2 これから起きること(テッサ姉の場合)
その日の夜。
俺は寝台の上で考えていた。
まず状況の整理だ。
ここが『俺の大切な仲間たちが寝取られるわけがない』の世界であることはほぼ間違いないだろう。
ということは……
俺は小さく頭だけ動かして、隣で寝ているテッサ姉を見る。
このままだとこの義理の姉や、幼馴染が寝取られちまうってことだ。
そう、このままでは、だ。
俺たちが作った『俺の大切な仲間たちが寝取られるわけがない』は、【剣の勇者】として選ばれた俺がヒロイン3人と一緒に魔王を倒すための旅に出るゲームだ。
そしてこのゲームはマルチエンディング方式を取り入れられている。
主人公の行動次第でエンディングが変わる、ノベルゲーとかでよくあるあれだ。
シナリオ担当の俺はしっかりと覚えている。
あのゲームのエンドは8つ。
各ヒロインの寝取られエンドが1つずつ、全員寝取られるNTRハーレムルートが1つ。
そして、各ヒロインとの純愛ルートが1つずつ、全員とのハーレムルートが1つで、合計8つだ。
あとはバッドエンドがあるけど、それはもう人類全部が魔王たちの奴隷になるエンドで、ゲームオーバー扱いだから今は除外する。
俺が目指すのはもちろん、ハーレムルートのみ。
純愛ルート以外は基本的にヒロインたちがひどい目に合うから、絶対に避けなきゃいけない。
ただ、こういうゲームの常で、寝取られルートにはめちゃくちゃ簡単に入れるのに対して、純愛ルートはヒロインたちを守りながら好感度を上げないといけないから、けっこう難易度が高い。
それも俺が目指そうとしているのはハーレムルート。
大前提として、誰も寝取られないようにしなきゃいけない。
ゲームを作った当の本人の俺ですら「ステータス引き継いだ2周目じゃないとハーレムルートは無理じゃね?」って思ったぐらいだ。
でも、俺は1周目でそれをやる。
勝算はある。
それはもちろん、俺がゲームの制作者だということだ。
つまり俺は、寝取られルートのフラグを全て把握しているのだ。
例えば隣で寝ているテッサ姉の寝取られフラグは、序盤の旅立ち直後。
聖剣に選ばれて【剣の勇者】になった主人公が仲間たちといっしょに国から出た途端、魔王に仕える四天王のうちの一体・肉欲のゴーシュの襲撃を受ける。
当然、レベル1の主人公たちが敵うはずもなく、負けてしまう。
いわゆる負けイベントというやつだ。
そこでトドメを刺されそうになる主人公を庇って、テッサ姉が聖属性の魔法で障壁を張ってゴーシュの攻撃を弾くんだ。
それを見たゴーシュが、テッサ姉を気に入って呪いをかける。
その呪いによって、時間経過でテッサ姉はゴーシュに寝取られ、最後には聖女とは正反対の淫魔に堕ちてゴーシュの嫁になってしまう……というのがテッサ姉の寝取られルートの概要だ。
寝取られ回避の方法は、速やかにゴーシュを倒すことそれのみ。
だけどもし、負けイベントのタイミングで俺がゴーシュを倒せたら?
このルートの(というか、だいたいのルートでそうなのだが)いやらしいところは、四天王を倒すためのレベリングをしているうちに、時間が経過して寝取られルートがどんどん進行していく点だ。
しかも序盤のレベリング用エリアとゴーシュの居城は真逆の方向。
効率よくレベリングして最速でゴーシュのところにたどりついても、その頃には寝取られルートにギリギリ入ってしまっている、って塩梅だ。そういう風に作った。
我ながらいやらしいもん作ったもんだ。親友もさすがだと褒めていたな。
ゲームだと1周目はレベル1からスタートなのだからレベリングをする必要があり、しかし悠長にレベリングをしてると寝取られる、というジレンマがあった。
だけどステータスを引き継いだ状態でのスタートができる2周目なら、レベリングをする必要もなくすぐにゴーシュの居城に向かうことができるんだ。
2周目ならハーレムルートもいけるが、1周目だと厳しいというのは、そういうことだ。
NTRエンドでもエンディングはエンディングだから、ひとまずテッサ姉は放置してレベリングを優先しつつ、いったん寝取られルートのイベントとCGを回収してエンドを迎えてステータス引き継いだ2周目で寝取られ回避したほうが効率がいいな、とか思ってたっけ。
ただ、それは1周目のスタート時点でレベル1であるゲームでの話。
今、俺がいるここは、ゲームの世界とはいえ現実だ。
それなら、ゲーム開始時点までにレベルを上げることも可能なんじゃないか?
ゲームスタート時点のユーリの年齢は18歳。つまり物語が始まるのは今から12年後だ。
ゲームだとその時点で当然レベル1でしかないが、今から12年間、訓練してゴーシュを倒せるほどのレベルまで成長すれば、負けイベントを覆せるんじゃないか?
ゲームが始まる前にレベルを上げるなんて、ゲームでは絶対に不可能だ。
だって、ゲームの開始前には物語はない。当たり前の話だ。
だけど、ここは現実なんだ。
ゲームが始まる前の世界も、もちろんある。
ならばきっとゴーシュと戦う前にレベルを上げることだってできるはずだ。
よし、これで俺の明日からの方針が決まった。
まずはレベルを上げる。
それに、レベルを上げれば他の……エリスやマリアンヌ姫の寝取られルートを回避する方法にも繋がっていく。
そのために、レベルを上げるには何をすればいいかを調べなきゃな。
ゲームではモンスターを倒せばレベルが上がったけど、現実なら今日エリスとやってたような訓練で上げられるのかな?
ゲームのユーリもエリスとずっと訓練してた設定だったけど、レベル1でスタートだったよな。
まぁゲームだからレベル1でスタートするのは仕方ないか。
もしモンスターを倒すことでしかレベルが上がらないなら、モンスターを倒しに行かないといけない。
それなら、この村の場所もちゃんと調べないと。
ゲームでのレベリングしやすいエリアは知っているけど、そこが近くなのかどうかもわからない。
もしかしたら、めちゃくちゃ遠いかもしれない。
それに、俺はまだ子供だ。
もし遠かったらそこまで行くのを許してもらえないだろうし……。
仮に近くだとして、そこに行くことができるのだろうか……?
「うーん……ユーリぃ…………」
「っ!?」
隣で寝るテッサ姉の口から俺の名前が出て、思わずドキッとする。
もしかして、俺が寝てないのに気づいたのか!?
だけど、それは違った。
「むにゃむにゃ……ユーリ……無茶しちゃダメだよ………………」
どうやら寝言だったみたいだ。
俺はホッとしつつ、レベルを上げるにはどうしようかと考えようとした。しかし、
「ユーリぃ……」
むぎゅっ。
寝ぼけたテッサ姉が抱きついてきた。
うわー! うわー! うわー!
テッサ姉の歳の割に大きな膨らみが俺の背中に! 当たってる!
やばいやばいやばい。
こんなことされたら俺の下半身が…………って、俺はまだ6歳児なんだった。反応はしていない。助かった……。
それじゃあ続きを考えるとするか……と思ったのだが、抱きついてくるテッサ姉のやわらかい膨らみや体温によって睡魔が襲ってきた。
自然とまぶたが下がってくる。
もうちょっと考えたかったけど、今日はもう無理そうだな……。俺が睡魔を受け入れた時、
「ユーリは、ずっと一緒にいてね……」
テッサ姉のそんな言葉が聞こえてきた。
……テッサ姉の両親は災害で亡くなっている。
彼女の父親の親友である俺の父に引き取られたという経緯で、俺の義理の姉となった。
大橋コウヘイとしての記憶を思い出した今でも、テッサ姉と一緒に暮らしていたユーリとしての記憶もしっかりと覚えている。
テッサ姉は俺のことをすごく大事にしてくれた。
過保護じゃないかって思うくらいに。
彼女をそうさせる理由は、きっと今の寝言に表れている。
最愛の家族がいなくなる恐怖を知っているから、また誰かがいなくなるのを極端に怖がっているんだと思う。
……絶対に幸せにしてあげないとな。
少なくとも、魔族になるなんて結末はダメだ。
俺が守るんだ。
テッサ姉の幸せを……。
そう誓いながら、俺は意識を手放した。
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次回は明日(7/13)の午前7時に更新予定です。