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20 肉欲のゴーシュ

評価・ブックマーク・感想、誠にありがとうございます!

それでは強制負けイベントの結末、どうぞご覧ください。



「死んでいただきます、【剣の勇者】とその一行よ!」



 一見すると普通の紳士のような外見をしたその男は、その言葉を皮切りに姿を変えていく。

 スーツを破って背中から黒い大きな翼を出し、頭にはヤギのような巻角が左右に現れる。それと同時に、禍々しい気配が爆発的に膨れ上がった。

 その姿は人間ではない。まぎれもなく悪魔のそれだ。

 親友の作ったキャラクターデザイン通りだ。


 肉欲のゴーシュ。

 主人公(ユーリ)たちが旅立った直後に襲いかかってくる魔王軍の四天王の1人。


 スタート直後でレベル1の主人公(ユーリ)たちはゴーシュに手も足も出ずに負けてしまう。しかし、ゴーシュは聖女であるテッサ姉の力に興味を持ち、俺たちにトドメを刺さずにテッサ姉に呪いだけかけて去っていくのだ。

 そして、時間が経つにつれてテッサ姉の呪いが進行していき、最後にはテッサ姉は淫魔となってゴーシュの嫁になってしまう。


 全ては、この負けイベントのせいで。


「きゃあああああああ!」

「何、アイツ……!」

「なんて禍々しい姿ですの……」


 その姿に、テッサ姉たちが悲鳴を上げる。


「下がって! 3人とも!」


 そして俺は、ゲームのシナリオ通りに反応した彼女たちに向かって、ゲーム通りのセリフを口にした。


「無駄です。魔王様に仇なす邪魔者は全て消えていただきます」


 牙と敵意を剥き出しにしてやはりゲーム通りのセリフを言うゴーシュに、俺は――




「消えるのはお前だ」




 一気にゴーシュに肉迫し、その首目がけて剣を振り抜く。


「は……?」


 ゴーシュの気の抜けたような声。

 しかし、もう遅い。


 レベル99で、剣術スキルの練度も最大値の99まで上げていた俺の剣はいとも容易くゴーシュの首を切り落としていた。

 首を失った体は力なく倒れ伏し、そのまま動かなくなった。


 倒した……!


 これでテッサ姉の寝取られルートは完全に回避だ!


 魔王軍の四天王だろうと、死んだら魔物と同様に体は消えるらしい。

 ゴーシュの体が完全に消えていくのを見届けてから、俺は3人のほうに振り返る。


 今、何が起きたのか処理が追いつかないのだろう。3人ともポカンと呆けている。

 それもそうか。いきなり魔王軍の四天王を名乗る奴が現れて、それを俺があっという間に倒したのだから。


「3人とも、もう大丈――」

「ゆ、ユーリ!」

「――っ!」


 テッサ姉の声と同時に俺は莫大な魔力を感じ、咄嗟にその場から跳び退いた。

 直後、俺のいた場所を闇色の波動が貫く。


 波動の来た方を見ると、そこには切り落とされたゴーシュの首があった。

 そして、それがまだ生きているかのように喋り始める。


 しかも――


「な……!?」


 首の切断面から体が生えてきた。

 ただし、その体は魔物としての姿ではなく、最初に現れた人間の紳士のような姿。


 復活した……!? そんなバカな……!

 肉欲のゴーシュにこんな能力があるなんて設定をした記憶はない。


 まさかとは思うが、これもゲームの強制力の1つなのか?

 ゲーム通り、ここで俺はゴーシュに負けるしかないのか?

 どうやってもテッサ姉が呪いを受けるのは避けられないのか?


 だが、ゴーシュの次のセリフで、なぜ奴が死んでいないのかが判明する。


「はぁ、はぁ……魔王様に一度だけ復活できる魔法をかけていただいていなければ死ぬところでした……おのれ、【剣の勇者】!」


 なるほど、魔王の力か。

 わざわざ説明してくれるのはありがたいな。


 それはともかく。


「おい」

「何でしょう、【剣の勇者】」

「裸なのどうにかならないのか」


 頭から体が生えてきたのだから仕方のないことだが、肉欲のゴーシュは全裸だった。

 股間には勃ってすらいないのにえげつない長さと太さのモノがぶら下がっている。今度はそこを切ってやろうか。

 っていうか、体が消えた時は服も一緒に消えたんだから復活した時に服も一緒に再生しろよ。


「これは失礼。しかし、服を着たくとも、あなたが一度殺してくれたおかげで服を作る魔力すらないのですよ。まさか、この私が人間ごときに遅れを取るとは……!」


 魔物としての姿ではなく、人間の姿になっているのは魔力を使い果たしたからか。

 それならもう一度殺したら今度こそ死ぬな。


 そう思った俺は、トドメを刺そうと直ちに剣を構えて――




「この強さ……よもや本当に2周目以降ということですか……!」




「――っ!?」


 まったくの予想外な言葉を言われた。


 今、コイツは何と言った?


 2周目と言ったか……!?


「……その反応。半信半疑ではありましたが、魔王様の言う通りのようですね。でしたら今の私では分が悪い。ここは退散させていただくとしましょう」

「待て!」


 俺はゴーシュに向かって駆け出す。

 しかし、すんでのところでゴーシュの姿は消えてしまう。


「ふふふ……残念でしたね。あなたは私をここで倒そうとしていたのでしょうが、そうはいきません」


 空中に逃げたのだとわかったのは、ゴーシュの声は頭上から聞こえた時だった。


「ここに来たのが私でよかった。【剣の勇者】(あなた)の力の底を見ることはできませんでしたが、我々にとっての危険人物だということは十分にわかりました。ここで倒すこともできないでしょう。しかし、それならそれでやりようがあります」


 そう言って、ゴーシュは俺から離れている3人のほうを見てニヤリと笑う。

 まずい!


「あなたを倒せないまでも、お仲間はどうでしょうか?」

「やめろ!」


 ゴーシュが3人に向けて手をかざす。すると、その手が黒く光り始め――


「テッサ姉、エリス、マリー様! 避けて!」

「遅い」


 しかし、俺の言葉は間に合わず、ゴーシュの手に集まった黒い光は3人に向かって放たれた。そして――




 ゴーシュの放った黒い光は、テッサ姉に命中した。




「きゃあああああああ!」

「テッサ姉ーーーーーーー!」


 黒い光を受けてその場で倒れるテッサ姉。

 その体に目立った外傷はない。

 だが、ゲーム通りなら今の攻撃はダメージを与えるようなものではなく、


「くくく……はーっはっはっは! 今のは彼女を魔族に堕とす呪いです。彼女の体には呪いによる紋章が浮かび上がっているでしょう。その紋章が完成した時、彼女は私に忠実な魔族になるのです」


 そう、呪いのはずだ。

 ぱっと見で外傷がないとはいえ、すぐには何ともないと断ずることはできない。


 だが、なぜゴーシュはテッサ姉を……!?


「悔しいですが、今の私ではあなたに勝つことはできないでしょう。それならばせめて、あなたの大切な仲間を奪うことにしました。見たところ、あなたへの愛が最も重いのは彼女のようですね。私の攻撃に気づいたのも彼女が一番最初でしたから」


 その言葉で、さっきの首だけになったゴーシュが俺に不意打ちをした時のことを思い出す。

 あの時、俺に注意を促したのはテッサ姉だった。

 あれでテッサ姉がゴーシュに目をつけられてしまったのか!


 くそ……倒したと思って油断した俺のミスだ!


「この呪いが進行する度、あなたへ注がれていた愛が私への肉欲に塗り潰されていきます。簡単に言えば、私のコレに犯されたくて犯されたくてたまらなくなります。そうして最後には、彼女は私に犯されるためなら何でもするような淫魔になるのです。どうです? 最高でしょう!」

「どこがだ! 降りてこい!」

「降りていけば死ぬだけだとわかっていて、誰が従うと思いますか? せっかくの呪いも消えてしまいます。あなたはせいぜい、最愛の女性が私に奪われるのを指をくわえて見ていればいい」


 馬鹿にするように、ゴーシュはくつくつと笑う。


「ああ、そうだ。彼女が無事に魔族になった暁には、私の妻にしてあげましょう。最高にドスケベな、私好みの女に変えてあげますよ。そしてかつて愛していたあなたに刃を向ける。その時、あなたがどんな顔をするか楽しみです」

「待て!」

「待ちません。それではまた会いましょう」


 そう言って、ゴーシュは消えていった。




 * * *




 ゴーシュが消えた後、俺たちは一度王都に戻って宿屋で部屋を取り、気を失ったテッサ姉をベッドに寝かした。


「テッサ姉、大丈夫かな……」


 エリスが寝ているテッサ姉を見ながら涙目で俺にそう尋ねてくる。

 マリー様はどうすればいいのかわからないのだろう、おろおろとしていた。


「ねぇ、ユーリ……テッサ姉、魔族になっちゃうの? アタシ、そんなの嫌だよ……」

「……いや、エリス。安心して。大丈夫だ」

「……え?」


 俺はテッサ姉が倒れた場所で拾った、あるものをテーブルに置いてそう答えた。


「これって……」

「わたくしたちがユーリ様からいただいたブレスレットですか?」


 マリー様の言葉に、俺は頷く。

 ただし、今テーブルに置いたブレスレットは壊れている。


「これ、実は呪い除けのアクセサリーなんだ」

「えっ!」

「呪い除けの!?」


 3人が装備を選んでいる間、俺が武器屋で探していたのはこれだった。

 呪い除けのアクセサリーは、装備した者を一度だけ呪いから守ってくれて、その後、壊れる。もし俺がゴーシュを倒せずにゲーム通り負けイベントが起きてしまった時のために、俺はこれを3人に渡していたのだ。

 3人ともに渡したのは、もしかしたらエリスやマリー様が狙われるかもしれなかったから念のため。


 ゲームだと強制イベントだからこんなアイテムは意味がなかった。

 でも、現実になったこの世界ならば意味があるんじゃないかと思ってつけてもらっていたんだ。


 ただ、ゴーシュの呪いが強すぎたりゲームの強制力があって、アクセサリーをつけていても意味がないという可能性もあった。

 しかし呪いを防げなかった場合、ブレスレットは壊れずにそのままだと聞いていたので、壊れているということはしっかりと呪いを防いでくれたのだろう。割といい値段はしてたから、効果があって良かった。

 いちおう錬金術で効果を上げておいたし、もしかしたらゴーシュの魔力が使い果たされていたから防げていたのかもしれないな。


 ともかく、俺はそのことをエリスとマリー様に伝えた。


「それじゃあ……テッサ姉は大丈夫なの? 魔族にならない?」

「うん。よかったよ。うまくアクセサリーが働いてくれて」

「よかった……テッサ姉」


 そこまで話したところで、テッサ姉が目を覚ました。


「んん……あれ? ここ、どこ……?」

「テッサ姉! 大丈夫? 何か体に変な感じとかない?」

「変な感じ?」


 俺が尋ねると、寝ぼけたようなとろんとした表情のテッサ姉は首をかしげる。


「テッサ姉は、あの魔物の呪いを受けたんだ」

「呪い!?」

「うん……いちおう、俺がさっき渡したブレスレットの効果で防げたはずだけど」

「そ、そうなんだ……うーんと、たぶん大丈夫かな?」


 一通り体を動かしたりして、違和感がないか調べるテッサ姉。


「そういえば、あいつ、紋章がどうとか言ってなかった?」

「ええ。紋章が浮かび上がると言っていました。テッサ様、そのようなものが浮かんではいませんか?」

「うーん……ぱっと目につくところはないかも」


 心配しているのだろうエリスとマリー様の問いに、テッサ姉は袖をまくったりしながらそう返す。

 だが、もしもアクセサリーが効いておらず、服の下に呪いの紋章があったら一大事だ。

 念のため、服の下も全部まとめて確認することになった。


 俺が部屋の外に出ている間に、エリスとマリー様がテッサ姉の体中をくまなく探したけど、紋章は見つからなかったようだ。

 さらに念押しで、マリー様に鑑定をしてもらったが、テッサ姉のステータスに呪いの文字は見当たらなかったそうだ。


 よかった。

 ゴーシュは倒せなかったけど、これでテッサ姉の寝取られは回避できただろう。


 俺の目的は寝取られフラグを折ることであって、ゴーシュを倒すことではない。

 もちろん、呪いをかけられる前に倒せたら一番だったとは思うけど、倒せなかったんだから仕方ない。それよりも、寝取られを回避できたことを喜ばないとな。


「お手柄じゃん、ユーリ! よく呪い除けのアクセサリーなんて買ってたね!」

「なんとなく、嫌な予感がしてさ」


 エリスの鋭い言葉に、俺は予め用意していた答えを返す。

 まぁ、ゴーシュが現れることを知っていたからなんだけど、まさかそんなことを言うわけにもいかない。


 ……しかし、ゴーシュと言えば、あの言葉はいったいどういうことだったのだろうか。


 2周目以降。


 奴は確かにそう言った。

 それは間違いなく、ステータスを引き継いだ状態での再スタートのことだろう。


 俺の今のレベルは99。

 これがゲームなら、普通に考えればこのタイミングでレベルが最大まで育っているなんてステータス引き継ぎだと思うだろう。


 しかし、それが違うことを俺は知っている。

 この世界はゲームじゃないし、俺は小さい頃はレベル1だった。

 そこからこんなレベルまで上げられたのは、俺が転生した人間で、寝取られを回避するために幼い頃からずっとモンスターを倒し続けてきたからだ。


 つまり、ここが2周目以降の世界ということは断じてない。

 ちゃんと俺は1周目の世界を生きている。


 むしろ2周目以降のステータス引き継ぎ状態でスタートできてたらどんなに楽だったか!

 マジで寝取られ回避するためにどんだけ苦労してると思ってんだよ!


 ……まぁそれはともかく、「2周目以降」なんて言葉、なんでゴーシュが口にしたかだな。

 それはこの世界が『俺の大切な仲間たちが寝取られるわけがない』の世界だと知っていなければ出てくるはずのない言葉だが、知っていれば俺の強さに対して連想するには自然な言葉でもある。


 そういえば、ゴーシュは「魔王様の言った通り」とも言っていたな……。

 魔王がゴーシュに入れ知恵をしたのか?

 魔王はこの世界がゲームの世界だとわかっているのか?

 くそ、どんなに考えても推論の域を出ないな。


 ただ、何かが起こっているのは確かだ。

 俺が知らない、何かが――。


「ねぇ、ユーリ」


 そんなことを考えていると、テッサ姉が後ろから抱きついてきた。

 大きな膨らみが背中に当たる。


「どうしたの? テッサ姉」

「またユーリが守ってくれたんだね。大好きだよ」


 チュッ。

 そう言って、テッサ姉が俺の頬にキスをしてくれる。


「あー! テッサ姉がまた抜けがけしてる!」

「テッサ様、ずるいですわよ」


 それをエリスとマリー様が見咎めて、騒ぎ出してしまった。

 結局、この日はテッサ姉の大事を取るのも兼ねて、そのまま宿屋に泊まって明日から改めて出発することとなった。


 ……でも、本当に良かった。

 もしゲーム通りにゴーシュがテッサ姉に呪いをかけていたら、今頃こうして笑い合うこともできなかっただろう。

 俺のやってきたことは無駄じゃなかった。


 これからも、テッサ姉、エリス、マリー様が笑顔でいられるように、絶対に寝取られフラグを叩き折ってみせると俺は改めて心に誓うのだった。


ついに強制負けイベント(勝利)を書くことができました。

ゴーシュが引き上げたところでいったん切ろうかとも考えましたが、

ピンチで終わらせるよりも無事でしたで終わらせた方が安心して読めるかな、と。


よかったら「ゴーシュ生き残ったんかいワレェ!」などの感想・コメントをいただいたり、

もしくは、この下の★マークで評価をいただけると嬉しいです!


次回は、明日(7/27)の午前7時に更新予定です。

旅立ち編は次の別視点の話でラストです。


【こぼれ話】

後で触れますが、ユーリくんは聖剣を使うのを完全にど忘れしてます。

復活後に使ってればゴーシュを倒せてました。

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― 新着の感想 ―
[一言] おお、寝取られフラグとりあえず回避ですね。知らない、あるいは現実になったために発生したフラグがあるとどうしようもないけど、さてどうなるかな。 あと二周目の意味も気になるところですね。
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