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02.花の名前

02.花の名前





ふうっと息を吐いた子供は、瞼を震わせ薄っすらと目を開けた。もっとも右目は閉じられたままだが。


「よう、気がついたか。」


縛を解かれて自由になった筈が、ぼんやりとした様子の子供の視線は宙を彷徨う。

無理も無いだろう、殺されかけたのだからな。


「おい、分かるか?お前生きているんだぞ。この鳥のお節介のお陰でな。」


「言うに事欠いてお節介とはなんじゃ!こんな幼い子供を供物じゃと捧げられても困るだけじゃ。儂は生贄なんぞ催促した覚えはない。どうせなら柿やら山桃やら美味いもの食べたい。」


俺の頭に止まった鳥がぶつくさ文句を言っている。

未だ起き上がる気配も無く、一言も無い子供だがそれも仕方ないか。


他の人間の為に死んでくれと言われたんだからな。

自分の死を願う奴がいて、庇ってくれる奴はいなかったからあんな目にあったわけだ。

生き返った所で最早元の生活には戻れまい。


寝転がったままの幼子に、着物を放ってやった。

鳥が何処かから引っ張り出してきた。

さすが腐っても神。鳥でも神。

どこから、どうやって、なんて聞くだけ無駄なんだろう。


顔に掛かった着物を退けようと、小さな手が緩慢な動きを見せる。

と、一つきりの目が瞬いて食い入る様に着物を見詰めていた。


「濡れたままでは気持ち悪かろう。その着物を着るが良い。帯もあるし、ほれ、足袋もあるぞ。」


鳥が子供の耳元で囀るも耳には入らない様子で、ジッと着物を見つめ続けている瞳からは何の感情も読み取れない。古井戸を覗き込んだような空虚な黒が揺れていた。


声も無く只静かにあるだけだが、あの小さな体には似つかわしくない諦観さえ漂わせた姿を見れば、なんとも言えない後味の悪さに苛まれる。

だから嫌だったんだ。

舌打ちした俺に、怯えた視線を寄越す子供。

あのまま放って置いてやった方が、こいつの為には良かっただろうよ。静かに消えてしまえばこんな思いをせずに済んだろうに。


「とにかく着物を替えろ。その辺が水浸しになる。」


不機嫌な俺の声に、やっと体を起こした子供は這い蹲り頭を下げた。


「馬鹿者、怖がらせてどうするんだ。まだ体もキツかろうに、着替えたらまた横になればいいからな。」


鳥の癖に猫なで声で子供の近くを飛び回る。その癖俺は馬鹿呼ばわりしやがって、誰のお陰でこいつを助けられたと思ってやがる。

まぁどうでも良いがな。


着物を握りしめた子供が上目遣いに俺を見てくる。何か言いたい事でも有るのか分からないが、それならはっきり言え。そう言いかけた俺は、その言葉を飲み込んだ。


『ご、め、ん、な、さ、い』


声のない、唇の動きだけの謝罪の言葉。

ああ、嫌になる。

鳥の中途半端な善意が、このガキの命を長らえさせた。けれど、こんな世の中のありとあらゆる物に見放された様な子供が、生きていて良かったと思うのだろうか。


「……声も無くしているのか。可哀想にのう、じゃが心配するな。お前には自由に動く手があるじゃろ、字を教えてやるからな。それならお前の思いを伝える事が出来るようになる。」


途端にボンヤリしていた子供の表情が一変した。

驚きに眼を見開き、次に縋るように俺を見上げる。


「止めてくれ、そういう目で人を見るんじゃない。」


そもそも俺は人じゃない。


「いいか、そこの鳥が勝手にお前を助けただけだ。俺は関係ない。つーか、鳥!お前が

字を教えてやるって言ったんだからな、俺に振るなよ。」


「儂、筆が握れぬ。翼ではむりじゃ。」


ああああっ‼︎

神の我儘は本当に手に負えない!


馬鹿でかい力を持ちつつも、肉体が無い神が、現世に自分の力を及ぼす為に必要な道具として、俺を選んだ。

使役神として囚われる羽目になった己の迂闊さを、今以て悔いてはいれども納得などしていない。


「けっ!じょーだんじゃねえ!そんなこと俺がやるわけ……」


最後までは言葉に出来なかった自分が不甲斐ない。

が、体に伝わる圧力が半端ない、そしてじわじわ増してきている。

鳥の普段はクリクリした黒目が、底冷えする冷気を漂わせていた。


「……まあ、……いいけど……」


「そうか、良かったなぁ。白蔵が色々教えてくれるからな。安心せい、こう見えて意外と気のいい奴じゃ。」


そりゃどこの白蔵さんだよ。

仕方ない、神の力の前には俺の力は微々たる物だ。ここは適当にハイハイ言っとけば、取り敢えず丸く収まる。

本当は鳥のいう事なんか何一つ聞いてやりたく無いが、俺も無駄に死にたくはない。


「で、お前何て名前なんだ?名無しじゃ呼びずらい。」


つい口に出した疑問に答えがある訳もなく、鳥の冷たい馬鹿にする様な視線が突き刺さる。


「白蔵、話聞いてたか?この子は口が利けぬと、じゃからお前が字を教えてやるって話になったであろう。」


ついだよ、つい!

ふと自分の手に触れる冷たい感触に気付き、視線を落とす。

幾つものあかぎれを作った小さな子供の手が、俺の人差し指と中指を握り締めていた。

俯いた子供が俺の手を引く。

思った以上の力強さに驚く俺は、なぜだか大人しくその子供の意に従っていた。

社の外に出れば、雪がちらちらしている。


「なんだよ、何があるってんだ?」


裸足で石畳を歩く幼子の足が、社の庭の一角で止まった。

繋いだ手の反対側の手で、真っ直ぐ指差すその先には、雪を纏わせた赤い花がひっそりと咲いている。


「椿か。お前の名だな?」


頭に止まった鳥の声に、小さな頭がコックリと頷いた。


「つばき。」


俺の呟きに顔を上げた幼子は、微かに微笑んだ。





お付き合い頂きありがとうございました。

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