一歳の渚
娘の渚に従姉が産まれます。渚は一つ年上のお姉さんになります。
「女の子がいっぱいだと華やかでいいわねえ。」
リビングで寛ぐ律子たちを見ながらお袋が笑顔で言った。リビングに居るのは、お袋と俺の妻の律子に、次兄誠と結婚した律子の大親友の渚、俺と律子の間の娘の渚の4人だ。
お袋を女の子にカウントするのは間違っているだろう、とは誰も指摘はしない。好んでライオンの尻尾を踏む馬鹿はこの家にはいない。
「言葉には十分に気をつけろ。」
リビングで寛ぐ女性陣を見ながら、仕事に向かう親父が俺たち兄弟に向かって残していった土産だ。
親父はこれまで沢山の失敗を繰り返してきたんだろう。見ていると、何かを言う前は、よく考えてから発言をしている。だから間違ったことを言うことはほとんどない。相手に与える説得力もある。今回も俺たちは親父の忠告を素直に受け入れた。
リビングの大画面のテレビで繰り広げられているのは、律子がプロ並みの腕を持つブロックゲームだ。お腹が少し目立つようになってきた姉貴はソフトボールをするわけにもいかず、かといって何かしなければならないこともなく、律子に引きずられてゲームを日課にしている。
結婚したとは言え、身分は学生に変わりはない次兄誠は独立するだけの経済力もなく、親父とお袋に頭を下げて実家に同居している。妻の律子と娘の渚がいて同じことをしている俺が偉そうに言えたことでもないが。
なので我が家は8人の大家族になっている。家族のなかで、一人機嫌が悪いのは長兄の暁だ。唯一の独身と言っていい。もちろん俺の娘の渚も独身だが、産まれて9ヶ月の幼児に伴侶が居たら怖いだろう。
新婚の次兄誠と渚はもちろん、俺と律子、親父とお袋と、仲良くするカップルの姿を見ては、日々ぶつけるところのない怒りを長兄暁は抱えたままだ。そんなイライラしている長兄を、不思議そうな顔をしながら頭を撫でて慰める娘の渚が可愛い。
渚は自分が頭を撫でられるのが好きで、人は頭を撫でられると嬉しくなるものだと思っているようだ。そして頭を撫でるのは、まだ言葉が話せない渚のコミュニケーション手段だ。椅子に座る渚に、頭を撫でられると長兄も落ち着いてくる。
姉貴のゲームの腕が上達している。律子は嬉しそうだ。二人で同じゲームを延々と繰り返して遊んでいる。姉貴も凝り性だ。ソフトボールでも毎日素振りを欠かさなかった姉貴だ。ゲームも上達するためにと連日の練習を欠かさない。ただ胎教に悪いと思うが。
そんな二人を、俺の娘の渚を抱えたお袋は笑顔で眺めている。
「娘がたくさん居るって本当に華やかでいいわねえ。考えたらこれまでは息子ばっかりで、家の中がむさくて地獄だったわね。よく耐えられていたわ。」
お袋よ。あんたが産んだ三兄弟だよ。その言い方はすこし酷くないか。それに渚は娘じゃなくて孫だろう。お袋は婆さんだろう。毒づきたくなる。
だが学習している俺は胸のうちで呟くだけで口に出すことはない。親父の警告もある。それに、ちょっとでも口に出せば律子に何を言われるか分からない。何かのことで俺がお袋に反論すると、律子が光の速さで飛んできて、お母さんに謝りなさい、と言う。
一切の弁解は認められない。律子にとってお袋は絶対だ。行き過ぎていると、俺はすこし気になることでもある。律子は実の母親と和解出来ていない。だからか、お袋にべったりだ。お袋もそれは分かっているのだろうが、律子を猫可愛がりしている。
そして律子が俺に一切遠慮しないのは今でも変わりない。信頼していてくれると思えるから、俺も悪い気はしない。俺の腕のなかで色々わがままを言う律子はかわいい。
だけどプリンを夜中の2時に買ってこいと言うのは違うだろ。銘柄まで指定された俺はプリンを探して夜の街をさまよった。しかも家に帰ったら律子は寝ていて起きなかった。
翌朝、俺が起きたときにはプリンは律子と渚と姉貴の腹のなかに既に消えていた。なあ、3個あったんだけど。だから三人で食べたよ。ありがとう、笑顔で律子は言った。
パパにありがとう言おうね、と渚にチューされた俺はそれ以上何も言えなかった。姉貴のすまなそうな可哀想なものを見る目線が辛かった。
一緒に住むようになった姉貴に律子はかなり甘えている。
「おねえちゃん~。わたし、昔からおねえちゃんが欲しかったんだあ。」
義理とは言え、姉貴と姉妹になった律子のテンションは異常に高い。
元々昔から何をするのでも律子は姉貴とワンセットだった。生まれ月は律子のほうが早いから、実際には律子のほうがお姉さんなのだが。綺麗で可愛い律子は、気風の良い姉御肌の姉貴にいつも守られていた。そして二人の仲はもの凄くよかった。
姉貴としても、次兄誠と結婚するのが、夫の実家に同居という条件で見ると心理的に敷居が高い話だっただろう。だが、その家に親友の律子が義妹として居るというのは、かなりハードルが下がる思いだっただろう。
姉貴は、俺となにかと絡んでいた律子と違って、お袋と左程の接点があったわけじゃないし、お袋と上手くやっていけるかは、不安があったに違いない。
同居という視点では、律子の場合には、選択の余地がなかった。ただお袋との関係は元から悪くはなかった。同居してからは、お袋と律子の双方が気を使っていた。
俺も出来るだけ間に入ってクッションになるように努力した。親父や兄貴達も協力してくれた。おかげで良好な家族関係が築けている。
今は、お腹に子供がいる姉貴の世話を律子が一生懸命している。それは、すこし過保護のレベルに入っている。お風呂で律子に全身をくまなく流されるのは、さすがに姉貴も恥ずかしそうだった。
確かに身体を曲げるのが難しくなり手が届きにくいところがあるのも事実。文句を言うわけにもいかず、姉貴は律子のなすがままになっている。姉貴が風呂上りに赤くなっているのは、お湯に浸かっただけが理由じゃないだろう。
ちなみに娘の渚は俺と毎日湯船に浮かべたオレンジのあひる軍団で飽きるまで遊んで赤くなっている。あひるは長兄が沢山買ってくれた。
「おねえちゃん~。」
俺も一度姉貴を呼んでみた。
「頼む、姉貴と呼んでくれ、聡。なぎでも渚でも構わないから、おまえから、おねえちゃんと呼ばれるのは絶対に違う。最悪兄貴と言われても1日1回くらいなら我慢する。」
そこまで俺におねえちゃんと呼ばれるのは嫌なのかよ。
家事の大半をお袋と律子がやってくれる。姉貴が手伝おうとすると、渚の相手をしていて頂戴と、律子は姉貴を働かせようとしない。少しは運動したほうが良いと思うのだが、俺がそう言うと、じゃあ一緒に散歩に行ってらっしゃい、と律子に送り出された。
バギーに乗った御機嫌な渚を連れて、姉貴と歩く俺は、他人から見たら子連れ夫婦にしか見えないだろう。同じく散歩中の老夫婦から仲が良いですねえと声を掛けられた。だが俺と姉貴の間には微妙な雰囲気が流れた。そんな俺たちは喧嘩中かと思われたらしい。
「仲良くしたほうが良いですよ。何かあったら直ぐに謝る。これが仲良くする秘訣です。」
人生経験豊かなおじいさんが力説していた。おばあさんも横で深く同意していた。真実を話すのも面倒で、何とも言えない俺たちは曖昧に笑って御礼を言う以外なかった。
「なあ、やっぱり俺たちって子連れ夫婦に見えるのかな。」
「そりゃそうだろうな。年齢も似通っていて、渚を連れているんだしな。」
姉貴も他人の誤解は仕方ないものと諦めていた。俺はどうやったら、姉弟に見えるんだろうかという難しい命題に頭を悩ましていた。
同じ問題が産科に行ったときも勃発した。
「君は妻と子供がいたんじゃないのか?」
たまたま検診の当番だった例の産科の医者が俺を蔑むような視線で見ながら言ってきた。おおいなる誤解だ。
今日の俺は姉貴の検診についてきた。姉貴の夫である次兄が、どうしても抜けられない用事があって、たまたま手が空いていた俺が代わりに付き添ってきた。そして姉貴の子供の父親と誤認された俺は糾弾された。
例の医者は、姉貴の主治医ではなかった。俺の顔は覚えていたが聡という名前は覚えておらず、漢字一文字ということだけが朧げに記憶にあった。なので姉貴が夫の名前として書いていた「畑山 誠」を俺のことと曲解してくれた。
事情を知る助産師さんが現れて、説明してくれたことで、医者は頭を下げて謝ってくれた。正義感に溢れる医者は味方になってくれたら心強い。だが敵に廻られるとやっかいでしかない。俺はかなり消耗した。
事の顛末を聞いた律子は笑い転げていた。俺にとっては笑いごとじゃない。精神的ダメージは大きかった。慰めて欲しかったのに律子に笑われて、更にダメージを受けた。
黙ってリビングを出ていく俺を見た律子は、さすがに対応に間違いがあったことを理解した。
「ごめんなさい、聡。嫌な思いをしたんだよね。ごめんね。」
慌てて謝ってきたが、俺は久しぶりに大人の対応が出来ず拗ねていた。
俺は庭でお袋と遊んでいた渚に頭をなでなでして慰めて貰った。
不思議そうに俺の頭を撫でている渚を見て、お袋は俺の未熟さに呆れていた。
姉貴と次兄は籍こそ入れているが結婚式を挙げていない。俺と律子が籍を入れておらず結婚式も挙げていないことを、二人とも気にしていた。籍は俺の年齢が足らず入れられないのだが。
「気にしなくても良いじゃないか。結婚式を挙げてくれよ。」
俺と律子は言ったのだが、そうは言われてもそうですかとは言えないだろうと言われた。たしかに逆の立場なら俺たちもそう思う。
あと無い袖は振れない。次兄は言っていた。
「金を貯めてからキチンと挙式したい。」
姉貴の両親や親族に対する配慮も必要だ。貧相な式では失礼だ。
親父に金を借りるという手段もあるが、それは情けないと次兄に言われた。同じ立場の俺も同意出来る話だった。これ以上は親父やお袋に迷惑は掛けられん。
俺と律子は高校3年だ。一学期に修学旅行があった。4泊5日と長いし、旅行に出かけるときには渚が泣くかと思ったら、姉貴に抱っこされた渚は笑顔で手を振っていた。まあ毎日、学校に行くときと変わらない情景だからな。
だが俺と律子が夜になっても帰って来ないことで、渚はご飯もほとんど食べず泣き始めたそうだ。お袋や姉貴が抱っこしてあやしても泣きやまなかった。だが、帰ってきた長兄が抱きしめて御飯を口に運んだら泣きやんで食べてくれたそうだ。
俺たちが修学旅行の間、長兄は渚を風呂に入れてくれた。二時間以上、風呂場であひる軍団と遊ぶ渚に付き合ってくれてありがとう、兄貴。夜も渚は長兄と一緒の布団で寝ていたそうだ。さすがに身体の下にしたら危ないと思った長兄は寝不足になったらしい。すまん。
夏に姉貴が出産した。娘だった。彩渚と名付けられた。凪咲とか渚紗とかの候補もあったらしいが、さすがに同じ音の人間ばかりもどうだろうという話になったらしい。親父とお袋は、生まれた二人目の孫娘を早速溺愛していた。
姉貴の出産に最初から最後まで立ち会った次兄は疲れ果てていた。姉貴の出産時間は初産でもあり律子と大差なく24時間以上掛かった。
「いや、聡。おまえ凄いわ。今になって初めておまえの苦労が分かったよ。」
無精ひげを伸ばし落ちくぼんだ眼をした次兄は掠れ声だった。
出産の痛みに苦しむ姉貴をひたすら声掛けして励ましていたらしい。
「いや、あれだけ声を張り上げていたら、喉もやられるだろう。」
途中に差し入れに行った長兄の感想だった。
長兄は、姉貴のソフトで鍛えられた声量の悲鳴に負けないように、声を出す次兄に疑問だったそうだ。そんな大声出しても姉貴は聞ける状態じゃないだろうと。姉貴の居る陣痛室はドアが締め切られていたそうだ。それでも病棟中に二人の声が響いていたらしい。
産まれた彩渚に母乳を飲ましている姉貴は紛れもなく母だった。
「おねえちゃん、おめでとう。可愛い娘だね。渚と彩渚も、わたしとお姉ちゃんみたいに仲良く出来たらいいね。」
律子も、自分のことのように傍で嬉しそうにしていた。お姉ちゃんになったんだよと言われても、いま一つよくわかっていない渚も、長兄に抱っこされた状態で姉貴の頭をなでなでしていた。姉貴はうれしそうだった。
すべての人がしあわせな瞬間だった。
ただ彩渚は遅れて病院に到着した姉貴の両親にも祝福されていた。それを見ていた律子が密かに羨望の表情をしていた。俺は胸が締め付けられる思いだった。
彩渚が産まれたあと、渚の一歳の誕生日の前に、俺は何度目か分からないが律子の両親に会いにいった。お喰い始めの時から、これまで俺は渚を祝ってくれるように度々頼みに来ている。部屋に上げてくれるわけじゃない。玄関口で話をするだけだ。だが門前払いはされない。話は聞いてはくれる。罵倒もされない。
おそらく両親は俺の口から渚や律子の近況が聞けると思っているのだと俺は考えている。だからこそ何度来ても来るなとは言われないのだと。律子と両親の和解は不可能じゃないと俺は信じている。諦めたらそこまでだ。律子と渚を守ったときと同じだ。
今回俺は婚姻届を手に持っていた。俺は18歳の誕生日を過ぎていた。結婚出来る年齢になっていた。
「お父さん、お母さん、お願い致します。律子との結婚を認めてください。」
俺はひたすら頭を下げて頼んだ。今日は助っ人にも来てもらっている。祖父母さん達、律子の両親の両親たち、4人も一緒に頼んでくれた。
「律子が産まれたときに、おまえ達はうれしかっただろう。わしらも嬉しかった。律子が将来どんな娘になるんだろうかと夢を語っていたじゃないか。律子は今しあわせだよ。わし等は見てきておる。」
「聡くんは、律子の夫として、渚の父親として、しっかりしている。そろそろ認めてやってくれんか。わしらもおまえ達を含めて家族揃って祝いたい。」
お喰い始めに来てくれた祖父母さん達は、ひな祭りでも祝ってくれた。律子と渚が幸福に生活しているのを見てきてくれている。俺のことを認めるかどうかはさておき、律子の両親には律子と渚を祝って欲しいものだ。
俺にはもう一つ胸につかえていることがあった。渚が岸本渚のままだ。彩渚が畑山彩渚となっているのとは違う。今は大丈夫でもこれから分かるようになった時に、名乗りが問題になる。自分の名前が言えるようになる前にきちんとしておきたい。
もちろん律子が20歳を過ぎれば、手続き上は結婚に律子の両親の同意は不要だ。だが手続きが出来れば良いということじゃないだろう。同意を得ずに、婚姻を強行してしまえば亀裂が修復不可能になる危険性がある。
俺の見る限り、律子も心の底では実の両親に祝福して欲しいと思っているはずだ。お袋に過度に甘え、姉貴に異常な程に構うのも、実の両親に対する家族への深い愛情の屈折した裏返しだろう。
だが律子は高校生で妊娠した。させたのは俺だ。高校生ということで両親に中絶を強制された。俺は、姉貴や両親やタクシーの運ちゃんや沢山の人の助けを借りて、律子と渚を守ることが出来た。だがその過程で律子と律子の両親の間を裂いた。俺の罪だ。
「不吉を承知で申し上げれば、人は何時どうなるか分かりません。お父さん、お母さん、或いは律子や渚、明日も生きているとは限りません。居なくなってからでは、あのとき話をしておけば良かった、会っておけばよかったと、後悔をしても何も意味を持ちません。」
俺の持論だ。今日と同じ日が明日も続くとは限らない。突然、日常が切れることもあるんだ。夕方、話をしていた元気な相手が夜間に息を引き取る。明日ね、と言った別れが、永久の別れになる。一期一会だ。
俺は三和土に膝を付けて、手を突き、頭を着けて、土下座をした。
律子の父親がわずかに驚いて聞いてくる。
「君は、どうしてそこまでして、律子と私達を会わそうとする。」
「律子に幸せになって欲しい。笑顔で居てほしい。小学生の時に出会ってから、俺は律子が好きでした。自分で自覚していなかったと思います。実際仲良いお姉さんという感覚でした。ですが単純に自分が自分の感情を理解出来ていなかっただけです。」
「律子はいつも笑っていてくれました。俺は律子の笑顔が好きです。律子は、律子に恋人が居た時も居なくなったときも、俺の傍に居てくれました。たぶん律子にとって俺は止まり木のような存在だったのでしょう。ですが止まり木である俺の方が、律子に心を癒されていました。」
「先日、俺に姪が産まれました。兄貴の娘です。俺の娘の渚にとっては従姉です。律子にとっても姪で、娘の渚に名前をくれた律子の大親友である渚の娘です。名前は彩渚と言います。」
「彩渚が産まれたあとで、彩渚の母である渚の御両親が来院されました。そして彩渚が御両親に祝福されるのを見て、律子は憧れていました。」
「お父さん、お母さんにとって、律子は娘さんです。渚は孫娘です。親となった俺に分かることがあります。娘には幸せになって欲しい。俺が勝手に思い描く幸せがあります。それと異なるところにも幸せはあることは理性では理解できても納得は出来ないでしょう。」
「両親の思いとは違う、けれども幸せになっている娘である律子は、それでもお二人に愛して欲しいと思っています。ただ律子から歩み寄るのは中絶のこともあって難しいです。超えるのが難しい出来事です。」
「中絶という選択が常に完全に間違いだとは思いません。ですが今回産まれた渚は俺たちに幸せをもたらしてくれています。俺たちの選択も間違っていなかったと認めて頂きたいです。」
「大人である御両親から歩み寄って頂けませんでしょうか。俺のことを認める認めない、結婚を認める認めないは置いておいて、渚を産んだお二人の娘である律子を認めて頂けませんでしょうか。」
俺の言葉を律子の御両親は聞き続けてくれていた。
「とりあえず顔を上げてくれ。それでは話も出来ないし、私達は君に土下座までしてほしくはない。」
俺は律子の父親の言葉で顔を上げた。お祖母さん達が埃を払って顔を拭いてくれた。だが俺は三和土に跪いたままだ。
「あなたは私達のことが憎いとかは思わないの。あれだけ罵倒したのよ。」
律子の母親が穏やかに聞いてくる。
「そうですね。あのときは腹の立つこともありました。ですが俺も人の親となり、親の気持ちが理解出来るようになったと思います。単に俺が未熟だっただけでしょう。」
「自分のしでかしたことがどういう意味を持つのか理解できていませんでした。彼女を妊娠させるということの意味を。御両親に与える衝撃を。」
「俺の娘の渚がもし同じことをしたら、俺はどんな行動に出るか自分でもわかりません。ただ自分が辿った道を顧みれば、反対は出来ないでしょうね。」
俺はそんな未来は来て欲しくないと思っている。だがないことはない。
「俺の親父と同じく子供の味方となり力を貸す以外ないです。」
「聡くん。済まなかった。私達も未熟だった。私として自分の気持ちと違ったことを言ったとは思わないが、君にとっては言われなき言葉も多かっただろう。」
律子の父親が、親としての言葉を言ってくれた。
「律子と渚を祝わせてくれんかな。」
俺は改めて頼んだ。
「では、次の渚の誕生会に来て頂けますでしょうか。」
「是非とも参加させてほしい。」
父親から確約を貰った。
「まかせておけ。わしらが縄を付けてでも引っ張っていってやるから。」
お祖父さんが物騒なことを言っている。お父さんが苦笑をしている。
「そんなことされなくても行きますよ。お父さん。」
渚の誕生日会が開かれた。祖父母さん達、総勢8名が揃い踏みだ。
「そろそろ始めようか。」
律子が俺に声を掛けてくる。
「もう少しまってくれるか。」
「誰か来るの。」
「ああ俺が来てもらうように頼んだ人達がいる。だからもう少しだけ待ってくれ。」
「わかったわ。」
特に文句を言うことなく律子は了解してくれた。
玄関のチャイムがなる。緊張する。だが来てくれたんだ。別のところで安堵する。来てくれなかったらどうしようと俺は思っていた。
「お父さん。お母さん。」
玄関を開けて、来客を迎えた律子は二人に呼びかけたまま固まっている。
俺は渚を律子に抱かせて背中を押した。渚はいつもの不思議そうな顔をしている。初めて見る律子の両親を眺めている。
律子の父親が震える声で語りかけてくる。
「律子。お前が幸せそうで良かったよ。」
「聡くんは、しっかりした旦那さんね。二人で幸せにおなり。」
律子の母親の言葉に律子は動けない。
代わりに俺が答える。
「ありがとうございます。律子と渚を幸せに致します。」
「わたしの娘の渚だよ。お父さんとお母さんの孫だよ。」
しばらくして鼻を啜りあげる律子の声が両親に届いた。
律子の両親は、初めて孫の渚を抱いた。1歳になった渚だ。渚は人見知りをしない。初めて会う、初めて抱っこする、律子の両親にもニコッと笑っていた。両親の眼から涙が流れ落ちた。
渚の一歳の誕生日は、両親2名、祖父母4名、曾祖父母8名、伯父夫婦2名と従姉1名、独身伯父1名の合計18名に盛大に祝われた。
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