8 ゴブリン
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感涙しながらずっと喜んでます。
時は少しさかのぼる。
「……あれ? ユーリ?」
その日、エリスはいつもより早めに家を出た。
最近はユーリに負け続けなので、先に行って特訓をしようと思っていたのだ。
ところが、家からいつもの訓練場所に行く途中で、ユーリの姿を見かけた。
「もしかしてユーリもアタシに隠れて特訓してたの?」
道理で勝てないはずだ。
そうエリスは納得して、こっそりユーリの後をつけることにした。
ユーリが特訓を始めたら、「ひとりだけずるい!」「アタシもやる!」と文句を言うつもりだ。
しかし、ユーリの行き先はエリスの予想外な場所だった。
「街の外に出ちゃった……」
しかも、モンスターがいると言われている森の中に入っていくではないか。
ユーリとテッサ同様、エリスもまた両親に子供だけでは森の中に入ってはいけない、危険だと言い聞かせられている。
ユーリなんかは最初、モンスターがいるという話を聞いた時、怖くて泣き出してしまったほどだ。
そんなユーリがどうして森の中に……?
どうしようと思いながらも、エリスはユーリの後をついていくことを選んだ。
ユーリが森の中に入った理由はわからない。だけど、
(アタシが、ユーリを守らなきゃ……!)
とにかくエリスはユーリを守るため、ユーリを追って森に入っていく。
幸い、木剣は持ってきている。
もしモンスターが現れてユーリが襲われたら、自分が戦う。
そうエリスは心に決めて、ユーリについていく。
エリスにとってユーリは、いっしょに遊ぶ友達というよりも、ずっと守るべき対象だった。
それは、エリスのほうが年上だったからユーリをお守りする側だったため、自然とそういう風に思うようになったのかもしれない。
自分がどこかに行くと一生懸命に後ろをついてきて、自分がいなくなるとすぐにさびしくて泣き出す。
子供心にこの子が泣かないようにしてあげたいと思ったものだ。
エリスが騎士を目指すようになったのも、モンスターを怖がって泣いているユーリを安心させたいという思いからである。
だからこそ、エリスは自分がユーリよりも強くありたいと思っていたし、ユーリに負けてばかりの自分にちょっとイラついてもいた。
ユーリが強くなったのは良いことだけど、なんだか自分は必要ないと言われているようで、少し嫌だったのだ。
そんなユーリは今、森の中をこそこそと慎重に進んでいた。
何かを探しているようだ。
そういえば、ユーリが錬金術のスキルを習得したとエリスは聞いていた。
なんでそんな使えないスキルを習得したのかと二人して不思議に思ったものだ。
しかし、錬金術に必要な素材を取りに来たと考えれば、森に入ったのも説明がつく。
こそこそと進んでいるのにも。
素材を取りには来たが、おそらくモンスターに遭遇したくはないから慎重に進んでいるんだろう。
そのエリスの考えは半分当たっていた。
(あ、止まった!)
そうしているうちに、ユーリの足が止まる。
目当ての素材が見つかったのだろうかと目を向けると、なんとユーリはスライムに近寄っていくではないか。
(ユーリ!?)
そしてそのままユーリはスライムを倒した。
(どうして!? もしかしてユーリって、モンスターを倒してたの!? それじゃあ、最近ユーリが強いのって……?)
ユーリの行動に意識を取られていたエリスは気づいていなかった。
自らの背後に、モンスターが迫っていたことに。
* * *
「エリス!?」
間違いない。今の声はエリスのものだった。
どうしてここにエリスが?
そんなことを考えるのは後回しだ。
声は俺の背後から聞こえた。
素早く声のしたほうに向かうと、そこには今にもゴブリンに襲われそうになっているエリスの姿があった。
「エリスから離れろ!」
地面にへたりこむエリスをかばうように、俺はゴブリンの前に躍り出て木剣を振る。
虚を突かれたゴブリンは、慌てて飛び退き、俺の木剣は空を切った。
「ゆ、ユーリ……」
「大丈夫!? エリス!」
「う、うん」
ゴブリンを警戒しながらエリスに問いかけると、か弱い声でだけど確かに返事をしてくれた。
よかった、無事そうだ。
安堵するのも束の間、ゴブリンが持っているこん棒を構えた。
その顔は醜悪な笑みで歪んでいる。
久しぶりに出会えた獲物に喜んでいるのか。
それも、その獲物が弱そうな人間の子供だからか。
油断している。はっきりとそれがわかった。
ゴブリンはスライムと違って知恵がある。
そして、繁殖力が高い。
だから強い相手には集団で襲うという習性があると父さんが言っていた。
このゴブリンは一匹だけ。
しかも仲間を呼ぼうとしていない。
それが油断している何よりの証拠だった。
今、ここであいつを倒すしかない。
本当ならさっきのスライムのように気づかれないように近づいて倒すのがベストだろうけど、おそらくこの状況でもゴブリン相手なら倒せないということはないだろう。
ただ、それは一対一の場合だ。
仲間を呼ばれたら、確実に危ない。
俺はいい。危険を承知でここに来た。
だけど、俺がやられたらエリスが……。
ゴブリンがじりじりと近づいてくる。
その視線には、ハッキリと敵意と殺意が満ちていた。
ゴブリンはスライムと同じ最弱のモンスターのはずだ。
だが、それがわかっていてもその視線に貫かれると、背筋に汗がつたった。
俺を殺して、後ろにいるエリスを絶対に手に入れるという強い意志がひしひしと伝わってくる。
気づけば木剣を持つ手が震えていた。
怖い。
死ぬかもしれない。
死にたくない。
「逃げて、ユーリ。私はいいから……」
「ダメだ!」
俺は大きな声でエリスの言葉を遮った。
ここでエリスを放って逃げるなんて、できるはずがない。
それはもちろん、エリスが俺のヒロインだからという理由もある。
だけど、それ以上に俺はこれまでいっしょに訓練してきたことでエリスとの毎日がすごく大切になっていた。
俺に剣術の楽しさを教えてくれたのはエリスだ。
強くなる楽しさを教えてくれたのもエリスだ。
こんなところでゴブリンの苗床になるのを、認めるわけにはいかない!
「エリスは絶対に俺が守る!」
俺がゲームの主人公だからヒロインを守るんじゃない。
そうすべきだと思ったから、エリスを守るんだ!
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次回は明日(7/16)の午前7時に更新予定です。