40 3つの制度
評価・ブックマーク・感想、ありがとうございます!
そして前回で初めて誤字報告を受けました。ありがとうございます。
今まで誤字報告を受けていなかったので、設定し忘れたかなと実は心配になってましたが、ちゃんと設定されていたようで良かったです。
「賭けですって!」
「そうだ。俺たちが勝ったら、女3人は【猛き虎】に入ってもらうぜ」
護衛依頼の2日目。
出発前に俺たちの馬車にやってきたワルドはいきなり「賭けをしようぜ」と言ってきた。
貸与、交換、そして賭け。
それは冒険者たちの中で取り交わされている3つの制度だ。
自分のパーティーに不足しているもの――例えば、アイテムや装備、メンバーなどを他のパーティーが所有・在籍している場合に使われている。
貸与は文字通り、装備やメンバーを一時的に借りるものだ。
もちろん、謝礼金などは用意しなければいけないが、この3つの制度の中で冒険者に最も使われているのはこれである。
新しいメンバーを入れれば連携も新たに練習し直さなければならない。
それよりは必要な時にだけ一時的に入ってもらったほうが互いに負担が軽くて済む。
そのため、冒険者ではメンバーを貸与するのは一般的だった。
次に使わているのは交換だ。
一時的に借りる貸与とは違って、対価を支払うことで他パーティーのメンバーを正式にパーティーに入ってもらったり、装備を譲り受けることができる。
その際の対価はお金だったり、アイテムだったり、もしくは互いのパーティーのメンバーを交換することもある。
アイテムや装備関連では、こちらが多く使われているそうだ。
そして賭けは、他のパーティーのメンバーや所有しているアイテム・装備を何の対価もなく手に入れたいときに使われるという。
賭けを仕掛けた側と仕掛けられた側は同じ依頼を受け、先に達成もしくは評価が高いほうが相手に1つ要望を出すことができる。
その要望は拒否することができない。
一見、無茶苦茶な制度のように見えるが、弱小パーティーに利用されている実力のある冒険者を引き抜こうという際に、交換を拒絶されてしまっても無理やりにでも引き抜けるというのが本来の使い方だ。
実力のある冒険者が弱小パーティーで燻っている状況は冒険者ギルドとしても避けたい。
しかし、その制度を利用して力づくでアイテムやメンバーを奪おうとする奴らも出てきている。
今回のワルドたちがまさにそれだ。
俺たちは今、同じ依頼――護衛依頼を受けている。
つまりこの護衛の依頼で依頼人から高い評価を受けたほうが勝ちだということか。
ちなみに、貸与と交換と違って、賭けを仕掛けられたら拒否することはできないのがルールだった。
利用されている冒険者を無理やりにでも引き抜くのが目的だからな。
それ故に――
「ククク、お前たちはこの賭けを受けるしかない」
そう、俺たちは受けるしかない。
もっとも、ギルドに異議申し立てをして不当だと認められたら、賭け自体が無効となって奪われたアイテムやメンバーを取り戻すことができる。
おそらくこの賭けに負けたとしても、異議申し立てをすれば無効にすることはできると思う。
ただ、異議申し立てが認められたとしてもテッサ姉たちが戻ってくるまでの間、【猛き虎】のメンバーに何をされてしまうのか想像に難くない。
受けるしかない以上、勝たなくてはいけないのだが……。
「昨日あんだけ実力の差を教えてあげたのに、まだわかってないの?」
「ちょ、エリス!」
そんなにストレートに言うなんて。
歯に衣着せぬ物言いをするのはエリスだけではない。
「昨日、エリス様に一撃で倒されたのに……まだわたくしたちを諦めていないだなんてしつこいですわね」
「私たちはユーリのものなの。アンタみたいな髭面なんてお断りなんだから!」
マリー様とテッサ姉も嫌悪感を露わに、ワルドに悪態をつく。
「この女ども……まぁいい。そうやって意気がっていられるのも今のうちだ!」
テッサ姉たちの言葉に、ワルドは表情を険しくして叫んだ。
「昨日はちょっと油断したが、護衛依頼なら新人のお前たちより俺たちのほうが絶対にうまくこなせる。依頼が終わったらお前たちは【猛き虎】のメンバーだ! リーダーの権限で、裸で土下座させてやるからな!」
そう言って、ワルドは去っていった。
……はぁ。トレンタまで行くついでに依頼を受けようと思っただけなのに、こんなことになるとは。
俺はそっとため息をついた。
「ユーリ、ため息をつくと幸せが逃げちゃうよ?」
「うん、そうだね……でも、まさか賭けを仕掛けられるなんて思わなかったから」
「大丈夫よ、ユーリなら! お姉ちゃんたちを守ってくれるでしょ?」
「うん、もちろん」
どんなことが起きようとも、俺はテッサ姉たちを必ず守る。
ただ、テッサ姉たちは魅力的だから男どもに狙われるのは仕方ないが、こんなに直接的に仕掛けてくるとは思っていなかった。
あの様子だと、護衛の期間中にずっと大人しくしているとも限らない。
テッサ姉たちには【発情】というバッドステータスもある。
彼女たちを守るために、彼女たちが1人にならないように今まで以上にしっかりしないと。
* * *
それから数日が経ち、キャラバンはそろそろノクロスとリマンの国境付近に差しかかろうとしていた。
ここまでの間、モンスターや野盗は出現せず、実に平和な道のりだった。
キャラバンの商人たちとも交流をして、俺たちはずいぶんと親しくなれたと思う。
まぁ男だらけの【猛き虎】よりも、女性がいて華がある俺たちに商人たちも話しかけたいというのはあるだろうが。
ただ、国境付近はどちらの国の騎士団の目も行き届かず、どうしても他の地域と比べてモンスターと遭遇しやすい傾向がある。
ここからリマンの国境を越えてしばらくするまでが俺たち護衛の本番だと思ったほうがいいだろう。
「テッサ姉、エリス、マリー様。このあたりはモンスターと遭遇しやすいから、今までよりも警戒を厳しくしてね」
「うん!」
「オッケーよ」
「了解ですわ」
俺の言葉に、3人は力強く頷く。
警戒を促したのは護衛の依頼をしっかりとこなすためでもあるが、ワルドたち【猛き虎】との賭けで負けないようにするためでもある。
護衛の2日目に言われた通り、単純な戦闘ならいざ知らず、冒険者としての仕事ならば新人の俺たちよりもワルドたちに一日の長があると言わざるを得ない。
こと護衛という仕事で言えば、戦闘能力だけではなく危機察知能力も関わってくる。
これまでの冒険者としての経験でモンスターや野盗が襲ってくるタイミングが読めていて、俺たちが気づく前に対処されてしまったら、俺たちは戦うまでもなく賭けに負けてしまう。
そしたらテッサ姉たちは……。
想像するだけで背筋に冷たいものが走った。
それともう1つ、警戒をしなければならない理由がある。
ゲームでは、ノクロスの南あたりのエリアで新たなモンスターが出現するようになる。
そのモンスターとは――
「テッサ姉、マリー様。このあたりはオークが出てくるらしいから気を付けてね」
「オーク……って、あの?」
「豚のような頭のモンスターですわよね」
そう、オークだ。
いろんな作品でゴブリンと並んで女性をさらって孕ませるモンスターの代表格であるオーク。
やはり『俺の大切な仲間たちが寝取られるわけがない』でもそういうモンスターであるという設定だ。
ゴブリンやスライムと違って力が強くて攻撃力が高いから、序盤で出てくるモンスターの中では強いほうに入る。
とはいえ、マリー様もレベル9になっている今、普通に戦えば敵ではない。
それでも油断はしないほうがいいだろう。
気を付けるのはモンスターだけではない。
騎士団の目が届きにくい地域ということは、野盗なんかがいるとしたらこのあたりに潜んでいる可能性が高い。
オークならともかく野盗なんてゲームで出てくることがなかったからどれくらいの強さかわからない。
それに、ただ倒せばいいモンスターとは違って野盗は人間だ。
精神的に攻撃しづらいということもある。
今まで戦ったことのないモンスターや野盗。
そして、もし戦闘が起きるとして、ワルドたち【猛き虎】に遅れを取ることは許されない。
そんな状況を無事に乗り越えるため、俺は探知スキルを発動させる。
もしモンスターや野盗が潜んでいるのならば、このスキルで見つけておけば【猛き虎】よりも先に対応できる。
それに、不意打ちを受けずに済む。そう思ってのことだ。
「――っ!?」
果たして、街道をこのまま数分進んだあたりに、いくつもの反応があった。
「テッサ姉、エリス、マリー様! いっしょに来て!」
「え?」
「ちょっと、ユーリ!?」
「どうしましたの!?」
俺は慌ててテッサ姉たちと馬車から降りてキャラバンの先頭に向かう。
その間も、探知スキルは隠れている何者かの気配を感じ取っていた。
これは――。
「止まってください!」
「え? ユーリさん? どうしましたか?」
「襲撃です!」
俺が先頭の馬車に追いついてそう言った瞬間だった。
街道の正面から、森に潜んでいた存在が躍り出てきたのは。
「え? え? どういうこと?」
「なんで――!?」
「人間とオークが一緒に襲ってきているんですの!?」
テッサ姉たちの戸惑う声が聞こえてくる。
俺が探知スキルで感じ取った存在。
それはマリー様の言う通り、人間とオークの両方だった。
おそらく人間は野盗だろうが……なぜオークと一緒に潜んでいたんだ?
しかし、そんなことを疑問に思っている暇はない。
「エリス! 野盗はお願い!」
「わかったわ!」
「テッサ姉は俺たちに支援魔法を!」
「うん!」
「マリー様はオークに攻撃魔法を撃ってください!」
「わかりましたわ!」
一斉に襲ってくる野盗とオークたち。
なぜ人間とモンスターが一緒に襲ってくるのかはわからないが、キャラバンを守るのが先決だ。
幸いにして、連中が潜んでいた場所よりも前で馬車を制止させることができた。
おかげで襲ってくるとしたら正面からだけだ。
俺とエリスで野盗を無力化しつつ近寄ってきたオークを倒し、また、マリー様が魔法でオークを倒していく。
そうやって確実に敵の数を減らしていくと、
「――っ!?」
突如、生き残っているオークとまだ倒れていない野盗が退却を始めた。
「た、助かった……?」
先頭の馬車に乗っていた商人の安堵するような声。
それを聞きながら俺は、今起きた異様な事態に不気味さを感じるのだった。
キャラバン護衛編、ここから佳境です。
よかったら「ちゃんと更新できて偉いね!」と褒めていただいたり、
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次回は5日後(9/5)の午前7時に更新予定です。
ちょっと忙しくなってきたので、土曜日と月曜日更新とさせていただきます。
しばらく平日に1話分、土日に1話分書く感じでいきます!
【こぼれ話】
裸で土下座は作者の性癖。




