異能と決意とイレギュラー
それからユウキが語った内容を要約すると、こうだった。
約10年前、とある科学者が不思議な生き物を見つけたらしい。巨大化し、体長30センチほどにまで成長したネズミの突然変異だ。その皮は銃弾を跳ね除け、その歯は鋼鉄を容易く噛みちぎった。超常の存在だ。
最終的に軍が出動し、ミサイルによってネズミは駆除された。そして、その遺体は実験室に持ち込まれた。
DNAは普通のネズミのものとほぼ一緒だった。突然変異の原因は他にある、と結論付けられた。そうして研究を重ねていくと、見覚えのない物質がネズミを侵食していることが発見されたのだ。
それはウィルスみたいにどんな生き物にでも取り憑き、突然変異を起こす。その変異に規則性は見られず、巨大化から始まり火吹き、浮遊、怪力など多種多様だった。
「発見の難しさから、研究者達はウィルス自体を『ゴースト』、そして変異した生き物を『イレギュラー』と呼びました。」
そこからが問題だった。ゴーストウィルスは、人間にまでも取り憑き始めたのだ。ゴーストウィルスに取り憑かれた人間は破壊衝動が抑えられなくなり、ほかの動物とは桁違いの強さで大暴れする。歴史上に残る大量殺人や凶悪犯罪者には人型イレギュラーも少なくないと言われているらしい。
増え続ける人型イレギュラーとともに、極稀に特殊な人間が現れた。
ゴーストウィルスに、耐性を持った人間だ。耐性持ちは理性でゴーストの力をコントロールすることができた。これが俗に言う超能力者などだ。
「国はそういった耐性持ちを『スレイヤー』と呼び、その名の通りイレギュラーをスレイ、狩るためのコマとしました。そのためにできたのが我々の『イレギュラー特殊調査隊』です。」
ナギサは息を飲む。国絡みと言う予想外の事の大きさに驚いているのだ。
「自覚があるかはわかりませんが、あなたも紛れもなくスレイヤーです。だからこそ、問います。これはナギサにとって人生を大きく変える二択になります。
イレギュラー特殊調査隊に入るか、否か。
生半可な気持ちで入ってもらっては困ります、任務の一つ一つが命掛けですから。」
視線を強め、ナギサに問いかける。
「考えさせて、ください…」
そんなか細い声とともに、話し合いは終わった。
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「はぁああああ…」
「どうしたナギ、今日はいつにも増して死んでんな」
「はぁああああああああ….」
重苦しいため息をこれでもかと教室内で撒き散らすナギサ。ホームルーム前、机に突っ伏して呻き声をあげる姿は異様でしかない。
(結局昨日はユウキさんとの話で完徹なんだよなぁ…あの後もちょっと時間あったけどずっと二択について考えてたし)
あのような非日常を体験した翌日にパッと日常に戻れるあたり、ナギサはかなり図太いタイプと言える。
「んでツカサはいつにも増して元気だね、どしたん」
「お?気付いちゃうかこの俺の違いに?流石大親友!!実は昨日彼女がさ〜」
陰のオーラを纏うナギサとは打って変わって圧倒的陽キャオーラを放つ男の名はツカサ。今も彼女とのくだらない惚気話をナギサに語っている。
二人は学年で1位2位を争う顔面を持っていて、陰陽イケメンコンビとして一部の腐った女子には『そう言う』目で見られるほどの仲の良さだ。
と言うのもナギサは生活スタイルこそ不健康そのものでありながら、長い髪と童顔で中性タイプのクールキャラとして学校では評判なのだ。
基本的に感情が死んでいるだけで、覚醒した渚のテンションがだいぶ高いことを知っているのは学校の中でも極僅かだが。
本人も多少は自分の顔の良さを自覚しており、何か頼み事があるときは必ずチョロそうな女子に頼むようにしている。
「…ツカサさ、異能力バトルは好き?」
「なんだよ急に、まぁ嫌いじゃないぞ。国に反する秘密結社とかそう言うのだったら尚更燃える」
「そっかぁ…んじゃさ、自分がああ言う世界観に入れるとしたらどうする?」
「まぁ、俺は迷わず入るかな、面白そうだし。非日常ってやっぱ憧れるじゃん?」
「そっかぁ…」
再度、机に突っ伏して目を瞑るナギサ。それだけで猛烈な睡魔に襲われる。
「ホームルーム始まんぞ…って、寝てるわ」
ナギサはいつも通り、全授業オール居眠りを決め込むのであった。
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放課後、ナギサは立ち入り禁止のサインをガン無視して合鍵を使い、学校の屋上へと足を踏み入れた。
『明日、ナギサの学校が終わってから、3分ほどの簡易ワープゲートを作ります。特殊調査隊の一員に加入する決意が固まったら通ってください。入りたくなかったら、無視してください。入らなかったら、私たちからあなたに干渉することは絶対にありません。』
ユウキの発言通り、ナギサの小柄な体がギリギリ入る大きさのブラックホールができていた。
「面白そう、ねぇ」
誰も聞いたことのない物質、ゴースト。
アニメや漫画のようなモンスター、イレギュラー。
人が長年夢見た超能力を持つ存在、スレイヤー。
それらの情報を目の前にぶら下がれて、知的好奇心が人一倍強いナギサがこのブラックホールを無視できるはずがなかった。
『生半可な気持ちで入ってもらっては困ります』
ふとユウキの声が脳内で響くが、そんなことは御構い無しに、ナギサはブラックホールへと足を踏み入れた…