1 前世の記憶
俺は大橋コウヘイ。同人ゲームの制作者だった。
いや、製作者というよりも同人ゲームサークルの代表か。
まぁサークルの代表と言っても、メンバーは俺ともう一人……親友と呼べる男しかいない二人だけの小さなサークルだけど。
俺が世界観と脚本とシステムとその他もろもろやって、もう一人に絵を描いてもらっていた。
そんな俺たちは、とあるゲームを作った。
『俺の大切な仲間たちが寝取られるわけがない』というファンタジーRPGだ。
タイトルの通り、寝取られありの18禁ゲーム。
まぁぶっちゃけちゃうと俺も親友も寝取られが大好きだったのだ。性癖だった。
だけど、最後の最後、あとはリリース申請が通るだけという打ち上げで、純愛ルートと寝取られルートのどっちをメインとして扱うかで口論になって、
殺されたんだ。
* * *
という前世の記憶を、幼馴染の木剣を頭に受けた衝撃で思い出した。
(マジかー……)
これが異世界転生ってやつか。トラックに轢かれなくても転生できるんだな。
……なんてことを考えていると、
「だ、大丈夫!? ユーリ!」
倒れている俺を、ひとりの少女が覗き込んでくる。
エリス。
俺に木剣を打ち込んできた幼馴染の少女だ。
騎士を目指している女の子で、同じく騎士を目指している俺とは、こうしてよく実戦形式で訓練をしているのだ。
まだ6歳の俺に対して、エリスは8歳。
男女の腕力の差は、まだこの年頃では大きく出てこない。良い練習相手だった。
それにしても、今回は綺麗にもらったもんだ。
そのせいで前世の記憶を思い出してしまった……あんな、親友に殺されるような記憶だったら、忘れたままでいたかった。
そうやってかつての「大橋コウヘイ」としての記憶に思いを馳せていると、
「あらあら、大丈夫?」
エリスとは別の女性が声をかけてきた。
テッサ姉――俺の義理の姉だ。
父さんが亡くなった親友の娘を引き取って、いっしょに暮らしている。
10歳ですでに大きくなっている胸を、たゆん、と揺らして彼女も覗き込んでくる。
いつまでも起き上がらない俺を心配したようだ。
あ、まずい!
「回復魔法、必要かしら?」
「あ、ううん! 大丈夫!」
俺は慌てて起き上がるが、
「ダメよ。すぐ起きれないくらい痛かったんでしょう? ほら、お姉ちゃんが治してあげるから」
と言って、テッサ姉は打ち付けられた場所、つまり俺の頭を自らの胸あたりに抱き寄せた。
うわああああああ! ちょっと待ってくれ!
女の子の胸! 女の子の胸が俺の目の前に!
っていうか顔に当たってる!
相手は義理の姉とはいえ、身内の贔屓目抜きにしてもめちゃくちゃ美人だ。
それでいて胸も大きい。10歳でこんだけ大きかったら、もっと育ったらどうなっちゃうんだ。
「回復」
そうつぶやいたテッサ姉の体が淡く光り出す。
少し時間が経つと、額の痛みはなくなっていた。
「はい、もう大丈夫よ」
「ありがと、テッサ姉……」
恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、俺はテッサ姉に礼を言う。
「どうしたの、ユーリ? 顔真っ赤だよ」
「べ、別になんでもねーよ!」
エリスが不思議そうに尋ねてきた。
さすがに「テッサ姉の胸にドキドキした」なんて言えるわけもなく、慌ててそう返事をする。
「ヒールはかけたけど、ユーリは頭を打ってるし、大事を取って今日はもう訓練はやめておきましょうか」
「そうね……もうちょっとやりたかったけど、ユーリの体も心配だし…………ユーリ、ごめんね?」
「ううん、俺もぼーっとしてたから。それにテッサ姉にヒールかけてもらったし、明日は負けないからね、エリス!」
「言ったわね! アタシに勝てたこともないくせに!」
そうして今日の訓練は終わり、俺たち三人は帰路についた。
左側のエリス、右側のテッサ姉に挟まれる形で俺たちは歩く。
そんな中で、俺は異世界転生って本当にあるんだなぁとしみじみ思っていた。
でも小説とかでよくある神様から転生特典をもらうようなことはなかったし、本当に偶然なのかも。輪廻転生的なので、たまたま転生先が異世界だったとか。
前世じゃ女の子に縁なんかなかった俺だけど、仲のいい幼馴染と優しい義理のお姉さんに挟まれるなら、異世界転生も悪くはないとか思ってしまう。
それにしても、エリスにテッサ姉か。
俺たちが作ったあのゲーム……『俺の大切な仲間たちが寝取られるわけがない』のヒロインの名前といっしょだな。
あのゲームのヒロインは3人。
主人公の幼馴染で女騎士のエリス。
主人公の義理の姉で聖女のテスタロッサ……テッサ。
そして、主人公たちの住むノナリロ王国のお姫様で賢者のマリアンヌ。
マリアンヌはここにいないけど、同じ名前の子が二人もいるなんてな。
しかも、もし俺があのゲームの主人公だったら、関係性まで同じだ。すごい偶然もあるもんだ。
……。
…………。
………………。
……………………いや、待てよ?
もし俺があのゲームの主人公だったら関係性まで同じ?
俺の背筋に悪寒が走る。
待て待て待て。そんなバカな。
「ねぇ、テッサ姉」
「ん? なぁに?」
隣を歩くテッサ姉に、俺は問いかける。
「この国の名前って何だっけ?」
「何言ってるの? ノナリロ王国よ」
「あ、ああ……そうだった。ど忘れしちゃってた」
変なユーリ、と言いながらニコニコ笑うテッサ姉。
マジかよ。国の名前まで同じだ。
ここまで同じで偶然? そんなわけないだろう。
極めつけは、俺の名前だ。
主人公のデフォルトネーム、何て設定したっけ?
……いや、もうわかってる。わかってるんだ。
脚本を担当した俺がいちばんよくわかってる。何度書いたと思うんだ、その名前。
ユーリ。
それが主人公のデフォルトネームであり、転生した今の俺の名前だ。
つまりここは、この世界は、『俺の大切な仲間が寝取られるわけがない』の世界で、
俺は大切な仲間が寝取られる主人公に転生してしまったらしい。
がんばって投稿までこぎつけました!
よかったら、感想で「ちゃんと書けたね、偉いね」って褒めていただけると嬉しいです。
次回は本日(7/12)の午後7時に更新予定です。