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03.あかぎれと山菜

03.あかぎれと山菜




全く、鳥の奴はふざけた力を持つ。

何故俺がここに囚われているのか、使役神などという雑用係が必要とも思えない。


里に積もる雪が緩み、蕗のとうがその柔らかな若芽を土から出す様になって来た。まだ寒い日が多いが、里には確実に春の訪れを感じさせる温かな陽射しが降り注いでいる。


椿が社に来てからと言うもの、色々な物がどこからともなく出てきて溢れている。

何より呆れたのは、椿が放り込まれた泉の近くに、小振りながらも屋敷が現れた事だ。それも椿が生贄にされた日の翌朝の事、都のお貴族様が住むような立派な手の込んだ作りだと一目で知れる代物が出現していた。

正直俺は目を剥いた。まったくどうなってるんだ。


「鳥、どっから出すんだこういう物を。」


「どうでも良かろう、それよりこれなど椿に似合うと思わぬか?」


美しい着物が屋敷の真新しい床に散らばり、朱、桃、黄、山吹、若草、水色と柔らかな色が散らばり、まるで春の野原のようだ。その中の一枚を嘴に咥え首を傾げる様子はただの鳥にしか見えない。


椿はそんな鳥の様子を見ても、首を横に降るだけだ。どうも一番最初にくれてやった着物が有ればそれで満足らしい。欲のない事だ。


人間てのはいつでもあくせく地べたを這いずり回って、空を仰いで一喜一憂する、矮小な生き物だ。

今日口に入れる物の為に生きているだけ。

何が楽しくて生きているのやら、俺にはさっぱり分からん。だから、この目の前にいる椿と言う子供についてもさっぱり分からん。ついでに言えば女の童の扱いなんか欠片もわからん。


「白蔵、お前も何か言え。椿、こちらの帯も綺麗じゃろう。遠慮などするな。」


ちょんちょんと着物の間を跳ね回る鳥は随分と楽しそうだ。


「こいつは迷惑がっているぞ、それ位にしとけよ。」


「なんと情けの無い物言いよ。少しは椿を労ってやらんか。」


けっ!鳥め!

そんなナリをしてるから分からないだけで、人の姿を取ればさぞやに下がった締まりの無いオヤジに違いない。むしろあのガキに掛けるべきは、この鳥に誑かされ無いようにしろという忠告だ。


所在無く佇む椿は、変わらず白い着物を着ていた。花嫁衣装であり、死装束にも見えるあの着物。水浸しになったそれが乾くと、ずっとその着物ばかりを着ている。

一度死んだ際に身に付けていた物だ、気分が悪くはないのかと思うが、気にすることではないらしい。それよりも、一番最初にもらった赤い色の着物が大切な様子で、時折畳まれたその着物をじっと見つめている。


「チッ、辛気臭いガキだ。」


「今はガキでも直ぐに花開く時期が来る。人の時間は短い。」


「まぁな。あっと言う間にババアだし、気が付けば棺桶だ。」


ふと辺りを見回せば、椿の姿は消えていた。







春先は、暖かいのは陽がある時だけで、夕暮れともなればまだまだ寒い。


「白蔵よ、椿を連れ帰って来い。まだ寒いからのぅ、風邪を引いたらいかん。」


「んなもん放っとけばいいだろ、そのうち帰って来るだろうに。」


自分で言った言葉に違和感を覚える。

帰って来る。

それは、ここがあのガキにとって自分の家と同等の存在だという事。

あれは人間だ、ここに居るべき存在ではない。


「……って言うか、いつまであのガキを置いとくつもりだ?」


「ん?まぁ、もうしばらく様子を見る。それから身の振り方を考えてもよかろ。何しろあの娘の帰りを待つ者は居らぬ。」


それもそうか、あのガキは独りきり。年端もいかないあの幼さでは、今更村に返しても生きては行けぬ。

そもそも死んでくれと言われて村から追い出された様なものだ。生きて帰ったとしても、いい迷惑にしかならない訳だ。


鳥に急かされ仕方なく社の奥の山に入って行けば、椿がしゃがみ込んで何やらやってる。その手元を覗き込めば、小さな手はあかぎれだらけ、そんな手で草を摘んでいた。

雪の下から芽を出す蕗のとう、わらび、ぜんまい、たけのこ……籠一杯に様々な山菜が入っている。


「ばかだな、鳥に言えば飯ぐらい直ぐに出すぞ。殊の外お前の事が気に入っているらしいからな。」


じっと俺を見つめる隻眼が、山菜の入った籠と俺を往復する。そして遠慮がちに俺を指差した。


「なんだ?俺にこれを食わせる気か?いらねーよ、人間の食いもんなんて、喰う気にゃならん。」


途端にしょんぼりと項垂れる黒い小さな頭。

艶やかな髪だが、量が多いのかかもじが乗っている様に見え、手入れも行き届いていないため、ボサボサとした印象だ。


俯く顔は髪に覆われて、その表情は窺い知れない。限りなく陰気なガキだ。しかもこいつは馬鹿だから村から追い出されたのかもしれない。何しろしなくてもいい苦労をわざわざやりたがるなんて、馬鹿だからだろう。


「おい、帰るぞ。」


そう言って踵を返したが、後ろの気配は未だ固まったままその場を動こうとはしない。


小さな手には薄っすらと血が滲んでいた。自分じゃない者のために血を流すなんて、間抜けな奴のする事だ。

馬鹿で間抜けで鈍臭いのろまなガキだなんて、本当にどうしようもない。このままこいつの世話役を押し付けられるだなんて、冗談じゃねえ。が、このまま放って置けば、また鳥がぶつくさ文句を言うに違いない。

小さく溜息を吐いた俺は、籠に手を伸ばした。


「早く来い、鳥が待ってる。」


山菜の山と入った籠を片手に歩き出した俺を、小さな足音が追ってきた。











お読み頂きありがとうございました。

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