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贋作の火  作者: gojo
2/18

シーン1

 サトルが火のついていない煙草を咥えながら駆け寄ってきて、ナンパに行こうぜ、と言うので学校を抜け出して渋谷に行くことにした。時刻は午前八時半、本当は一限から授業があったのだけれど、出席日数はすでに足りている上に今日のスケジュールは座学ばかりだったため、速やかに誘いに応じたのだった。


 ナンパになど興味はないし、ましてやこんな平日の午前に引っ掛かる女なんていやしないだろうと思ったものの、サトルは退屈しのぎを見繕うことについては信頼できる男なので、彼の後ろを前向きについていく。渋谷に着く間際、電車内でサトルがスマホをいじりながら、映画祭やってるのか、と独り言を落としたので、じゃあ行こう、とすかさず落ちている言葉を拾い上げて提案を持ちかけてみたところ、彼は何も言わずに映画館の公式ホームページで空席状況を確認しだした。結局、当初の目的あるいは口実であるナンパのことなど忘れて、駅に着くと二人でミニシアターへと向かった。美術系専門学校の映像学科に通う学生らしい行動だと思う。授業をサボったことを除けば。


 上映されていた映画は十年以上前に撮られた作品で、戦後の大阪を舞台としたある男の半生を描いたものだった。著名なコメディアンが主演を務めてはいるけれど、その内容は笑えるものではなく終始暴力に彩られていて胸糞が悪い。それにもかかわらず、公開当時にはいくつもの映画賞を受賞したらしい。鑑賞後に、どうしてこんな作品が評価されてるんだ?とサトルに尋ねると、彼は、本質を見たがる奴が多いんだろ、と悟ったように言って皮肉めいた笑みを浮かべた。


 ミニシアターは円山町にあって周辺はラブホテルばかりだ。年の瀬が迫っていて空気は冷たく乾いているというのに、この一角だけはどういうわけか、すえたような、生臭いような、とにかく異臭がする。隣にいるサトルは平然としているので、もしかすれば雰囲気によってそういう印象を受けているだけかもしれないけれど、いずれにしろ息苦しいことに変わりはない。ナンパをするにしても辺りには誰もいないので、文化村通りにでも行こうと思って緩慢に歩き始める。すると怒声が聞こえてきた。


 見れば、よれたスーツを着た中年男がホテルの入口で女をボコボコと殴っている。朝からお盛んなことだ。いや、夜から殴り続けているのか? そんな間の抜けたことを考えた時、サトルが手を叩き、声を出して笑い始めた。


 スーツの男がこちらに視線を寄越す。慌ててサトルの服を引いてその場を離れる。


 大通りまで出ても、サトルは笑い続けていた。


――この世は素晴らしい。ドラマチックだ。


 そう嘯く彼のことを呆れ気味に見やり、小声で告げる。


――お前は早死にするよ。


 ところが彼は、聞こえていないのか聞いていないのか、返事もせずに引き続き笑った。


 サトルは、一言で言えばクズだ。二言で言えばそこにバカという単語が加わる。


 サトルとは同じ高校に通っていたのだけれど、当時は口を利いたことなど一度もなかった。彼は学年一の落ちこぼれで、ニコチン中毒で、悪い噂の絶えない奴で、大学進学を希望している者たちからすれば接してはならない存在だった。しかしながら受験をことごとく失敗して図らずも同じ専門学校に通うようになってからは、自然と話をする間柄となった。ただし卒業を間近に控えた現在もなお、彼のことを好ましくは思っていない。それでも頻繁に一緒に遊んでいるのは、彼といれば、自分がマトモな人間に思えるからだ。


 サトルがひとしきり笑い終えたのを認めてから、昼食をとるには丁度良い頃合いだと思って適当な飲食店を探し始める。そうして駅方面に向けて通り沿いを歩いていると、狭い路地から頼りない足取りで人影が現れた。目の前に立ちはだかる影、それは、先程ホテルの前で殴られていた女だった。


 その女は意外にも、近くで見てみると、女と呼ぶにはまだ幼い十代半ばと思われる少女だった。髪は乱れていて、服装も乱れていて、キャスター付きの旅行用鞄を引きずっている。明らかに家出娘という風貌だ。


 サトルも同じことを思ったらしく澄ました顔で彼女に声をかけた。


――うちに来いよ。


 少女は警戒するような目付きでこちらを睨んだけれど、それはごく一瞬のことで、すぐに冷めた面持ちをして気安く言葉を返してきた。


――そうさせてもらう。ありがと。


 サトルのナンパは、たったの一言で、成功した。

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