11 サクサク
「これは………」
「なん、だ?」
新人兵士は弁当の中身がどうであれ騎士団長から貰ったものということで驚く反応を示すつもりだったが、湯気が晴れお目見えとなった弁当の中身は黄金色の衣を纏ったものが飯の上に乗っているだけ。
それが一体何と言う料理なのか新人兵士には検討もつかずに頭上には疑問符がいくつも浮かびあがる。黄金色の衣を指で突いても崩れることはなく、触れた指先にはてらりと油が塗られた。
新人兵士は腰に下げた普通の革鞄から端切れ布に包まれたフォークを取り出せば、端切れ布を膝の上に置いて、フォークの先で飯の上に乗った大小と形も異なる衣に包まれたものたちを一つずつ確かめると、さっそく弁当の中央に鎮座する人差し指ほどの長くて太い、海老らしき尻尾が飛び出たそれをフォークで突くと突いた部分がさくりと軽やかな音と共に海老らしきものを捉えた。触ると硬かったのに意外な軽さだ。
「焼いて…いや揚げてるのか?でもなんでこんなにサクサクなんだ…?」
「普通焼いたものでもふにゃっとしがちなのに…、でも、うまそうだな…」
疑念は払しょくできない代わりに増幅した食欲。そして白く光る米に、鮮やかな野菜たちの色をも覆う金色の衣。
目の前に映る"それ"についつい咥内に溜まったつばをごくんと音を立てて飲み込んだ。
「う~~、俺もう我慢できねぇ!いただきます!」
「騎士団長、いただきます!」
騎士団長サイゴドンに向けて言うと、サイゴドンはただ静かに頷く。
ああ、もちろんちまちま食べるなんてことはしない。食欲のままに、むしろ海老を誘うようにして口を大きく開いてから海老にかぶりつくと、途端に水気もなくさくっと砕ける衣とは裏腹に弾力のある海老が口の中で旨味と共にはじけた。
「あっふ!お、はぁ……なんだこれ…ぶりんぶりんでうめぇ…」
なんたる旨味、なんたる満足感。
このさくりとした衣が限りなく薄く、海老の大きさをごまかしていないのもまた良いじゃないか。
「揚げ物ってどうもふにゃっとしがちなのに…全然ふにゃっとしてない」
「ん、このイモも美味いぞ!甘くて、固すぎず柔らかすぎず…」
サツマイモは海老とはまた違い、歯で噛むと天ぷらのさくさくともまた異なるほっくりと解け口の中では甘みを広げ、逆に山菜は僅かにほろ苦さがあるものの、鼻から抜ける爽やかさがどうにも癖になる。
「この草?も旨いなぁ。」
新人兵士の一人が呟くと、少し離れた位置でサイゴドンがふすーと鼻息を落とした――ようだった。
「あの、騎士団長。これめちゃくちゃうまいんですけど、これってなんて料理なんですか?」
一人が呟く。食材にある海老以外のものは別にどこだって手に入るような、ありふれた食材であった。しかし食材の質が良いのか、それとも調理方法が良いのか、味付けが良いのか。自分たちの知らない工夫が施された食材たちは普段とは比べ物にならないほど美味しく感じたし、腹に溜まった感覚は心地よく、心なしか元気が出てきたようにも思う。
話題を振られた騎士団長は僅かに尻尾を揺らすと、
「それはテンプラだ」
と簡潔に答えを呟く。
「テン…プラ?」
聞いたことがない料理だ。周りの仲間たちに視線を送ってもだれ一人として知るものはおらずに、首を傾げるばかり。
「これどうやって作るんですか?」
「それは知らん。」
揚げているのは見た。とサイゴドン。あ、この人料理しない人だと思ったのは言わないでおこう。
「つーか、これなんでこんなに暖かいんですか?!その魔法鞄が関係してるんですか?!」
同じようにテンプラ弁当を食していた一人が、やや興奮気味にサイゴドンの腰に下げた魔法鞄を指さした。確かに時間経過を感じさせぬ暖かさと出来上がりには素直に飲み込めない疑問がある。確かアイテムボックスというレアスキルには時間停止があるため食物を入れていても腐ることもない、と言うがアイテムボックスというスキルと違って魔法鞄には時を停止させるような能力はなかったはずだ。
サイゴドンも「いいや、違う」と否定を一言返したため「じゃあどうして。」と追及しようと口が開くも、サイゴドンは早く食べろと言わんばかりに眉間に皺を寄せて、あからさまな圧をかけてきたではないか。ついぞ追及することは叶わずに言葉と疑問は弁当と一緒に飲み込むこととなった。
それからソラリア村にある騎士団支部へと戻ったのは陽が沈んだ後だった。
騎士団長は到着するや否や
「お前らは先に戻って休んでいろ。俺は寄るところがある。」
そういって返事も待たずに踵を返したことにより、簡素な支部には新人兵士だけが残された。解散となったため早速お疲れ様会でも開催したいところだが、朝から働きっぱなしの新人兵士たちにそのような体力は残されておらず、膝が笑うのをそのままに騎士団長の背を見送りながら
「あー騎士団長はいい人だったなぁ」
とぽつりと呟いた。
「本当だよな、まさか俺たちの分まで持ってきてるだなんて」
「わざわざ俺たちの調理してない野菜と交換だなんていうんだもんな、紳士すぎるぜ」
そういえば騎士団長はあの野菜たちはどうしたのだろうか。
そして一体どこに行くと言うのだろう?
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からんころん。カウベルの弾む音にミサキが扉へと視線を移すと、開いた扉の方にはサイゴドンが立っていた。
「あら、団長さんおかえりなさい。どうしたの?」
「……足りなかった。」
「あらあら、じゃあすぐに用意しますね。」
店内にはくすくすと笑うミサキの穏やかな声が響く――。
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3/27:誤字の指摘ありがとうございました。非常にありがたいです。




