4.休日の過ごし方は
宿のセイラおばちゃんに休養を言い渡されてしまったため、今日のところは冒険はお休み。折角お金も手に入ったことなのでお買い物に行くことにした。
「そんじょそこらのアイテムでしたら、魔力を変換した方がお得なんですけどね」
それはそうだが、物を知らなければ作ろうとも思えねーじゃねーか。
「なるほど。それじゃ知ってるアイテムをすぐ作れるように、リスト化しときます?」
よろしく。
「では、リストに載せるアイテムを10個まで登録しておきますね」
ずいぶん少ないな。増やせないのか?
「私が意識を持ったのは昨日ですよ? そんなに高レベルなスキルに見えます?」
……OK。レベルを上げろってか。
「そういう事です。あ、単なる脳内メモみたいなものなんで、必要ならご自身でノートに書いててもいいんですよ?」
あ、はい。おまけ機能なだけなのね。
鉛筆や消しゴム、ノートなどとは縁のない生活が手に入ったかと思ったんだが、どうしてこうなった。
すぐに取り出す必要があったり、頻繁に使うような物は【基礎】スキルに登録する事にして、後々作ることになるだろうアイテムは自分でノートにまとめる事になった。
「そうそう。使用する魔力量も書いておきましょうか。ステータス画面でMPとか書いてあるんでしたっけ?」
なるほど。必要魔力目標があれば、計画が立て易いだろう。僕の今のMPは、最大が86だ。大人の平均が100らしいので、子供としては多めな量だし、結構作れるのではないだろうか。
じゃ、まずは水だ。水さえ飲んでれば命は繋げるからな。
「500mLの水を作るのに魔力が50ですから……普通に【水魔術】を使った方がいいですね。消費魔力が10くらいでしょうし」
……おまえ、要らなくね?
「どっかから水を持ってくるだけの【水魔術】スキルなんかと一緒にしちゃいけません。私は物を作り出すんですから、そんじょそこらに存在しない物を作ればいいんです」
ふむ。今朝作ったマジックバッグにマジックグローブみたいなやつか。あれはどのくらい魔力が要るんだ?
「それぞれ1,000ちょいくらいですかねー。昨日のダンジョンで集めたのが2,200くらいですから、ほぼ空っぽですよ」
ずいぶん必要なんだな。マジックアイテムを魔道具で再現できないのが何となくわかった。
「既存の袋や手袋を道具屋で買ってきて、重量軽減やら魔力収集の回路を仕込めばできますけど?」
もういい、わかった。やれば可能なのね。やれる人が存在するかどうかは置いといて。
【基礎】の話をまとめると、魔力を物質化する材料としてそれだけの使用量になるらしく、あとはそういった物が存在する希少性で安定化のために使う魔力がそれなりに必要らしい。
E=mc^2とか自由エネルギーやらエントロピーやらエンタルピーだか存在確率なんかの話は、異世界人に出会った時にでもしてやってくれ。算数や理科はさっぱり解らないし。
要するに、重い物や珍しい物は作るのに大量の魔力が必要というのだけ解った。
とまあそんなやりとりをしながら文房具を買った雑貨屋さんの中を見て回っていたわけだが、足を止めて【基礎】の難しい話を聞かされているところを店のおっちゃんに見られたらしく、不審者を見る目をされたのでそそくさと退散することにした。
◇
王都内を一通り流し歩いて価格調査をした結果、おおよその傾向がつかめてきた。
銅貨1枚の商品が、だいたい魔力100くらいで作れるらしい。1銅貨均一ショップの物が魔力80〜110くらいだから、まず合ってるはず。
これはひょっとして、異世界人伝説に語られるチートスキルの【鑑定】並みにすごい事なのではないだろうか?
「あー、確かに必要魔力量は物の価値に比例する部分ありますからね。そういう利用法もありますかね」
【基礎】のお墨付きも出た。いざとなれば目利きで大富豪になるのも夢ではないだろう。
「物体としての価値しか判らないですけどね。有名画家の絵でも3歳児の落書きでも、同じ画材使ったらそんな魔力差になりませんし。魚なら寄生虫がびっちり詰まってる重いやつの方が魔力量多くなるはずだし」
おいやめろ、想像したじゃないか。これからお昼だってのに……。
王都を南北に貫く中央ポプラ通りを二等分する位置にある、エルチェスター中央公園のベンチに腰掛けて、昼ごはんのお好み焼きを食べることにした。アレな想像は様々な屋台の現物イメージで上書きするに限る。
小麦粉生地の内部から立ち昇る湯気で削り節が踊り、ソースや青のりとの絶妙な香りのハーモニーを放っている。
「いただきま……」
いざ食べようと割り箸を割った瞬間、ソレと目が合った。
「やあやあ、きみきみ。お花を買ってくれないかい? お代はそれでいいよ」
暗い青色のボロいローブを着た少女が、お好み焼きを指さしながらよだれを滴らせた顔で花籠を突き出してきた。
恐る恐るお好み焼きと割り箸を渡すと、少女はもの凄い勢いでかっ喰らい……吹いた。
「ぐえっほげっほ……ふう、これが広島焼きだったら鼻から焼きそばを垂らしていたところだよ」
「いや、まあ、うん……」
僕は銅均ショップで買った飲料水を少女に渡し、顔中にぶっかけられたキャベツやら紅ショウガを水飲み場で洗い落とすために席を立った。
「あ、待って待って。すまなかったね。僕としたことが、色々お世話になっておきながらこんな失礼を……。今、顔を拭こう」
少女が懐から手拭いを出し、甲斐甲斐しくかつてお好み焼きだった物を顔から落としてくれた。
「うーむ……うぅーむ……大変申し訳ない」
「いえ……もういいです」
公園の噴水池をちょいと覗いて見たところ、真っ黒に墨染めされた僕の顔があった。
「なんかもう、疲れた」
「それはいけない。この近くに僕がお世話になる所があるんだ。休んでいってくれよ」
「大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫さ。……場所さえ判れば」
うん、ちょっとかわいいからといって、珍妙な人と関わってはいけない。もう覚えた。
「僕の仲間がこの近くの店で働いてるらしくてね。ちょいと厄介になろうと来てみたんだが……どこがどこやらさっぱりで、探してるうちに力尽きてね」
「ははあ、何ていうお店なんです?」
「ドーヒン魔道具工房ってらしいんだけど、知ってる?」
僕は中央ポプラ通り側にある、特徴的な建物を真っ直ぐに指差した。
5階建てのビルの上に巨大な店主の頭が乗っているという、異世界人センスが溢れる逸品だ。口元に十字の飾りを付けて、白い歯がきらりと光ってさわやかな様を表現しているという話を、小学校の社会科見学の時に聴いた気がする。
あれが見つけられないというのはちょっとアレだとは思うが、まあいい。この子はあそこに誘導して、僕はこっそりお暇するというのが最善だろう。うん。
「ぶふっ! あれ、洞賓じゃん! ああ、何仙姑の嫌がらせというか、お仕置きかね。だいたい分かったよ」
「それはなにより。じゃ僕はこの辺で……」
「おっと、まだお詫びとお礼をしてないじゃないか。遠慮せずに一緒に来てくれよ」
まわりこまれてしまった。
なにこの子、ダンジョンに出るボスモンスター並みに手強いんだけど。小学校の同学年で反復横跳び1位記録保持者の僕以上の動きとは、なかなか凄腕の冒険者に違いない。冒険者ランクSSSと言われるリョガンさんのお店に知り合いがいるくらいだし、間違いないだろう。
「さ、行こ?」
唐突に握られた手の柔らかさと破壊力満点の笑顔、そしてもの凄い力とスピードに別の意味でドキッとするという不整脈がいつ起こってもおかしくない状況に困惑しながら、爽やかな顔看板のお店に連れ込まれるのであった。