2.少年は冒険に心ときめかせ
「登録お願いします!」
「あらノエル君じゃない。ついに10歳になったのね、おめでとう」
王都の門を抜けてすぐそこにある冒険者ギルドにやってきた。
目の前の女性は総合受付のサラさん。小学校に上がったばかりの時に「ぼうけんしゃにしてください!」と言った僕を覚えていてくれたらしい。
あの頃は『小学生になったら冒険者になれる』と思い込んでいたので、意地悪だなんだとさんざんやらかしてしまったものだ。その後、お子様用お手伝い窓口に案内されて、薬草やらクズ魔石などの買い取りについて教えてもらうまでがワンセットの春の風物詩なのだが。
「それじゃあ、申込書に記入してね。登録証のプレートはできあがるまで時間がかかるから、今日クエストを受けるなら仮の登録証を紙で発行するわ。どうする?」
「はい、早速クエスト受けてみます」
この国で成功するには、主に3つの方法がある。
1つは商人として、ヒット商品を扱う方法。
ヒット商品は自分で開発してもいいし、開発した人とコネを作って販売専門でやってもいい。問題点は、これができるヤツは大体が異世界の知識を持った異世界人だということだ。というわけで僕には無理。
2つ目は勉強して貴族試験に合格し、文官武官として役人になる方法。
最低ランクの騎士爵でも、最初から地方領地の騎士団入りや役場での役付きになれたりする。いわゆるエリートコースだ。
試験自体はどんな子供でも受けさせてはもらえるが、大体は10歳から入れる『学院』と呼ばれる学校で武術や学力を身に着けなければ合格できるものではない。そんなわけで、勉強には時間がかかるがその間の生活費はかかるということで、お金の無い僕にはやっぱり無理。
というわけで最後3つ目の方法が、冒険者として成り上がる方法だ。
薬草や魔石、獣や魔物の素材などを集めては地域産業に貢献し、害獣やダンジョンが発生すればこれを討伐してみんなを守り、世界各地のや遺跡を探索しては謎を究明して文明を発展させる。そんな知恵と力、勇気と優しさを兼ね備えた冒険者は、SSランカーまたはSSSランカーなどと呼ばれ、この国だけでなく数多の地域の人々から尊敬される存在になる。
まあ実際のところ冒険者ギルドでのランクはS級が最高位であり、SSやSSSなどというのは一般市民による称号なだけなのだが、その影響力は国王に匹敵する場合がある。このエルドラントの初代の王様は元々冒険者で、近隣のダンジョンを平定してダンジョン産業の根幹を作ったことで王様になったという話だ。
1番厳しい道ではあるけど、王様にすらなれる可能性もあるなら頑張る価値があるだろう。
そんなわけで、千里の道も一歩から。僕は今、最下位G級のクエスト一覧を眺めて迷っていた。
このランクの仕事は、僕のような初心者が冒険者生活に慣れるためだったり、怪我から復帰するときのリハビリなんかができるように、体の負担が軽い仕事や未経験者OKな仕事がほとんどである。
地方の領地から王都に出てきて仕事をする貴族様に臨時で雇われるお手伝いさんなどは、荷物の搬入や搬出などといった力仕事もあるが、屋敷の掃除や庭の手入れなどがほとんどで、数日拘束されても日当が銀貨1枚と割りが良いため、大人気ですぐに募集定員が埋まってしまう。
今はお昼を少し回った時間で、残っているのは薬草や魔石取りなどの常設依頼だけだった。
「サラさん、今日は『洞窟』で採集してみます」
「がんばってね。はいこれ、仮の登録証よ。向こうのクエスト受付カウンターで受注手続きしてきてね。買い取り額が下がっちゃうから」
常設依頼でもクエストの受注手続きはしなくてはいけない。これはギルド員の安否確認と、突発持ち込みで買い取り窓口が機能不全になるのを防ぐのが目的だ。流石に報酬が半分になってしまうのであれば、手続きしない人などほとんどいないだろう。
手続きしない場合は、だいたいが子供がお手伝いレベルで取ってくる物か、他のクエストのついででちょいと手に入った物などの場合だ。これくらいならばそれほどの手間じゃない。
僕は手続きを済ませ、すぐさま『洞窟』と呼ばれるダンジョンに向かうことにした。
冒険者登録ができなかった今までは、お子様用に開放されている『ほら穴』と呼ばれる地下5階までしかないダンジョンで、虫モンスター相手にクズ魔石を取っては納品していたので、冒険者活動の最初は絶対『洞窟』にしようと決めていたのだ。
◇
「ノエルさん、そんで今日のお目当ては?」
「石拾い……かな?」
人もまばらになった『洞窟』付近で、おしゃべりスキルが話しかけてきた。
冒険者登録で興奮してるところで話しかけてこないあたり、なかなか気が利くやつなのかもしれない。
「いや、事務手続きなんてつまらないので寝てました。で、どんな石を探せばいいんでしょ?」
こいつに情緒を期待するのはやめることにした。
今日受けてきた依頼は、鉱石採集である。
ダンジョンは魔力が溜まりやすい場所なので、それが凝って魔物になったりアイテムになったりするのだ。奥深くまで行けば行くほど魔力も凝りやすく、到達する人も減るので取られていない場合がおおいわけだ。『地下迷宮』と呼ばれる王都最大のダンジョンの奥底には、どれだけのお宝があるのだろうかと想像するだけでワクワクする。
しかしまあ今回は冒険初心者向けの『洞窟』とはいえ、初めてのダンジョンでいきなり奥深くまで行くのは危険なので、入り口付近でできる依頼というわけだ。やれるのはアイテム拾いか魔物討伐で魔石集めなわけだが、人が大勢入る1階では他人に討伐されて魔物にそれほど遭遇するわけも無いので、必然的にアイテム集めしか残っていないわけだ。
仮の冒険者証といっしょにもらったダンジョンガイドには、洞窟内のあちこちに鉄鉱石や水晶などの鉱石が落ちていると書いてあるので、それを集めたいと思っている。
「ははあ、なるほど。だとすると、魔力溜まりができやすい袋小路を中心に探すのが効率的ですね」
流石ダンジョンを作れてしまうスキルさんは物知りだ。
「『魔力をさまざまな物質に変換する』ってのが私のスキルとしての本質ですからねえ。同じ事が自然発生してるダンジョンなら、予想はできますよ」
よしよし、ならば早速魔力が多いという袋小路のアイテムを集めに……って、ちょっと待て。じゃ、ダンジョンの魔力を使っていろいろと作れたりする?
「ん? 私が作るんですか? ダンジョンの魔力をノエルさんが取り込んでくれるなら、それで作れますよ」
なんか条件を付けるような言い方なのがすごく気になる。「普通そんな事できないんですけどねー、プギャー」みたいなことを言ってきそう。
「ダンジョンの魔力って循環が悪いためにどんよりしちゃって、人体には有毒なんですよねー。ですがノエルさんならダンジョンコアで取り込めばいいから楽なもんですよ、うん」
ああ、瘴気のことか。子供に瘴気は体に悪いってんで、子供用ダンジョンまでしか入れない決まりになってたんだもんな。
それならそれでまあいいや。行き止まりまで行ったらダンジョンコアを出せばいいんだな?
「ええ。今そのダンジョンを支配してるコアを破壊したら、乗っ取ったりもできますよ?」
あほか! 国が管理してるダンジョンのコア破壊なんてテロ行為だぞ。死刑待ったなしだわ!
はぁ、もういい……とりあえず今日はダンジョンの隅っこで魔力集めて鉱石拾いな。
◇
「お、坊主、新顔だな? 入洞チケット売り場は向こうの小屋だぜ。入る時にスタンプ押すから、声かけてくれや」
洞窟の入り口にいた兵士さんに教えられ、銅貨5枚でチケットを買ってきた。
ダンジョンから出てくる魔物対策は国の仕事ではあるが、騎士団による間引き等で人件費なりは相応にかかってしまう。狩場の整備にかかる費用は、冒険者が各自受益者負担として相応の入洞料として一部を負担しているのだ。小学校の社会科見学で教わった。
「そんじゃ、行ってきます」
「おう、がんばって稼いでこいや!」
僕は兵士さんにスタンプを押してもらい、洞窟に一歩踏み込んだ。
ここから先は魔物はもちろんのこと、トラップにも注意しなければならない。今までの子供用ダンジョンとは違うのだ。警戒しすぎという事は無い。
「魔力の流れを見れば、どこにトラップがあるかなんてすぐ判りますよ? 気楽に行きましょうって」
ときめく冒険心に水を差すな! 初めてなんだぞ? 少しぐらいわくわくどきどきしたっていいじゃないか!
「はいはいそーですねー。じゃ、つきあたりを右に行ってみましょうか」
……もういい。今日はお金を稼いで宿に泊まる。この目標が達成できればそれでいい。じゃ、右だな……。
「おおー! ギルドの資料室で見たことある! 鉄鉱石だ! 銅鉱石もあるぞ!」
「はいはい慌てない慌てない。石ころは逃げませんからねー。ズダ袋にいっぱい集めるんですよー」
地下深くほど魔力が凝集し易いため、だいたいの冒険者は強力な魔物の素材や魔石、良質なアイテムを求めてすぐに下の階に行ってしまう。僕のように1階の奥底まで行ってアイテム探しなどという人はほとんどいなかったんだろう。目の前は宝の山だ。
とはいえ地下1階くらいでは、種類はあっても量はお察しだ。ズダ袋いっぱい集めるには、階層一周しなきゃいけないだろう。
「じゃ次行こうか」
「おっと、まだ瘴気が残ってるじゃないですかー。集めるんでしたよね?」
お宝に夢中ですっかり忘れてた。瘴気をダンジョンコアで集めたら、好きなアイテムを作れるんだっけ。
で、どうするんだ?
「ダンジョンコアをペンダントサイズから元のサイズに戻します。周りの瘴気をずびーって吸ってくれますよ。終わったらまたペンダントに戻しますんで」
僕がペンダントを外すと、コアが巨大化した。気持ち程度に空気がきれいになった感じがする。
「はい終わり。次行きましょ次」
「お、おう……」
僕は【基礎】の言うままに地下1階を一周して、冒険者第1日目の活動を終えてダンジョンを出た。
観光ガイド付きの冒険は今まで憧れてきた夢と希望を打ちこわし、とっても現実感溢れる思考に引き戻してくれた。
さようなら僕の夢。そしてこっちくんな現実。
「はいはい、早いとこギルドでお金もらって、宿で休みましょ。今夜は良い夢見られると思いますよ?」
そっちの夢じゃねーよコンチクショイ!