのか?」
「えぇ、助けてくれた恩人ですもの。恩人の名前は聞きたいじゃないですか」
「そういうものか」
ルイさんも紅茶を一杯啜ると、小さく吐息を落とす。目尻が少しだけ緩むあたり、落ち着くことは出来たようだ。
アイテムボックスから今日の昼食にと作っておいたクリームチーズを挟んだサンドイッチと、それから先ほどまで黄金蜜がたっぷり入っていたガラス瓶を洗うべく取り出して調理台に置くと黄金蜜に濡れたガラス瓶の内部を見つめる。どれだけかき集めても売るほどの量ではないが、折角の黄金蜜だ。これを洗い流すのは惜しい。
クリームチーズを挟んだサンドイッチから上にしたパンをはいで、そこにバターナイフでかき集めた黄金蜜をとろりと垂らしてから塗り広げ、パンをもう一度戻す。それを数度繰り返し3つ分の黄金蜜とクリームチーズのサンドイッチにリメイクすると、皿に二つ盛ってルイさんに向けて差し出した。
「いいのか?」
「えぇ、もちろん」
「有難く頂く。」
皿を引き寄せて自分の手元に置いたルイさんは手袋を外して傍らに置くと、手を合わせる。まるで日本人のようだ。
丁寧に両手で持って頬張る姿は冒険者というよりも可愛らしいハムスターのようだ。咀嚼を繰り返しながら視線を右に左にと動かしたルイさんは、何かを考えるような表情を浮かべていたが手も口も止めることなくサンドイッチをぺろりと平らげると、隣に置かれた紅茶を麦茶みたいに一気にぐいと煽った。
良い食べ応えだ。サンドイッチを作った者としては良い感想を期待してしまうが、ルイさんの表情は少しばかり曇っている。いや、何か考えているといったほうが正しいかもしれない。
「さっきの黄金蜜の残りを使ってみたんですが…お口に合いませんでしたか…?」
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イラスト:シバフスキー(作者)