シーン10
週末を迎えてもリホがいつ死ぬのかという話は未だ聞かされていない。もっとも死んで欲しいわけではないのでこのままでも良いとは思うけれど、撮影のスケジュールはすでに組まれていて、今日は昼過ぎにサトルの家で集合ということになっていた。
ところが自宅を出ようとした時、サトルが訪ねてきた。
――悪い。ちょっと用事ができた。
サトルは参加できなくなったものの、彼のたっての希望により撮影自体は行なうこととなった。カメラマンを一任され、リホの待つサトルの家へと向かう。
インターホンを鳴らすと、リホが堂々と扉を開けた。もはや正式な住人かのような佇まいだ。彼女はなぜかこちらを用心深く窺い、不思議そうな顔をした。奇妙な違和感を覚えながらも、サトルに言われた通り、部屋にあがって撮影の準備を始める。
三脚を立ててカメラをセッティングしていると、リホがたどたどしく話しかけてきた。
――ねえ、サトルくんは?
――え? 用事があるって言ってたよ。
――どこに行ったの?
――さあ、そういうのはリホちゃんのほうが詳しいだろ。
――知らないよ。
どうにも険悪な雰囲気だ。リホとサトルは一緒に生活をしていて今朝も顔を合わせたはずなのだから、二人きりの撮影になるという話は通っているものと思っていた。
――サトルからは好きなようにしろとしか言われてないんだけど、リホちゃんは?
――何も、聞かされてない。
呆れ気味に肩をすくめ、とりあえず録画ボタンを押す。
リホは緊張した面持ちでカメラのレンズを見つめ、それからこちらを向いた。
――ねえ、サトルくんにどういう指示を受けたの?
――さっきも言っただろ。好きなようにしろとしか言われてない。
――ほかには? なんでも良いから、言われたことを教えて。
その口調は荒々しかった。サトルからは本当に指示らしい指示は与えられていない。けれどもリホの必死さに応えるため、記憶を無理矢理に振り絞る。
――そういえば、カメラを止めるなって言われたよ。何をしようと、何が起きようと、カメラを回し続けろってね。まあ、当たり前のことだけど。
カメラを回さなければ撮影はできないのだから念を押されなくとも止めたりなんてしない。口に出した通り、当たり前のことだ。ところがリホはその話を聞くと、何かを察したのか、ひどく悲しげな顔をして呼吸を乱した。
――リホちゃん、大丈夫?
心配になってその小さな肩を抱くと、彼女は震える声を漏らした。
――サトルくんは、サトルくんにとっての地獄を、映像に記録しようとしてるんだと思うの。得たものは奪われる。人はいがみ合う。幸せは壊れる。
先程からずっとサトルの話ばかりで嫌な気分だ。
――どうして、そんなにサトルのことを気にするんだよ。
リホはしばらく考え込んでから覚悟を決めたように大きく頷き、ベッドの枕元に視線を向けた。そこには開封された紙袋と小さな箱が無造作に置いてあった。
昨日の時点で予感はしていたけれど、あえて触れないようにしていた。しかしながら現在の彼女の行動はむしろ問い詰めてもらいたがっているように見える。そう思ったら、抑えていた何かが檻を破ったかのように姿を晒した。
サトルと寝たんだね、そうだよ、避妊してるんだ? 当たり前でしょ、死ぬのに? 死体から彼の私物が出てきたら困るでしょ、いつからそういう関係だったんだよ、出会ったその日から、どうして? 他人のこんな話を聞いて楽しい? むしろ不愉快だ、それならなんで聞くの? 君のことが気になるから、わたしとしたいの? そんなことを望んだんじゃない、ピーくん、なんだよ、カメラを止めて。
リホは辛そうにしていた。いまにも吐きそうな顔で、止めて、と繰り返していた。サトルからの指示を思い出す。何をしようとカメラを回し続けろ。彼の目論見は。
考えを巡らせていると、リホが、細い声で訴えた。
――サトルくんの地獄作りに協力はしたいけど、さすがに撮影されながらは嫌。
そして、立ち上がってカメラの電源を落とした。




