02 しゃもじ屋
「……にしても弁当買うにしたってまだ6時だろ?どこで時間を潰す気だ?」
「時間をつぶす必要はないさ、恐らくその弁当屋はもう開いているだろうし」
「はぁ?こんな朝早くにかよ!」
「村民だけではなく冒険者たちにも向けた商売だからな。朝早くに出発する冒険者たちの多さを考えたらおかしなことじゃないだろ」
ようやく太陽が昇り始めたとはいえ、まだ時間帯的には眠る人の多い時間帯だ。
小鳥のさえずりも聞こえず、俺たち男二人の会話は随分と村に響くように感じるほど、この村は眠るように静かだ。そんな村で時間を潰す場所なんてあるようには思えないのだが、アントニーの顔を見る限り、大した問題ではないらしい。
その店は、ほかの家々と同じように石を重ねた一軒屋だった。
他と違うところといえば、少しばかり幅広い事と、扉の真横に大きなタペストリーを設置していることぐらいだろうか。視線を惹きつけるそれには白いヘラのようなものが真ん中に描かれ、その下には”しゃもじ屋”と言葉が横に並んでいる。
これは看板代わりにしているのだろうか、随分と目新しい主張方法だ。気づけば惹きつけられた視線は並ぶ文字をなぞり、「しゃもじ、屋」と言葉が口からこぼれてしまっていた。
「そう。ここが俺の一押しの店でしゃもじ屋っていうんだ。」
ついつい口に出してしまったばかりに、アントニーはやけに得意げに俺を見て笑った。
「ふーん、……しゃもじ屋ねぇ。なぁアントニー、しゃもじ屋ってなんだ?」
「しゃも……じは、ええと、なんだったか。すまん、忘れた」
「お前…本当飯のことだけだな、詳しいの」
「はは。」
アントニーに聞いた俺が馬鹿だったと後悔しつつも、引き戸を開けて店内へと入ると、扉の上部につけられたベルがカランカランと小気味良く軽やかに音を立てた。
「いらっしゃいませ」
と女の声。
その後に続くように、ふわりと食欲をそそる良い匂いが俺たちの鼻をくすぐった。
「あら、アントニーさんお久しぶりです!」
「久しぶり、ミサキさん。元気だった?」
「えぇ、おかげ様で。アントニーさんも元気そうで何よりです」
彼女の名前はミサキと言うらしい。
ここの店主だろうか。いや、それにしては少々幼いような。年齢は17、18、――恐らくは20も満たないと思う。淡い紫色の髪を下のほうで縛り、彼女が動くたびに、縛ったそれがゆらりゆらりと跳ねる。そんな"ミサキさん"に向けてアントニーはキザ男よろしく、やぁ。なんて言いながら片手を緩やかに上げて笑って、談笑を続けた。
「あぁ、そうだ今日は俺の友人のディッツを連れてきたんだが弁当は買えるだろうか」
「ありがとうございます。開けたばかりなので、少しお待たせしてしまいますがよろしいですか?」
「構わないよ。ディッツもいいだろ?」
「あぁ」
「それではカウンター席へどうぞ」
言われて俺たちはカウンター席に座る。
店内は酒場ほどの広さはなく、コの字型のカウンターを右に、左にはテーブル席が二つほどあるだけだ。カウンターや床、壁などは木目調で統一されており落ち着いた雰囲気が妙に心地よく感じられた。
「なぁ、ここってミサキさんが店主なのか?」
「えぇ」
「凄いな、その若さで。店も…そんな広くはねぇけど、妙に落ち着くっていうか」
「ふふ、ありがとうございます。あ、今日は角煮弁当とビーフシチューの二種類になりますが、よろしいですか?」
「角煮ってなんだ?」
「角煮は豚肉や香味野菜を加えて柔らかく煮たもので、ご飯と一緒にしているのでがっつりメニューが好きな方向けですね」
「あ、じゃあ俺はそっちで」
「俺もそちらにしよう」
よく分からないが豚肉を使ったがっつりメニューというのは、今の俺にピッタリではないか。
また柔らかく煮たっていうのもいいじゃないか。馬鹿みたいに固い干し肉ばかり食べてきたから、有難い話だ。
「二点で800リルドになりますが、お支払いはご一緒にされますか?」
「俺が払うよ」
「アントニーさん太っ腹ー」
「ありがとうございます。」
アントニーが懐から布財布を取りだすと、じゃら、と硬貨同士がぶつかる音が聞こえる。
アントニーが支払いを済ませるまでの動作を見守りながらも、――俺と違って随分とまぁ貯め込んでんなこいつ。そんなことを思うのはご愛嬌だ。
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