血液と狂気と変態
男はなんの躊躇もなしに、宙に浮かんだ血液をナギサへと撃ち込んだ。弾丸のような大きさに分けられた血液は硬化し、ナギサへと超スピードで突進する。
血の弾丸数発を躱すが、それらは壁に当たることなく空を切った後、方向転換し再度ナギサへと向かっていく。
「厄介だなぁ」
おそらく先ほどまでは距離が遠すぎて小回りが効かなかったのだろう、とナギサは考察した。遠距離メインの能力かと思いきや中距離こそが彼の独壇場とは。だが…
「この距離からの攻撃に無防備なのはお前も一緒だろ?」
あらゆる角度から襲ってくる弾丸を避けながら、ナギサもハンドキャノンで攻撃したが、その弾丸が男に届くことはなかった。今度は頬と肩の傷口から出てきた血で小型のシールドを作り、弾丸を防いだのだ。
「いやぁ、撃つタイミングを予測してたからよかったものの…すごいスピードと威力だねぇ、その拳銃。」
容赦無く血液の弾丸を増やしながらも男は言った。
「しかも既に20発は同時に避け続けているはずだけれど…なんでまだ一発も当たってないのかなぁ?」
ニコニコと笑いながら自らの右腕を更に深く抉る。その狂気的な様子は、ナギサにとって絶望でしかなかった。
自分が放った攻撃は届かず、後数分もすれば弾丸をまともに受けるだけ。
(やばいなぁ…何か糸口は…あるか)
決意を固めると、ナギサは躱しながら大きくバックステップを取った。
自分を狙う極小サイズの血液が全発、一瞬視界に入る。
次にナギサはハンドキャノンを両方とも使い二つの弾丸を撃ち落とす。宙に浮かぶ小さな血液の塊に瞬時に照準を合わせ、引き金を引いたのだ。
次の瞬間には全ての弾丸が自分へと…一方向へと、向かっていた。
「ここだッ!!」
血液の弾丸を二発撃ち落としたことによってできた少しの隙を、針に糸を通すような繊細な動きでくぐり抜ける。数発の弾丸を掠らせつつも、急所は綺麗に避けていた。
弾丸の群れを通り抜けた先にはもう自分と血液使いを隔つものはない。だが、ここから撃ってもさっきの二の舞だ。
「間に合えぇえええッ!!!」
ナギサが男に向かってダッシュすると、男は手首から滴り落ちる血液で短剣を作りそして構えた。近距離で短剣を振りかざした男だが、ナギサはそれを当たり前の如く避ける。そしてゼロ距離の位置で、ハンドキャノンを腹に向かって撃った。
ドパン、と乾いた音がする。
ナギサを追っていた血液の弾丸の全てが動かなくなり、重力に従い落ちた。
「やった、か…?」
フラグと知っていながらも、口からダラダラと血を流し続ける男を見てナギサはそう呟くほかなかった。
そして立てられたフラグは回収されるものだ。
「アヘァハハハハァ…」
白目を剥いていた男はギュルりと瞳をナギサへと向けた。腹に穴が空いているのにも関わらず、男は笑っていた。
「痛いなぁ…気持ちいいなぁ…!!」
大量に流れた濃い血が全て宙に浮かび、辺りに広がる。
とっさに飛び退こうとするナギサだが、時既に遅し。暖かい血液に完全に囲まれ、まるでハグでもするかのようにジリジリと輪を狭められる。
「クハッ…!?」
血の輪っかがナギサの体を圧迫し、肺に入った息が全て押し出される。
男は未だに血を流しながらも操作を緩めず、ナギサを死の抱擁から離さない。
「内臓がッ!?」
視界が朦朧とする。拳銃を落としそうになる…が、最後の力を振り絞り握り直す。
手首を捻りハンドキャノンを男に向け、引き金を引く。
男はその一発を受け…倒れた。血の輪っかはただの血液に変わり、ナギサは床の上に落とされた。
倒れ込んで深呼吸をしようとし、むせた。酸素の供給を必死に行い、身体中に行き渡らせる。
「…はぁ、一件落着、か」
ふらっと立ち上がり、窓の外を見る。そこでは、ボコボコにされている異能使い二人と構成員数十人が山積みになっていた。その上では、汗ひとつかかずにタバコを吸っているカイトの姿が。
「マジかよ…」
異能使い一人相手に満身創痍な自分と、異能使い二人プラスαで余裕なカイト。力の差が歴然すぎる。
「ねぇ…」
「うわっ!?まだ生きてんの!?」
ここまでくるとゾンビなのか疑うほどのしぶとさを見せる血液使い。
「いや…もう…君の勝ちだよ…体は動かない…」
か細い声からして発言が嘘ではないと判断するナギサ。
「たださ…教えてよ…君の…能力、は…?」
一瞬迷ってから、ナギサは言った。
「んー…めっちゃ遠く見える、めっちゃ広く見える、めっちゃ動体視力いい。簡単にいえば、俺の異能は『目がめっちゃ良い』だよ。」