19 思考停止【挿絵有り】
「グルルルルル………」
「っひ!!」
現れたのは一匹の黒い狼だ。しかし狼といっても日本的サイズではなく、四足歩行の癖に私よりも大きい上に、見るからに堅そうな毛でおおわれた体には歴戦の猛者と戦ってきたといわんばかり傷が残されている。
「グルルルォォォォァァ!!!」
どうにもご機嫌斜めらしい黒い狼は茂みから現れ、咆哮を上げるとモンスターの威圧だろうか微弱な電流のようなものがビリビリと肌へと伝わり、私は思わず怯んでしまう。
魔法が使えず、物理攻撃もダメ、それに武器は黄金蜜まみれの短剣一本。これでこの黒狼を倒す?
それなんて無理ゲーだ。
口の端が引きつり、足も短剣を握る手も情けなくぶるぶると震える。やられる前にやるしかないが、黒狼を倒す手立てなんかない私は、短剣を握りしめたまま刃先を黒狼に向けて、
「来ないで!」
と声を上げるしかできなかった。
「ウウウウウウウゥゥ、ワン!ワンワン!!!」
リュウは私の前から退くことはなく、果敢にも吠えてみせるものの、なんせ私よりも大きなモンスターだ。自分よりもずっとずっと小さな柴犬のリュウに怯む筈もなく、黒狼はもう一度咆哮を上げながら顔を少しばかり上に向けると開いた口の中に火球が生まれ、それを問答無用で吐き出すように放つ。
目の前が見えなくなるほどに大きく膨れ上がった火球に、
あ――やられる。
と私の思考が一瞬停止する。
何の因果か、突然異世界に飛ばされて、なぜこの異世界にきたのかも分からないうちに私は死ぬのだろうか。まだ、私の異世界生活は始まったばかりで、やっと色々なことが出来るとそう思っていた時に?そんなのは嫌だ。その瞬間、私の意識は恐ろしいほどに巡る。走馬灯にように過去に話したこと、経験が、生きる術を探すようにめぐる。そして、一つの答えに行きついた私は手にもったナイフを捨てると、目の前で勇敢にも狼犬に吼えるリュウを片手で抱き寄せながら、黄金蜜に濡れた手のひらをポケットに突っ込んで、ポケットの中に入った"それ"を握りしめた。
「お願い…!転移石!」
握った"それ"とは妖精たちから貰った転移石だった。転移石の使い方はいたってシンプル。行きたい場所を願うだけ。しかし、逃げることで精いっぱいだったからなのか、はたまた貰った転移石が物凄く小さかったからなのか、実際に転移した場所はおよそ5Mほど離れた位置だった。
「うそでしょ……?!」
なんとか火球が避けられただけマシと考えたほうが良いのかもしれないが。
しかし転移石を使用したことによって手のひらで握っていた転移石がポケットのなかでほろほろと崩れていくのが分かる。ああ、くそ、もうこの転移石は使えないということか。
いよいよ後がなくなった私は後ずさる。黒狼は何故避けられたのだとばかりに首を傾げる素振りを見せたが、私たちを見逃してくれはしないらしい。じりじりと距離を縮めると、地を蹴り勢いよく飛び上がり、私たちに鋭い爪を向けた。
「きゃあああああ!!」
私は瞼をぎゅっと瞑り悲鳴を上げる。
……。
…………。
……………。
私は死ぬことを受け入れた。しかし、痛みがこの身に走ることはなく、無言の時間が続く。
あの黒狼の一撃は即死レベルのものだったのだろうか。ともすれば、此処は天国ということなのか。
私は恐る恐る瞼を開くと目の前には青年が一人私に背を向けて、あの黒狼と対峙していた。
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挿絵なり設定画があるとちょっとワクワクしますよね。
ちなみに挿絵と設定画は「しかしょみん」さんに描いて頂いております。




