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16話

 文化祭が始まった。最初は体育館に集められて椅子に座らされる。校長は平坦な挨拶を終えて、舞台が用意された。最初は軽音部の演奏が始まる。校長の使ったマイクを移動し、後ろの黒い幕を横に逃がした。隠されていたドラムはスポットライトに照らされて鉄色を輝かせる。生徒は文化祭の始まりに胸を踊らせていた。今日は騒がしくても先生は注意しない。許された1日に1年は浮かれていた。やがて、人がステージに上がる。彼らは楽器を片手に私服を着ていた。バンドマンと呼ばれても差し支えない派手な装いだ。校内の軽音部はバンドを組んでいる人が多い。一日目の演奏は今流行りの激しい曲をコピーするという話だ。

 ベースやギターの準備が始まった。生徒は口笛を吹いたり笑いを取ろうとする人がいる。


「浦賀くん。鳥越と一緒に前へ行かない?」


 楓が俺の前まで歩いてきた。横には控えめな鳥越がいる。


「北野。行こう」

「えー……」


 俺も行きたくなかった。でも、彼女の提案を払い除ける理由にならない。とりあえず前に進むことにした。楓は俺の邪険な思いを取り払ってくれる。相手は目立つ人間だから地味な俺のことを低く見てるのだろうなという卑屈が輝きに焼き殺されるのだ。


「私も行ってよか?」


 横から月子が手を上げる。身長が高いから男子よりもたくましい腕が目立つ。


「当たり前だよ。行こっ」


 彼女は普段のメンバーを鳥越だけに収めている。彼女は俺と目を合わせようとしない。


「あっ、そうか」

「浦賀くん?」

「気を使ってるのか」


 俺の肩は叩かれたけど痛くない。楓は嫌なところ見られたと気まずそうに手を出していた。


「そういうのわかってても言わないもんだよ」

「はいはい」


 バンドの演奏が始まった。俺たちは前に一列で曲を聴いている。席から立つ生徒は多かったから、隣の人と衝突に軸を揺らしてしまう。


「うわ、浦賀がいる」

「最近、鳥越と調子いいよな」


 ボーカルは声の震わせて、体育館の広さを支配した。その低く甘い音程取りに観客を熱狂させて学校というしがらみを忘れさせる。ギターの演奏も収まるところに収まって音の配置が正確だ。あくまで目立つのはボーカルとドラムだった。そう、ドラムは荒々しく駆け足のように叩いてある。これでは曲をまとめるだけじゃなく、先を急かす先導する役割をしていた。あの自由なドラムが俺たちを別のところに連れていく。


「浦賀、邪魔」


 ベースの唸り声が主張した。サビ前の演奏は息を呑む。あまりに自然な演奏で、完成度の高いコピーだと実感した。



 俺と楓は外で店番をしている。一日目は俺の仕事になっていた。面倒を今に押し付けるから、二日目は自由に動ける。明日はメンバーで回ることになっていた。

 鳥越と楓は普段通りの仲間で、そこに月子が一緒に歩く。そこに俺と北野が邪魔することになった。俺の友人は正直者だから嫌われるけれど、女性陣を説得して事なきを得る。男ひとりで回るのは疲弊するだけだ。彼の思い切りは俺の心を軽くする。


「浦賀くん。笑ってる」

「笑ってないよ」


 店に人はあまり来なかった。学校外の知り合いや中学に友達だったもの。そういった人脈が文化祭で活かされている。何も持ってないものを表面化していく。それが文化祭かもしれなかった。俺は何も持ってない。


「浦賀くんはぼっちだね」

「三日目やめようかな」

「え、いやいや。勘弁して!」

「あの、すみません」


 正面に大柄な男が立っていた。小麦色の荒れた肌。誠実そうな顔立ちに、引き締まった上半身。馬場が来店した。


「唐揚げ五つください」


 後ろから冷やかしの声がした。楓は俺の足をなぜか踏む。俺が手際よく用意して、彼に金を手渡し、商品を前に置いた。


「何だあいつ」「空気読めよ」

「あ、ありがとうございます」


 馬場は露骨に落ち込んでいた。漫画みたいな振る舞いなのに受け入れられている。後ろ姿は同情するほど惨めだった。


「楓、俺はあれの前でデートするのか」

「ほんとごめん」


 想像以上に厄介だった。もっと周りの人を理解すれば避けられたはずだ。

 俺の後悔は前方の影に打ち消される。


「いらっしゃいませ」

「やあ。来たよ」


 黒スーツに髪の毛を後ろにまとめてある。要が二人の前に立っていた。今日は護衛を後ろに置いている。

 彼女は下を向いて顎をさすった。


「唐揚げを販売したんだ」

「鳥越から聞いてないですか?」


 彼女の蛇みたいな目に俺が映る。


「君たちはダンジョンに行かないね」

「ダンジョン?」

「要さん。ここではちょっと」


 口が勝手に動いていた。頭は楓に聞いてもらいたくないという言葉で真っ暗だ。


「いや、お小遣いあげるんだよ。来た方がいいのに、こうやって、買えるんだから」


 胸ポケットから一万円の束を取り出した。後頭部が殴られたように頭が冷たくなる。


「からかって悪いね。とにかく私も寂しいんだよ」


 彼女はダンジョンに来ることをお願いしてきた。護衛にもあげるからと10個を要求する。二人と裏方は用意して、お釣りを渡した。


「そうそう。鳥越が君に絡めなくて困ってる。話しかけてあげてよ」


 そう言うと金を戻し、立ち去った。


「ねえ、浦賀くん」

「何も言わないでくれ」

「あの人、絶対に危ない」


 女性の勘だからと茶化した。しかし、その指は小刻みに震えている。

 そうして一日目は終了した。

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