表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

07.食料事情と団欒の記憶

07.食料事情と団欒の記憶




朝か、喰い物の匂いがする。

って事は帰ってきたのか。

ったく!

あんの不良娘どこほっつき歩いてたんだ。

そう文句も言ってやりたい気もするが、取り敢えずいいにしてやか。

脳裏によぎる椿の泣き顔に、何とも言えない感覚を覚える。

胸元の合わせに手を突っ込んでボリボリ掻く。何だかむず痒い様な気がしたけど、痒い場所はハッキリとしなかった。


箱膳を抱え、いつもの様に椿が立っている。

あの時の泣き顔では無い、いつものあいつだ。何にもなかったみたいに少しはにかんだ様な笑みを浮かべて。

膳の支度が済むと、鳥と俺に手でそれを指し食べる様に勧めてくるのだが。


「あんだよ、喰えって言うから喰ってやるのになんか文句有るのか。」


ぽっかーんと口を開けたまま固まっている椿。

箸を持ち、茶碗を持った俺を凝視している。

里芋を突いていた鳥も目を丸くしてコッチを見やがる。

っつ!どいつもこいつも何だっていうんだ!


「白蔵よ、まぁ、あれだな。人の心の機微に疎いお主がのう、そうかそうか。」


何やら頷いて勝手に何か納得している鳥がいる。そして生暖かい目で俺を見ていた。

どいつもこいつも、なんだって言うんだ!


「ただの気まぐれだ!」


そう言って俺は飯をかっ込んだ。




『人間の食べ物はいかがでした』


目の前に差し出された紙を手に取ると、緊張した面持ちの椿が座っていた。

いつもの縁側に寝転ぶ俺の枕元にちんまりと座るこいつは、いつだって大真面目だ。俺の気まぐれにいちいち反応しなくてもいいのに、そう思う反面やっぱりそうくるかと思う自分がいる。


「なんか喰いごたえがねーな。ふにゃふにゃで、しかも味がしねー。」


がーん!

そう顔に書いてあるぞ。思った通りの反応に思わず笑った。

上目遣いに俺を睨む椿の頬が妙に赤い。


『妖の食べ物って、何ですか』


目の前でサラサラと筆を走らせる姿を見ると、随分と成長したものだと感慨深い。ほんのちょっと前のこいつは、ミミズののたくった様な字を一生懸命綴っていたっけな。


「そりゃ……」


言いかけて、飲み込んだ。

尚も紙を差し出してくる白い手を、シッシッと振り払う。

頬を膨らませてむくれる椿。


「さてな、自分で考えな。なんでも答えがもらえると思ったら大間違いだ。」


そう言い捨てて俺は外に出た。

この社にある結界の中でなら好きにしろと鳥に言われている。逆に言えば、この結界の中しか俺に自由は無いのだ。

なんてこったよ。

ここいらじゃちったあ名の通った妖だった俺がよう。何の因果でこんな鳥に顎でつかわれる使役神なんぞにさせられる羽目になるとは。

だがまだあの鳥との契約は済んではいない。正確に言えば使役神候補といったところか。だが、この結界から出るには契約をしなくては出すわけにはいかない、と鳥に宣言されているしで八方塞がりもいいところ。

それに、さすがに産土神だけあって、俺が簡単に引き裂いて殺せる相手じゃ無い。なにしろ実態を持た無い神相手に、どうやって喧嘩しろって言うんだ。

打つ手なしだぜ。


パタパタと軽い羽音がして鳥が俺の頭に降り立った。

間違っても俺の頭に糞なんか落とすんじゃねーぞ、という意味を込めて睨みつける。


「なんで椿に教えてやらなんだ。」


「あ?なにがだ。」


「お前の食物じゃよ。」


いつものからかい半分な物言いではない、鳥の声に気付かないフリをした。


「あいつが知ってどうなる。」


「椿には知られたくないのか。」


「別に……」


深く考えないほうが良いこともある。鳥もそれ以上は何も言わなかった。

社の屋根に腰を下ろし、ため息を吐いた。

見上げた空はどこまでも青く澄んで、時折綿毛のような白い雲が浮かんでいた。




◇◇◇◇◇





自分専用の小さな厨の上り框に腰を掛けて、自分の書いた紙に目を落とす。

白蔵に言われた言葉を思い返していた。

どうもこの社に来てから、自分を甘やかしてくれる鳥と妖のお陰で、随分ずるくなってしまったみたいだ。


村での生活は苦しかった。

食べるものも満足にはもらえなかった。もらえ無い事が当たり前で、何も持た無い事が必然であった。

『あの子よりはマシ。』

村の人間にそういう目で見られて、底辺の人間だとそう扱われても、それを受け入れるしか道はなく、自分もそれが当然なんだと思うようになった。

そう思う事で自分を守っていた。

でなければ苦しくて、辛くて、悲しくて、情けなくて、平静ではいられなかったろう。

その分大切な記憶はどんどんと曖昧になり、大好きな家族のことも、遠いものとなって揺らいだ輪郭でぼんやりとしか思い出せれなくなった。


自分にも家族がいたのだ。

ぼんやりとした家族の姿を懸命に思い出そうとすると、決まってある一場面が切り取られた様に脳裏に蘇る。


父は土間で竹細工を作っていた。

母は囲炉裏で夕飯ができたと私を呼んだ。

兄と手をつないで、家に帰った。


幸せな記憶。

けれど、その場面しか出てこない。それ以外を思い出そうとすると酷く頭が痛むのだ。

どうして私はひとりになったのか、どうして声を失ったのか、どうして片目を失ったのか……


最近なぜか気になって仕方ない。

思い出せ無いそれ以外の事を思い出さなくてはなら無い様な気がする。理由などないが、どうにも身の内がざわめいてくる。


手にした紙を帯に挟むと、厨を出た。

いつもの様に村を歩いてこよう。

少しは何かを思い出せるかもしれ無い。


お読み頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ