15 おつまみとおみやげ
「なんか時々ミサキってすごーーーーく、図々しいこと言うわよね…」
ぱちぱちと爆ぜる音と妖精たちの呆れ声を聞きながらも、下に沈んでいた鱗が上にぷかりと浮かべば取り出すのに良い頃合いで。揚げる前よりも随分と軽くなった鱗を箸で掴んで引き上げると、固く鋭かった鱗は空気で入ったかのようにぷくりと膨れて固さも鋭さも無い形になっていた。
それを上下に軽く揺らして纏う油を落としてから油切りのバットに置いていき、鍋の中身が油のみとなれば発火石に注ぐ魔力を止めて、塩の入った壺を手元へと引き寄せた。匂いにつられたように妖精たちは私の手元へと寄ると、"それ"をじいっと見つめる。
なんだか小さな子供みたいだ。
私も母さんがお菓子を作ったときにはおんなじことをしていたっけ。なんだか微笑ましさを感じる。私は塩壺の中に親指と人差し指と中指を突っ込んで、感覚だけで塩を一つまみすれば、鱗へとぱらりぱらりと落としていく。
最後に皿の上にそれを置いて、
「はい、お待たせしました。女子会弁当――シールドフィッシュの鱗チップスの完成です!」
と宣言をして完成だ。妖精たちは
「美味しそうだけど、弁当じゃなくない?」
とネーミングセンスは微妙だったようだが、弁当屋なので仕方ない。さっそく妖精たちは皿の前に立つと出来上がったチップスをふうふうと冷ましてから恐る恐る手にすると、自分と同じくらいの大きさの大きなチップスを持ち上げて目をきらきらと輝かせた。
「わあ、軽い!それに固くないわ!」
「んん、本当ね。ぱりっとしてて…重くなくって美味しい」
「こんなに大きいのに平気で二枚三枚と食べれちゃいそう……」
そうでしょう。そうでしょうとも。――科学者でもなんでもない私には原理なんてものは分からないが、シールドフィッシュの鱗は油と熱に弱いようで、油で熱することによりぷくりと膨らんで脆くなる性質があるらしい。
日本にある商品で例えるならば見た目的にも味的にも、えびせんに近い。鱗の切り外しが大変とはいえ、揚げるだけの料理が広く知られていないどころか好まれていないのは、単に誰もこの性質を知らないからなのだろうか。それとも中国や漁師飯のように手の込んだ料理よりも手早く食べられる料理の方が好まれるからなのだろうか。
これだけ万人受けしそうな味であればちょっとした商売になりそうだが、割れないように繊細に扱うパッケージは人件費なども含めてお金がかかりすぎて商売にならないという可能性もありそうだ。
まぁなんにしたって流行っていないのであれば、私の商売の一つになりそうなので有難い限りなのだが。
「ふふ、これを新メニューに入れるのも良いかなと考えていたので、皆さんの反応が良くてよかったです。」
「きっと売れるわよ!私たち妖精がオススメって広めたいくらい」
妖精たちはうまいうまいと女子会の話も忘れて暫く堪能していたようだったが、ふと思い出したように
「これ、黄金蜜をかけてもいいんじゃない?」
と目を輝かせながら一人がいい、ファニーたちも、それいいわね、と声をそろえた。
「黄金蜜?蜂蜜…ではないんですか?」
「黄金蜜は、黄金樹が持つ蜜でね蜂蜜よりも癖がなくて美味しいのよ」
「ただ、黄金蜜を持つ黄金樹は数が少ないし、黄金樹自体の見た目もそこらへんにある木と何ら変わらない普通の木だから私たちもあんまり見つけられないのよね~」
「へぇ…」
地球で言うメープルシロップみたいなものだろうか。確かにしょっぱいものと甘いものの相性は良いというし、良い考えかもしれない。
「そうよ、ミサキも黄金蜜を売ったらどう?黄金蜜は高く売れるわよ~。」
「それってどこにあるんですか?」
「ん~…黄金樹は数が少ないのよね。それに群生もしていない。だから高いんだけど…でもまぁやっぱり森ね。木がたくさん生えてるんだから一本くらいはあるはずよ。」
そんな雑な、と突っ込みを入れるとファニーは何ようと頬を膨らませた。
まぁ確かに、彼女の言うとおり木がたくさん生えていればいるほど黄金樹木とやらが生えている可能性も上がるのだろうが。それにしても森といえば最近アメストリア王国の騎士団長・サイゴドンがポポルゴ討伐をしたばかりの場所だ。普段から魔物が生息している上に、普段以上にポポルゴが増えていると言っていた事を考えると黄金蜜を探しに行くのはあまり良い手ではないように思う。なんせ私は戦うスキルを持っていないのだから。
「森…、森は最近ポポルゴが出ると騎士団長が討伐をしていましたが…」
しかし妖精たちから帰ってくる言葉は意外な言葉だった。
「ポポルゴ?最高じゃない!ポポルゴは黄金樹蜜が生息している場所にやってくると言われているのよ」
「は、え?そうなんですか?」
思わず間抜けな声が落ちる。サイゴドンさんはポポルゴが増えている事は言っていても理由までは話さなかった。ましてや討伐だけで帰って行ったことを考えると――ポポルゴは黄金樹蜜が生息している場所にやってくるということを知らないのかもしれない。
「ええ、ま、人間たちは知らないのかもね~」
言いながら妖精はぱりんと音を立ててチップスにかぶりついた。
「あ、じゃあファニー、あれをあげたら?」
「ん?あぁ、そうね」
「はい、」
そう言って思い出したようにファニーが懐から出したのは綺麗な黄色をした石だ。サイズ的には1,2cmでビー玉ほどではあるが店内の灯りを受けてきらきらと輝くそれに見覚えがあった。
「これ…は、転移石ですか?」
「そう、これは転移石――…ってちょっと知ってたの?」
「はい!この間、騎士団長のサイゴドンさんに見せてもらったんです」
「あの犬っころ……。ごほん、まぁいいわ。それは転移石なんだけど見ての通り小さいでしょ?だから大した距離は移動できないわよ。でも珍しいものだから、今日のお礼ってことで持ってきたの」
まさかもう知ってたなんてねぇとファニーは溜息をついて、二人の妖精も顔を見合わせて、ねぇとあからさまにがっかりしたような表情を浮かべた。どうやら彼女たちは私の一番をプレゼントしたかったらしい。そのプレゼントしようって気持ちが嬉しいのになぁ。
「みんな…、あの、ありがとうございます。実は私も転移石って使ってみたかったので、すごく嬉しいです。」
そういって目元を細めるようにして笑うと、妖精たちは目を丸くしたのち顔を見合わせて笑った。
「ふふ、こちらこそ美味しいものをありがとう」
「さーっ!美味しいおやつもあることだし、もっと語りましょ!」
「ファニーの恋バナとかぁ?」
「な、なんでよぉ!」
顔を赤らめたファニーの突っ込みが響く。今夜の女子会は長く、長く続きそうだ――。
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