表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/15

08.初花の季節

08.初花の季節





最近の椿は、何日も社から抜け出して村の中を歩き回っている事が増えた。しかも夜にもそこいらをウロウロしているらしい。

らしい、というのは、俺は社の結界からは出られないから鳥に話を聞いているだけだ。


「ふうん。あっそ、だからなんだ。」


「随分とご機嫌斜めだのう〜、椿が気になるか?」


ギロリと睨みつけてやれば、慌てて空に飛び上がる鳥。何が言いたいんだこいつはよ。

あのガキの動向をいちいち俺に伝えて来て一体なんのつもりだ。あいつがどこで何をしても俺には関係ない。


「無自覚もここまでくると面倒な。椿もなあ、何かを望みそれが叶えられた事が極端に少ないせいか、自分の中の欲に気づきもしない。」


ため息まじりにそういう鳥は、気の毒そうな顔をした。鳥のくせに表情筋が豊かな奴だ。


「なんだかやりたい事があるから毎日ふらふら出歩いているんじゃないのか?ほれ、なんだ、あの男、あいつを見に行ってるんだろ。」


無表情に鍬を振るっていた男を思い出した。なかなかに精悍な顔立ちの男だった。無骨な雰囲気だが、野良仕事にも手を抜かずきっちりと仕事をする奴なのだろう。整然と並ぶ畝と、たわわに実る豆の鞘を見ればそういう事だと確信する。何せ人間どもはその一生を自分の口に出来るものを作る事に費やすのだ。だからあれだけ立派な野菜を育てられるのであれば、きっと人間の中では上等の部類に入るのだろう。


なんにもわかっちゃいない。そう言いたげに首を振る鳥は、力なく俺の頭に舞い降りた。


「椿のやつは最近夜まともに寝てはおらぬ。気づいていたか?」


それは鳥に言われるまでもなく気づいていた。夜毎うなされるあいつの声は聞こえない。でも、何度も目を覚まして寝返りを打ち、時には鼻をすする音に気付かないわけがない。


「村に行ってみるよう勧めたのは儂じゃ。あの娘もそろそろ片をつけなくてはいけない時期になってきたのじゃろう。」


難儀な事じゃ、そう鳥が呟き溜息をついた。




寝転がった床に響く振動に目が覚めた。

ドタドタと屋敷の廊下を走る音が聞こえたが、こんな歩き方を俺以外でするのは当然椿しかいない。何しろもう一人は鳥の姿だ、あしおとなど立てようがないのだが、子供の頃ならいざ知らず今の椿がそんな風に駆けてくる事は珍しい。


「なんだ、どうかしたのか?」


顔をまっかにした椿が立っていた。

目に涙を溜めて、声が出ないのをもどかしそうにしている。


「紙に書けよ、でないとわからん。」


いつも肌身離さず持っている携帯用の紙と筆と墨壺を取り出すよう促し、そこでようやく筆の存在を思い出した様子の椿だが、なぜだか書く事をためらっている様だ。

そして俺も気付いた。


「椿、お前どっか怪我でもしたか?なんか血の匂いがする。」


人間の鼻よりよっぽど効く、その俺の鼻が血の匂いを嗅ぎつけたんだ。正直俺のほうが血の気が引く思いだ。どれだけ出血してるのか、かなりの深さの傷かもしれない。

人間なんてあっという間におっ死ぬ、脆い生き物だ。少しの傷でも命取りになるのかもしれない。


「おい、大丈夫か!痛いのか?怪我か?どこやったんだ!」


立ち上がって椿の腕を掴めば、堪え切れなくなった様にボロボロとこぼれだした涙。泣きながら俺を見上げる椿は、子供に戻ったみたいだった。

そして椿の足を伝う赤い血が、廊下にポタポタと落ちて来た。







「そりゃ初花じゃよ。心配いらん。まあ、これで本当に大人の仲間入りじゃな椿。」


「けっ!慌てて損した。つか慌ててねーし。俺関係ないし。」


なんだよ、びっくりさせやがって。

泣きながら鳥に奥の部屋に促された椿は、その手当のやり方を教えてもらったらしい。

椿はというとなんだかぼんやりとして、心ここに在らずといった程だ。


「椿は初花の事は知らなんだのだな。無理もない、神の花嫁になったのはまだ八つの頃じゃ。そういう母親が教える様な事は一切知らぬまま育ったのだからな、仕方のない事じゃ。」


恥ずかしがる事ではない、そう付け加えた鳥の言葉に頷きながらも、相変わらず顔を染める椿。

なんで鳥がそんな事知ってるんだと突っ込もうとしたが、そもそもあいつは産土神だ。人の体の事であれば、あいつが知らない事などないのだろう。なら鳥に椿を預けておけば安心という事だ。


安心?


なんで俺がそんな事思うんだ。関係ないのに、たかが人間の小娘の事など、俺にとって何ほどの物か。

最近の俺はいよいよ本当に頭がいかれてきたらしい。焼きが回ったものだ。いい加減ここから出なくては。なぜか自分を保っていられない様な、不安定な自分自身に苛立ちを覚える。


「まあ、今夜は赤飯でも炊くとしよう。これで椿の体は子を産めるようになったということじゃでな。目出度い目出度い。あー、儂がやってやりたいがこの形では米もとげぬ。悪いが自分でやってくれ。」


パタパタて羽根を広げて見せる鳥。

自分で自分を祝えってか、なんだそれは、と脱力しかけた俺は鳥の言葉を思い出す。


子を産める体だ?

誰がだ?もしかしなくても椿がか?

あの細っこい腰つきで子を孕むのか?

それに、一体誰の子を?







お読み頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ