インサート④
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薄暗い応接室。カゲがソファに座っている。向かいの席にはカゲの父親がいて、穏やかな表情を浮かべている。
父親:また不合格だったみたいだな。
カゲ:うん。これで全部の大学を落ちたよ。
父親:せっかく美術予備校にも通ったのだから来年頑張れば良い。
カゲ:駄目だ。浪人なんか認められないよ。
父親:美大に行きたいのだろう?
カゲ:違うんだ。優しくしないでくれ。
父親:意固地にならないで良い。お前はやれば出来る子だよ。
カゲ:僕は駄目な奴だ。自分が何者なのかさえ分かっていない。だからとりあえず美大を目指してみただけなんだ。お陰で芸術の才能はないってことが分かったよ。次は別のことを試す。いつかは本物の僕のままでいられるよう、自分を探して、探して、探すんだ。たとえ見つかった本性がクズだったとしても僕は満足だ。もう嫌なんだよ。嘘をついて、偽物の自分として生きるのは。
カゲは、虚空に向かって手を伸ばした。その手は揺らめく小さな赤い点を握った。赤い点は熱を帯びている。この熱でもって炎を起こせば、身体を覆う偽物の皮膚を燃やせるのではないだろうか。そう思い、淀んだ臭気を漂わす山に向かって、赤い点を投げた。
立ちあがった炎は瞬く間に身の丈ほどに成長し、肢体をくねらせて踊る。その先端は蛇のように空の端をチロチロと舐め、吐息に似た白煙を吹く。眩い光と共に炎熱を浴びせられ、熱い。それはサトルにしても同じはずであるにもかかわらず、彼はカメラを構えたまま恍惚とした目で一歩二歩と前に出た。
肢体が、踊っている。
けれども舞い降りる金色の火の粉はこの身を焦がしてはくれない。
――こんなの地獄の業火とは言えないな。
呟くと、サトルが振り返った。彼の顔は炎の光を反射して赤く染まっている。同様にカメラのレンズも赤く輝き、こちらを睨んでいる。
その獣の目を勢いよく指差し、声を張ってさらに述べる。
――贋作地獄変。なかなか良いタイトルじゃないか。
大袈裟な素振りと大袈裟な台詞回しを気に入ったのか、サトルがカメラを構えたまま笑みを浮かべ、役者だねえ、と冗談めかして述べた。
――ああ、演じてるんだ。演技ならば誰も死ぬ必要なんてない。
――それは芸術と呼べるのか?
――芸術にするんだよ。
言い切ると、サトルはゲラゲラと笑いだした。一緒に、同じように笑う。
離れた場所に立っていたリホは、その様子を見つめながら呆れたように肩をすくめ、すっかり傷の癒えた口元で、意味が分かんない、と愚痴を零した。




