13 魔王と四天王
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世界の果てにある魔王の居城。
そこでは、4体の悪魔が一堂に会していた。
「聖剣の破壊に向かわせたミドルゴブリンがやられたようですね」
「だから言ったじゃねーか。あんな雑魚を向わせても意味ねーってよ」
「案ずるな。これはほんの小手調べに過ぎんわ」
「…………」
最初に喋ったのが肉欲のゴーシュ。
一見すると紳士然とした容貌だが、その実は性欲を用いて人間が廃人になっていく様子を眺めることを至上の悦びとしている悪魔である。
次に喋ったのが暴虐のバゼット。
他人を破壊すること、暴力で蹂躙することを是とする悪魔であり、人間の10倍以上もある巨大な体躯を持っていた。
3人目が狡智のイルゼー。
後頭部だけが異常に大きいことを除けば小柄な老体のような外見だ。彼は人を騙し、破滅に導くことが生き甲斐としていた。
何も喋っていないのは絶望のディスだ。
ローブでその身を隠し、容貌はわからない。彼だけは常に沈黙している。
彼ら4体の悪魔は、モンスターが突然変異した存在であり、魔王からは四天王と呼ばれていた。
先立ってミドルゴブリンを聖剣が封じられた神殿に向かわせたのは狡智のイルゼーの策だった。
聖剣はかつて魔王を倒した勇者のうちの1人、【剣の勇者】の武器だ。
それが復活した魔王の障害になることはわかりきっていたため、破壊を命じたのだ。
もっとも、破壊が叶うとは露ほども思っていなかったが。
魔に属する者は聖剣の封じられた空間に入ることはできない。
となれば、聖剣を壊すには誰かが聖剣を持ち出す必要がある。
誰か――すなわち聖剣に選ばれた【剣の勇者】が。
つまり、聖剣を破壊するには【剣の勇者】との戦闘は必至。
四天王が行けば手っ取り早いとバゼットは主張したが、もしも聖剣が四天王に届くほどの力を持っていた場合、倒されてしまう。
そこで捨て駒としてミドルゴブリンを差し向けたのである。
ただ、普通のミドルゴブリンではない。
イルゼーはミドルゴブリンに2つの仕掛けを施していた。
ひとつは、ミドルゴブリンの防御力の強化である。
イルゼー自らが力を注いだ結果、差し向けたミドルゴブリンは普通の剣では傷ひとつつかないほど頑丈になった。
そしてもうひとつは、ミドルゴブリンが見たものを自らの持つ水晶玉に投影することができるというものだ。これで【剣の勇者】の姿や聖剣の力が遠いこの地からでも見ることができる。
「さて、聖剣の力を見せてもらおうかの」
さっそくイルゼーはミドルゴブリンの見ていた光景の投影を始める。
そこには金色に煌めく剣を持つ青年の姿があった。
「ほうほう、これが【剣の勇者】か」
「若ぇな。まだガキじゃねぇか」
「おや。普通の剣で戦おうとしていますぞ」
「…………」
水晶の中では、青年が聖剣ではなく腰に下げていた剣を構えている姿が映っていた。
「ふぉっふぉっふぉっ。無駄なことじゃ。さっさと聖剣の力を見せて――ひょ?」
しかし、【剣の勇者】らしき男が剣を振った直後に映像は途切れた。
ミドルゴブリンが死んだのだ。
それも聖剣ではなく、普通の剣によるダメージで。
「おいジジイ。思いっきし普通の剣でやられてんぞ」
「お、おかしいのう……そんなはずはないのじゃが……」
「ふむ……」
実際、イルゼーの言っていることは正しかった。
差し向けたミドルゴブリンは確かに普通の人間では勝てないほどの力を持っていたのだ。
それこそ、聖剣でも使わない限りは倒せないほどに。
ただひとつ、彼らの予想外だったのは【剣の勇者】のレベルだ。
【剣の勇者】のレベルがすでに99であり、聖剣なしでもミドルゴブリンどころか自分たちを倒せるレベルだなど、誰が予想できるだろうか。
そんなこととは露知らず、バゼットは声を張って主張する。
「ザコを送るなんてやっぱまどろっこしいぜ。次は俺が――」
「待て。バゼット」
しかし、そんな血気逸るゴーシュを諌める存在がいた。
それはゴーシュでもイルゼーでもディスでもない。
彼ら四天王をまとめる存在――魔王がいつの間にかそこにいた。
四天王はすぐさま椅子から立ち上がり、膝をつく。
「【剣の勇者】のもとには、ゴーシュ……お前が行くのだ」
「ゴーシュが!?」
魔王の言葉に、バゼットが驚愕の声を上げる。
驚いているのはゴーシュもイルゼーも同じだ。
ディスだけが表情はわからなかった。
「恐れながら魔王様。なぜゴーシュなのか、お聞かせ願えませんか?」
暴虐で知られたバゼットも、魔王の前では礼儀を尽くす。
頭を下げながら進言した。
その姿に、魔王は「よかろう」と答えた。
「もし【剣の勇者】がお前たちよりも強かった場合、バゼット、お前は逃げずに死ぬまで戦うだろう」
魔王の言う通りだった。
【剣の勇者】が自分よりも強いかどうかはともかく、バゼットには自分よりも強い者が相手だったとしても逃げるという選択肢はない。
逃げずに戦い、どんなに傷ついても勝ってきた。
たった1人の例外――魔王を除いて。
かつて、バゼットが魔王と戦ったことがある。
さしものバゼットも魔王の圧倒的な力の前になすすべもなく敗北したが、その時も逃げはしなかった。
逃げるくらいならば最後まで戦って死ぬ。
そうして今まで生きてきたのがバゼットだ。
もし逃げていたら暴虐のバゼットはここにいない。
ゆえに、バゼットが【剣の勇者】に向かって負けた場合、逃げずに死ぬことも予想できた。
「俺があのようなガキに負けると?」
「わからん。しかし、まだ聖剣の力も【剣の勇者】の実力もわかっていない。しかも、この世界にいる勇者は【剣の勇者】だけではないことを忘れるな」
「【槍の勇者】ですか」
「そうだ。【剣の勇者】と違い、こちらは所在すら掴めていない。個々の力という点では、我らのほうが勝ろう。しかし、戦略という点では未だ不利なこの状況で、万が一にもお前を失うことはあってはならん」
「…………」
【槍の勇者】。それはかつての魔王を倒した2人の勇者のうちのひとりだ。
聖剣を持つのが【剣の勇者】であれば、聖槍を持つのは【槍の勇者】である。
そして聖剣の行方は魔王たちも掴めていたが、聖槍のほうはどこにあるのかわからなかった。
ひとところに奉じられた聖剣とは違い、聖槍は【槍の勇者】の末裔に受け継がれたとされているためだ。
【槍の勇者】には子孫が多く、その分、行方を掴むのが難しかった。
つまり、魔王にとっての脅威は【剣の勇者】だけではなく、【槍の勇者】という存在もいるのだ。
まだ人間の領土への侵略を始めてもいない状況で、【剣の勇者】も倒せず、バゼットを失うという事態は避けたかった。
「また、イルゼーの本質はあくまでも搦め手。戦闘ではない。【剣の勇者】の実力を測るには役者不足というもの。【剣の勇者】の実力を測るだけの実力があり、なおかつ不利となれば逃げ帰れる者……ゴーシュが適任だ」
「ふむ……魔王様にそのようなお言葉を賜れるとは、このゴーシュ、光栄の至り」
「なるほど。ゴーシュに行かせること、承知いたしました。しかし、ディスは? 俺とイルゼーが適任ではないということはわかりましたが、ディスのほうが適任では?」
「ディスには別の仕事を任せたい。追って命を下す」
「…………」
ディスは答えず、ローブをかぶった小さく頷いた。
「バゼットとイルゼーにも、任せたい仕事がある。貴様らに合った仕事だ」
「おお! それでは!」
「うむ。ゴーシュに【剣の勇者】の味見を任せ、我々は人間の領土に打って出る。まずはバゼットとイルゼーで最寄りの国から落としてもらうぞ」
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
刹那、バゼットの喉からは獣じみた咆哮が上がる。
「準備ができ次第の出陣だ。わかったな。ゴーシュ、イルゼー」
「おうよ!」
「承知じゃ」
そんな2人を眺め、ゴーシュはつぶやく。
「おやおや。【剣の勇者】を引いたと思いましたが、貧乏くじを引いたのは私のほうでしたかな」
そして、さっそく【剣の勇者】のいる国――ノナリロ王国へと向かおうとした。しかし、
「待て。ゴーシュよ」
「魔王様? 何でしょう?」
「寄れ」
有無をも言わせぬ様子に、ゴーシュは首を傾げながら言葉に従って魔王のもとへ寄る。
すると魔王は、ゴーシュに魔力を注いだ。
イルゼーがミドルゴブリンに行ったものと似ているが、効果はまるで違う。
「一度だけ、致命傷を防ぐ魔法をかけた。これが発動した場合、撤退せよ」
「御意」
うやうやしく傅くゴーシュ。
そんなゴーシュに向かい、他の3人には聞こえないような声量で魔王はささやいた。
「気をつけよ、ゴーシュ……」
――【剣の勇者】にとってこの世界は2周目以降かもしれん。
よかったら、「ちゃんと文章が書けて偉いね」って褒めてくれると嬉しいな……。
次回はユーリ視点に戻ります。ついに最後のヒロインが登場です!
明日(7/20)の午前7時に更新予定です。
なろうっぽく長いタイトルにしてみました。不評なら戻します……。