13.仇討
引き続き流血注意。苦手な方はバック願います。
13.仇討
血が噴き出す腕を押さえてのたうち回る男の姿は獣の様で恐ろしい。
頭を地面に押し付け、涎なのか涙なのか判然とし難い水分でグチャグチャになった顔がちらりと見えた。苦悶の表情に唸り声が重なりあう。
「おい、ガキ!さっさと逃げろ。早く村の中に逃げ込め。」
白蔵の声にビクリと体を揺らした幼子が、弾かれた様に走り出した。
「もっとも、こいつはもう何処にも行けやしないがな。」
冷えた言葉が男に落ちる。
脂汗を流し、血走った目で白蔵を睨めつけるのは、本当にあの人なのだろうか。
きっとあの子も同じ気持ちだったのだろう。
まさか、この人が私の家族を殺したとは思いも寄らなかった。
畑で会うとき草笛を作ってくれた。
薪を山ほどかかえていた時も、一緒に持って手伝ってくれた。
村一番の働き者と、年寄りにも感心される程朝早くから夜遅くまで野良仕事に精を出す真面目さが評判だった。
いつも柔らかく静かに笑っていたその笑顔で、記憶の中のその人と、今の獣じみた男が重ならない。
あんなに優しかったおにいちゃんが、なんで……
「ははっ!人間が何でって顔してるな。別に特別な事じゃない、単に血が好きなだけさ。噴き上がる血潮が綺麗だろう。その血が流れ出た後の抜け殻は醜いがなぁ。そうだよ、血が見たかっただけさ。タップリとね。それはお前も同じだろうが。妖なら分かるだろう俺の気持ちが!こんな月夜は尚更なぁ。いい月夜の晩だ、いつかもこんな明るい夜に、殺したっけなぁ!」
口から血を流しながら、狂気の笑みを浮かべる男。
白蔵の眉間に寄った皺が深くなる。
「同じ痛みを味わえばいい。」
良く聞き取れない位の小さな呟きを、椿は確かに聞いた。
痛みに縮こまる男の体を、首根っこを掴んで持ち上げた白蔵。微塵も重さなど感じさせない素振りで、大の大人を片手で持ち上げるなど、人間業ではない。
足が付かない高さにぶら下げられた男は、白蔵を蹴り飛ばしささやかな反撃を試みているが、その顔は赤く染まり、満足に呼吸が出来ないでいるのは明白だ。
白蔵は構わずそのまま指を右目に突っ込む。
親指、人差し指、中指の三本の指が、男の顔に突き刺さり、またも血が噴き出した。
再び上がる絶叫。
草むらに小さな音がした。
血に濡れた草の根元に転がっているのは、血と肉に塗れた目の玉だ。
「綺麗、だろ?自分の血でも見て満足してりゃよかったんだ。ああ、でもな、お前に目ん玉が付いてるからこんな事しでかしたのか。綺麗なもんを見たいからってな。だったらもう一個も取っちまえば、見たいと思っても見れやしない。」
男は首を絞められ息が出来ず、顔面は血に染まる。残った手が白蔵の着物を握りしめていたが、それもだらりと力なくぶら下がり、意識を手放した男の、残る目玉を抉り出そうとする手を、すがりつく様にして小さな手が止めた。
金色の瞳が椿を見咎める。
何故止める。
言外に言っているその目に、首を横に振る椿。
や、め、て
小さな唇の動きを読めば、その音の出ない言葉にグッと詰まった。
冴え冴えとするその面に浮かぶ苛立ち、噛み締めた歯がギリと鳴る。
眉間に寄せる深い皺が、葛藤を物語る。
けれど吐き出された息と共に、抑えがたい感情も幾らかは吐き出された様だ。
「興醒めだ。もういい。」
白蔵は興味を無くした様にぽいと男の身体を放ると、袖を握り締める女に向き直る。
「馬鹿野郎!折角命拾いしたってのに、わざわざその命ドブに捨てる様な真似しやがって。」
あれだけの残忍さを見せつけた妖には、およそ似つかわしくない表情を浮かべた白蔵に、椿が抱きついた。幼い頃に戻ったかの様に、白蔵にしがみ付いて離れない。
いや、泉に投げ込まれた幼い頃も椿は泣かなかった、泣けなかったというのが正しいか。甘えることの出来る今の方が、椿にとっては幸せな事なのかも知れない。
声も無く泣き続ける椿の背に不器用に回された手が、ぎこちなくあやす様にポンポンと叩いている。
「なぁ、椿。これでお前の仇を討てたか。」
妖の胸に顔を埋めたまま首を振る椿、白蔵の背に回された腕に力がこもる。
違うのだ、敵討ちなんて望んでなどいなかった。況してや自分に白蔵をこの村に縛り付ける権利なんてないのに、白蔵はあれだけ拒んだ使役神としてここに居る。そうさせたのは自分に他ならない。
涙でぐちゃぐちゃの顔は苦しげに歪み、白蔵を見上げる。
見慣れた艶やかな栗色の長い髪が、今は月の光を纏い銀色に輝いている。
そんな事させたいわけじゃなかった。過去の自分にけじめをつけたかった、自分と同じように泣くだろうあの女の子を助けたかった、誰も死なせたくなかった、ただそれだけなのに。
ご、め、ん、な、さ、い
椿にはそう繰り返すしかなかった。
白蔵の眉間の皺が更に深くなり、痛みをこらえるかのよう。けれど、ボロボロの泣き顔の椿を抱きしめるその手はひどく優しかった。
ゆらゆらと松明の炎がいくつも揺れて、竹林を照らし出す。
どうやらあの子は無事に逃げ果せたらしいと、椿は胸を撫で下ろした。
何人かの村の男達が白蔵の前に平伏した。
「神の御使いとお見受け致します。」
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