9 エリスの決意
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俺の啖呵の直後、ゴブリンはこちらに向かってきた。
ゴブリンにとって必要なのは女だけだ。男は必要ない。
こん棒を振り上げ、殺す気で突っ込んでくる。
やはり怖い。
前世で俺は親友に殺されたけど、こうも正面切って殺意を向けられた状態で殺されたわけじゃない。
空気が震えてるんじゃないかってくらいに殺気を感じたのは、これが初めてだった。
でも、見える。こん棒の軌道が。
手は震えたままだけど、それが見えた途端、体が自然と動いていた。
こん棒を木剣で受け止める。自分が一番力を入れられる体勢で。
ゴブリンは、まだほんの子供である俺がこん棒を受け止めたことに一瞬驚いたようだが、もう一度、今度はより力を込めてこん棒を振り下ろしてくる。
だが、その軌道を俺はさっきよりも落ち着いて視界に捉えていた。
そして、こん棒を木剣で受け流した。
渾身の一撃を受け流され、ゴブリンに致命的な隙ができる。
そこに俺は流れるように木剣を叩き込んだ。
スライムを倒した時とは違う嫌な手ごたえを感じながら、俺はゴブリンの短い呻き声を聞いていた。
ウソみたいに自然な動きだった。
最初の一撃を防いだ時に、すでに手の震えはなくなっている。
あとは体が勝手に動いてくれた。
俺は油断せず、木剣を構える。
追撃を与えるためだ。
この反撃でゴブリンは俺を警戒して、仲間を呼ぶかもしれない。
その前に、倒しきらないと!
しかし、俺の木剣はゴブリンを再度打つことはなかった。
ゴブリンは影も形も消えていて、代わりにあったのは転がった棍棒と小さな角だけだった。
スライムを倒した時に得られる素材はゼリー状の塊だが、ゴブリンの場合はこの小さな角だ。
それが落ちているということは――
「倒した、のか…………」
どうやら今回も一撃で倒せたらしいとわかり、俺は大きく安堵の息をつく。
「ユーリ!」
「……おっとと」
そんな俺に、後ろからエリスが抱き着いてきた。
危うく倒れかけたが、なんとか踏ん張って耐える。
「怖かった……怖かったよ! ユーリ!」
「っていうかエリス、なんでここに?」
「なんでここにじゃないよ! ユーリが森の中に入ってくの見えたから、危ないって思ってついてきたんじゃない!」
あー、そうじゃないかなとは思ったけど、やっぱ俺のせいか。
「とにかく森から出よう、エリス。歩ける?」
「うん……あ、あれ?」
俺から離れて立ち上がろうとするエリスだったが、地面にへたり込んでしまう。
どうやら腰を抜かしてしまったみたいだ……。
わからなくもない。モンスターの敵意を間近で浴びたんだ。中身が大人な俺ですら怖かったんだから子供のエリスはなおさらだろう。
困った……。
ひとまず襲ってきたゴブリンは倒せたとはいえ、また別のモンスターが来ないとも限らない。
スライムはともかく、ゴブリンに次遭遇した時、そいつが一体だけで行動しているかわからない。
もしかしたら今度は集団で徘徊しているところに出くわすかもしれない。そうなったら俺もエリスも終わりだ。
俺はいいけど、やっぱりエリスを巻き込むのは嫌だ。
一刻も早く森から出たかったんだが……よし、仕方ないな。
「エリス、乗って」
「え? 乗ってって?」
「俺がエリスをおぶっていくよ」
「えっ――」
「しーっ! 静かに」
大声を出しそうになったエリスの口を俺は両手でふさいだ。
「ここにいると危ないから。恥ずかしいと思うけど、お願いだよ、エリス」
「…………」
俺がそう言うと、エリスは顔を真っ赤にして頷き、ちょっと苦労しながら俺の背中に乗った。
「よっと」
「アタシ、重くない?」
「全然。へっちゃらだよ」
「ふーん……」
嘘をついた。
実は、やっぱり六歳児の体にはちょっと重いけど、そんなことを言っている場合じゃない。
もともとは俺の撒いた種なんだから自業自得だ。
それに、ちょっと重いとは言っても動けないほどじゃない。
俺はモンスターに見つからないように周りに気をつけながら、森の外へ向かって歩き始めた。
「……ねぇ、ユーリ」
「なぁに?」
そうやって歩いていると、エリスが小さい声で話しかけてきた。
「なんで森の中になんて入ったの?」
……やっぱそこ、気になるよな。
俺が森に入ったのは、モンスターを倒してレベルを上げるためだ。
だけど、それを言ったらなんでレベルを上げようとしているのか聞かれるだろう。
まさか俺が12年後に【剣の勇者】になってテッサ姉やエリスと一緒に魔王を倒す旅に出ることや、その旅の途中でテッサ姉とエリスが寝取られるかもしれないなんて話を言うわけにもいかない。
俺はどう答えたものかと悩み、黙ってしまう。
「アタシ、ユーリがモンスターを倒してるところ見たよ。一撃で倒してたよね。もしかしてだけどさ、ユーリって今までもモンスター倒してたの?」
「え、そんなことないよ!」
モンスターを倒しに来たのは今日が初めてだ。
だけど、スライムやゴブリンを倒したところを見たなら、俺が何度も森に来てモンスターを倒していると思われるのも不思議じゃない。
「そうなんだ……てっきり、ユーリが強くなったのってモンスターを倒してレベルを上げたからなのかなって思ってた。最近、訓練でもアタシばっかり負けてるし」
「違うよ。強くなれたのは……モンスターを倒せたのも、エリスとの訓練のおかげだよ」
「うそ!」
「本当だってば。いつものエリスとの訓練で、剣術スキルの練度が上がってたから勝てたんだ」
ゴブリンと戦った時、思った以上に剣術スキルが俺の体にしみついているのを感じた。
最初は自分でもわかるほど体がガチガチに固まっていた。
エリスを助けなきゃとか、ゴブリンが怖いだとか、失敗したら死んでしまうとか、いろんなことを考えていた。
だけど、ゴブリンの攻撃を受けた時……俺は自分でも不思議なくらい自然と、いつものエリスとの訓練と同じように受けていた。その後の動きもそうだ。
今ならわかる。あれは、いつもの訓練で繰り返していた動きだった。
毎日、エリスといっしょに訓練をしていたからこそ、何も意識せずともその動きを取ることができたんだ。
全部、エリスと訓練していたおかげだ。
俺はそれをエリスに伝えた。
「そっか……じゃあ、アタシも強くなれるかな」
「うん。エリスならきっと強くなれるよ」
なんたって、この後、エリスは騎士団の小隊長になるんだから。
エリスが強くなれるのは俺が保証する。
……まぁ、それは言えないんだけど。
「ユーリよりも?」
「えーっと……それは困るかな」
「なんで?」
「だって、俺はエリスを守りたいから。エリスよりも弱いんじゃ、カッコつかないじゃん」
「ユーリ……も、もう! 何言ってるのよ!」
そう言ってエリスはぽかりと俺の頭をたたく。
もっとも、それは本気ではなくて照れ隠しのようなもので、全然痛くなかったけれど。
「ね、ユーリ。アタシを守ってくれるって本当?」
「うん」
俺は迷わず頷く。
これから先、俺たちにはいろいろな試練が訪れる。
だけど、俺はエリスもテッサ姉も、そしてまだ会ったことがないマリアンヌ姫も、絶対に守ってみせる。
「あーあ、なんだかすごく男らしくなっちゃったね、ユーリ。ね、覚えてる? モンスターのこと、お父さんたちに聞いた時、ユーリってばすごく泣いちゃって……アタシ、その時からユーリのこと守ってあげようと思ってたのに、立場が逆転しちゃったね」
そうか、だからエリスは騎士を目指していたのか。
これはクリエイターとしては失格かもしれないが、エリスが騎士を目指した理由は特に設定していなかった。あと、テッサ姉が聖女というか回復魔法が得意な理由も。
そういうもんだろ、で片づけていた。
ゲームではそれで良かったかもしれないけど、ここは現実だ。
テッサ姉が回復魔法を覚えた理由は俺やエリスは生傷が絶えないからそれを心配してだった。
そしてエリスもまた、騎士を目指す理由がしっかりあるんだな。
「でも、アタシはユーリに守られてばかりじゃ嫌」
「え?」
「アタシはね、ユーリといっしょに戦うよ! ユーリはアタシを守って、アタシはユーリを守って……アタシ、強くなるから2人でいっしょに戦おう!」
「エリス……うん! わかった!」
そうして俺たちは、一緒に強くなることを誓ったのだった。
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次回は本日(7/16)の午後7時に更新予定です。
そして実は次回で幼少期編は終わりです。