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(一)探偵は思い出す。

一応縦書きで作りましたので、縦表示の方が読みやすいかもしれません。

 探偵は窓辺でコーヒーを飲もうと四苦八苦していた。とりあえず、カップが熱い。優雅に口を付けたいのだが、何ともうまくいかない。どうにかこうにか熱いのを我慢し(冷ますなどという作業―例えば息を吹きかけたり―はかっこ良くないので却下である)、一口含む。口の中には深い味わいと、軽い酸味、ややもてする苦みが広がる。わけはない。探偵が思ったことは実に単純明快。

 苦くてまずい。

 ただそれだけであった。

 なぜにこんな苦いものを人々は好き好んで飲んでいるのか探偵は非常に謎であると感じた。もしかしたら私は騙されているのかもしれない。私がこれをおいしそうに飲んだら物陰から、

「サプラーイズ!」

 などと、中途半端に外人かぶれした方々がやってくるのではなかろうか?

 そんな疑問が頭にもたげる。

 いや、もしかしたら、世界中の人々は、これがまずいのを承知でかっこつけるために飲んでいるのではなかろうか?そもそも、コーヒーを飲むとかっこいいという考えこそが、コーヒー屋が考えだした罠なのではないだろうか。まさに、ヴァレンタインでーを利用してるチョコレート屋のように。

 そんな考えも頭をもたげる。もたげる?まぁいい。

 もちろん、探偵は好き好んでこんなものを飲んでいる訳ではない。ことの発端はこうだ。



 一週間前、探偵はいつものようにチラシ配りをしていた。バイトではない。探偵事務所のチラシだ。探偵稼業というのは広告第一。昔ながらの客や、客を斡旋してくれる人物も存在しない探偵は地道に自分で広告を配るしかない。もちろん、秘書なんていない。そんな人物を雇う金などない。チラシでさえも自前のパソコンで作り印刷したものを、大学生面して近くの大学でコピーしてきたものだ。経費は押さえなければならない。

 いや、コーヒーの話だ。

 探偵がいつものようにチラシを配っていると、何者かがジーパンを引っ張っているのに気づいた。探偵はジーパンを愛している。なので仕事中(例えそれがチラシ配りであろうとも)はいつもジーパンを履いていた。最も、探偵の愛なんてたかがしれたものだ。

 つい先日、いきつけのショッピングセンター『J』で特に買う気もなくウィンドウショッピングをしていたときの話だ。

「試着していかれませんか?」

 と突然店員に声を掛けられた。受け答えできないとかっこ悪いと思っている探偵は、

「あ、いいんですか?」

 といかにも初めから購入する気でいますという感じで試着室へ向かった。しかも、いざ試着して外に出てみると、

「わぁー、ものすごくお似合いですよ、お客様!」

 との褒め言葉(探偵はそう感じた)に、探偵は一も二もなく、

「いくらですか?」

 とすました感じで財布から金を出していた。

 気づいたときには探偵は店を出ており、今週の生活費は何者かの手によってジーパンに変えられていた。

 探偵は思った。

 俺はジーパンを愛しているのだ、と。

 それはおそらく、世界中の多くの人がしている、自分納得術のひとつであった。

 そう、コーヒーの話。

 ジーパンを引っ張っているのは子供だった。

「ぼく、どうしたんだい?」探偵は、世界中の子供なんて消えればいいのに、などとはいっさい考えないタイプの人間なので微笑みと共に子供に声を落とした。

「おじちゃん探偵なの?」子供はすばらしく純朴な目で、まだお兄さんだと完全に思っていた探偵をおじちゃん呼ばわりした。

「そ、そうだね」探偵はややも動揺した。「どんな事件でも、お兄さんならすぐに推理して、真犯人を暴いてみせるよ!」探偵はとくにお兄さんの部分を強調した。

「おじちゃん」子供には伝わらなかった。「僕頼みたいことがあるの」

「え?」

「いなくなったんだ」

「だ、誰が?」事件の香りがした。

「僕の親友が、いなくなったんだ!」

「親友が?それは誘拐事件じゃないか。おもしろい!」探偵は不謹慎な台詞を吐いた。最も、それは探偵にとって久しぶりの事件(探偵は最近主に鍵の取り替えや引っ越しの手伝いをしていた)であるのでしょうがなくもない。

「そう誘拐事件だよ!おじちゃん、見つけてくれる?」

「もちろんだ」でも、と探偵は思った。「でも、ぼく。お金持っているかい?」

「お金?」

 誘拐事件は引き受けたいが、お金を持っていない子供の手伝いをしたところで、探偵の腹は膨れない。資本主義なこの国で、無償の奉仕活動は金持ちかモノ好きなやつしかできないのだ。探偵はどちらでもない。

「お金がないとお兄さんは手伝えないよ」探偵はここでもしっかりお兄さんを強調した。

「うーん、ちょっとまってね」

 そういうと、子供はどこから取り出したのか、携帯電話で誰かに電話をかけ始めた。

 こいつ携帯電話をもってるのか。もしかしたら金持ちの息子かもしれない。探偵の脳は安易だった。そもそも探偵は携帯電話を持っていない。

「うん、わかった」子供は携帯電話をパタンと閉じると、肩から下げている黄色いバックに入れた。「おじちゃん、百万までならだせるって」

「なに?」百万円あればうまか棒が十万本買えることを探偵の脳内コンピュータがはじき出した。

「百万で足りるかな?」

「もちろんだとも、少年よ!」探偵はいとも簡単に話にのった。

「じゃあ、一緒に見つけよう、僕の親友のアレサンドロを!」

「ん?」探偵の脳内コンピュータが、百万円あればウニクロのジーパンを買い占めることが可能なのではないのか・・・などの計算途中でふっと、停止した。アレサンドロ?

「なに、アレサンドロって?」

「だから親友だよ。ぼくの親友の、クマのアレサンドロ!」

 ん?クマ?えーと。

「クマってあれかい?あのふかふかしたやつかい?」

「そう」

「あのふかふかで、ふさふさなやつ?」

「そう」

「人形?」

「んーん、おじちゃんよりちょっと大きい」

「ん?ちょっと大きい・・・人形?」

「違うよ!生きてるやつ!」

 無理だ。

「ちょちょ、ちょっと待ちなさい!どうしてクマがいなくなる訳?そもそも、クマがいなくなったら警察が全力で探さないと被害が出ちゃうでしょうが!」

「うーん、なんかよくわからないけどお母さんが、キョカもらってないから、だって」

 いよいよ危ない。

「あ、悪い、お兄さん急用思い出した!」探偵は嘘で逃れようとした。

「え、なにそれ、嘘でしょ!」早くもばれた。

「ほ、ほんとだよ」

「なんだよ、急用って?」

「え、そりゃ、えーと、あ、お兄さん塾あるから」探偵は嘘が下手だ。

「なんで大人なのに塾行くのさ?」子供はもっともなことを言う。

「え、そりゃ、お兄さん勉強好きだからだよ」

「嘘だー。ねぇお願いだよおじちゃん、ぼくの親友なんだ。アレサンドロを助けてよ!アレサンドロはきっとぼくを探してるよ。ぼくもアレサンドロを探さなきゃ!あいつの唯一の友達はぼくで、ぼくの唯一の友達はあいつなんだ!友達は、裏切れないよ!」

 本人は気づいていないが、探偵はとてもピュアな心の持ち主だった。それが故に、少年の言葉に胸をしっかりと打たれた。

「・・・わかった。お兄さんが、アレサンドロを一緒に探してあげよう!」

「やったぁ!」

「ただし」

「ん?」

「・・・お金はちゃんともらうからね」探偵はもらうものはもらうたちだ。


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