32 罠★
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モンスターにさらわれた……?
その言葉が気になり、俺は彼に話しかけることにした。
「あの、どうしたんですか?」
「君たちは……?」
「ノナリロから来た冒険者です」
この世界には、国の騎士団などに所属せずにモンスター関連の対処を行う、冒険者と呼ばれる人たちがいる。
俺たちは【剣の勇者】パーティーとして旅をしてはいるが、混乱を避けるためにまだ魔王の存在は市井に公開されていない。
冒険者を名乗ることにしている。
ちなみに、ゲームでは終盤に冒険者ギルドに登録して依頼を受けるイベントもある。
「冒険者か! 助けてくれ! セレスが……セレスがモンスターにさらわれたんだ!」
セレスというのは、恋人の名前だろう。
俺たちがモンスター対処を専門とする冒険者だと知り、必死に助けを求めてくる。
「モンスターにさらわれということは、森の中に入ったんですか?」
「いや! 入っていない! 街道でいきなりゴブリンが何体も現れたんだ!」
……街道で? 妙だな。
モンスターは人の生活圏をおびやかさないように、それぞれの国の騎士団が入念に退治している。それは街道とて同じだ。
森の奥ならばともかく、街道周辺にモンスターが現れることはほぼない。
もちろん、騎士団も人間の集まりだし、退治漏れが出てくることもある。
それに、モンスターが街道に迷い出てくることもあるだろう。
しかし、何体も現れるだって……?
「ユーリ……ゴブリンってことは……」
「ああ」
エリスの言葉に俺は頷く。
ゴブリンは女性を連れ去って犯すモンスターだ。
森に入った女性がゴブリンに捕まって死ぬまで苗床にされるという話は、誰だって子供のころから聞いている。
彼の恋人がそんなゴブリンにさらわれたということは、早く助けないとゴブリンの子供を産み付けさせられてしまう。
騎士団の講習で習ったことだが、ゴブリンは受精して1週間で産まれる。
堕胎の期限は24時間だ。
「ゴブリンに襲われたのはいつですか?」
「ついさっきだ! 1時間も経っていない……」
となると、余裕があるというわけではないが、まだ間に合う。
日はまだ高い。
これから森に入ってゴブリンを倒しても、日が暮れる前に戻ってこれるだろう。
「助けに行かなくちゃ。まずは俺が先行するから、テッサ姉たちは――」
「ユーリ?」
この街の騎士団に事情を話すようにお願いしようとして、俺は途中で言い切ることができなかった。
……しまった。別行動ができない。
魔王の仕組んだ【発情】がいつ発動するかわからない。
いや、もしかしたら今この瞬間にも発動していて、俺から離れたら中和が解けて周りの男たちに体を許してしまうかもしれない。
そう考えると、テッサ姉たちと別行動を取るのをためらってしまう。
1人だけが【発情】になっているならまだ2人がカバーすれば何とかなるかもしれないが、最悪の場合、3人ともが【発情】になっているかもしれないんだ。
そうなれば、俺の知らない間に――。
くそ、これも魔王の狙いか。
中和できることを見逃したのは、それで俺の行動を縛れるからだろう。
勇者として、罪もない女性と仲間を天秤にかけるのはどうかと思うが、俺にとってテッサ姉たちが大切であることに変わりはない。
「みんなで急いで森に向かおう。……すいません、この街の騎士団の方に、俺たちが先行して救助に向かっていることを伝えていただけますか?」
「ああ、わかった。どうか……どうかセレスを助けてくれ!」
彼を安心させるように頷き、俺たちはゴブリンたちが去っていったという森に向かった。
* * *
「テッサ姉。俺たちに支援魔法をかけて。マリー様はいつでも魔法が発動できるように準備を。俺とエリスで索敵をしながら前を行くから、2人はすぐ後ろをついてきて」
「任せて、ユーリ!」
「わ、わかりましたわ」
「了解よ」
森に入ってすぐに俺は3人に指示を出し、慎重に森の奥へと進んでいく。
あてもなく探しているわけではない。
ゴブリンの痕跡を見つけたのだ。
襲撃の地点から、ゴブリンたちが去っていったという方向に行くと、ゴブリンたちの足跡が見つかった。
それをたどっている。
ゴブリンはそれほど知能が高いモンスターではない。
痕跡を残さないように移動するなんてことはしないため、注意して観察すれば追跡は容易だ。
ただ、気になることがあった。
「ねぇ、ユーリ……おかしくない?」
「エリスもそう思う?」
「ええ。街道にゴブリンが集団で現れるなんて変よ」
ゴブリンは集団で行動することもある魔物だ。
しかし、集団で動けば見つかりやすくなるのが道理だ。
森の奥ならともかく、街道近くで行動する集団を巡回した騎士が見逃すことなんてあるか?
『突然変異がいるかもしれんな』
「知ってるのか、聖剣」
俺が訝しんでいると、聖剣の声が聞こえてきた。
『モンスターの中には、ごく稀に他と比べて特に強力な個体が生まれることがある。それが突然変異だ。ノナリロでお前たちを襲った四天王とか言ってたアイツも、おそらくは突然変異だろう』
そんなのはゲームには設定していなかった。
おそらく、これも現実になったことで生じた変化だろう。
『生きてきた年月にもよるが、総じて知能は普通のモンスターよりも抜きんでて高い。また、他のモンスターを率いていることも多い。真っ向から戦えばお前たちならば苦戦することはあるまいが、気をつけろよ。奴らは狡猾だ』
「怖い……」
「そんなモンスターがいるなんて」
「初めて知りましたわ」
知能が高い……そうか。
巡回している騎士たちを観察して、気づかれないように街道に近づき、息をひそめて獲物を狙っていたのか。
本来、本能でしか動かないはずのモンスターを率いることができるなんて……確かにこれは人類にとって脅威だ。
でも、待てよ?
騎士の巡回パターンを分析できるくらいには知能が高い個体に統率されたモンスターが、|こんな痕跡を残したまま《・・・・・・・・・・・》なんてことがあり得るのか?
そう思った瞬間、俺の頭に恐ろしい考えが浮かぶ。
「みんな止まって!」
俺の声に従って止まる3人。
しかし、少し遅かった。
木の上からゴブリンたちが飛び降りてきていた。
「罠だ!」
俺は瞬時に剣を振るい、降ってくるゴブリンを斬っていく。
一瞬遅れてエリスもそれに続いた。
そうしながら、俺たち2人はテッサ姉とマリー様をかばうように立ち回る。
現れたゴブリンは木の上に隠れていたやつらだけではなかった。
周りの茂みに隠れていたゴブリンも姿を現し、俺たちは無数のゴブリンに囲まれてしまった。
おそらくこいつらはわざと痕跡を残してそれを追わせ、油断しているところを奇襲しようとしていたのだろう。
男なら殺し、女なら気絶させてさらう。
それを俺が間一髪で気づいた形だが、このポイントまでおびき寄せられれば奴らとしては十分な結果だろう。
相手が俺たちでなければ。
「マリー様!」
「範囲爆破魔法――エクスプロージョン!」
「テッサ姉!」
「うん! 攻撃力強化! 守備力強化! スピード強化!」
「エリス!」
「オッケー、魔法で死ななかった奴のトドメね!」
マリー様の魔法が炸裂し、ゴブリンたちを吹き飛ばす。
それと同時に、テッサ姉の支援魔法がかかった俺とエリスは駆け出す。
数が多いとはいえ、所詮はただのゴブリン――最下級モンスターだ。
ほとんどのゴブリンはマリー様の魔法攻撃で死んでいた。
ただ、運よく生き残ったゴブリンもいた。
それをテッサ姉の魔法で速くなった俺たちがあっという間に狩っていく。
『やるではないか』
「どうも」
10秒もしないうちに、無数にいたゴブリンたちは1体残らず素材に変わっていた。
レベル99の面目躍如の回でした。
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次回は3日後(8/10)の午前7時に更新予定です。
しばらくは3日に1回の更新でいければと思いますー。




