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12.血風に舞う

流血注意です。苦手な方はバック願います。

12.血風に舞う




音の無い映像。

幼子の手を引いた椿が必死に走っている。

竹林の中は地面の下を這う根がぼこぼこと凹凸をつくり、躓きやすい事この上無い。幼子が何度も体勢を崩しかけ、椿がそれを支え更に手を引いてひた走る。


強い意志の力を映し出す彼女の隻眼は、今まで見た事の無い力強さを見せていた。


緊迫した瞬間を映し出した鏡を前に、嘗ての感覚が蘇った。

危険を前にした時の、毛が逆立つようなぞわぞわしたやつだ。無意識にバキバキと指を鳴らしながら鳥に問う。


「どういう事だ?あいつは何やってるんだ。」


怒気を孕む俺の声に答える鳥は冷静だ。


「儂はこの地の産土神じゃ。あの娘が産まれた時から知っておる。なぜあの娘が独りになり、片目を潰され、声を失ったのか。みんな見てきた。」


「今そんな事言ってる場合じゃ無いだろうが!

あれじゃあすぐに追い付かれる!今すぐ何とかしろ!」


自分の物だとは思えない上ずった声が出た。

たかが人間の小娘にこんな風に狼狽えて、無様だ。

だけど、アレはマズイ。

あの獲物を追う様な、いたぶりながら、獲物が恐怖に染まる様を楽しむ様、アレは食べる為に相手の命を奪うのでは無い、楽しむ為に殺す手合いだ。


走る椿の後ろを、鉈を持ち追いかける男は息を弾ませながらもニタリとした笑いを張り付けながら距離を縮めてくる。


バカ野郎バカ野郎バカ野郎!

なんであんなガキを構うんだ!

なんであんなところにいるんだよ!

ガキを放って自分だけ逃げろよ!お前の姿は見えやしないんだから、なんでその手を離さねぇんだ!


握りしめた拳の指の間から生暖かいものが流れ落ちた。

足元にポツポツと散らばる赤い物は俺の血か。


「儂にはあの者を止める手立てが無い。儂があれを止めようとするならば、椿にまでその累が及ぶやもしれぬ。」


確かに鳥の力は大きいが、細かい調整は出来ないに違いない。下手したら地割れやら山崩れやら、大事になりかねない。神の怒りは天災そのもの。そしたら椿も無事では済まないだろう。


「じゃから、お前に重ねて頼む。儂の使役神となり、そしてこの村の人々の為に力を尽くしてくれ。」


「チッ!」


どうにも手詰まりだ!

くそッ!くそッ!椿の大馬鹿野郎!



◇◇◇◇◇



「きゃあ!」


躓いて顔から地面に突っ込んだ女の子は、口を切ってしまった様で口周りが血だらけだ。それを拭う手もまた同じく血に染まる。

早く立って逃げなくては、急かしたいのに声が出ない事がもどかしい。小さな手を握り直し、立ち上がらせようと力を込めるも、もう諦めた様に小さな体はへたり込んだまま、血がついた顔も俯いてしまった。肩で息をするのを見れば、この子の体力の限界なのかも知れない。


もう少し早く気付いていれば、この子も助けられたのに、この子の家族も助けられたのに。

私みたいに一人ぼっちになんかさせなかったのに。

でも、今は後悔してる場合じゃない。


まだ泣く時じゃない。

まだ立ち止まれない。

まだ諦め切れない。


もう一度幼子の腕を掴み、無理矢理立ち上がらせる。


走って!

走って!


音にならない声を掛ける。

聞こえなくてもいい、とにかく足を止めないで!

何度も躓きかける体を支え、手を引いた。

そう祈る様な気持ちで一緒に走った。



月に照らされ鬼ごっこ。

竹薮小道で鬼ごっこ。

捕まったらならもうおしまい。

本当に本当に、もうおしまい。


「はっはっ」


額に浮かぶ汗もそのままに走り続ける。

弾む息が、まだ生きているのだと知らせてくれる。


それなのに……


聞こえてくる。

足音が。

どんどん近づいて来ている。


「あっ!」


とうとう、蹴躓いた子供が倒れた。

姿は見えずともこの体を盾にして、あの子供を逃さなくては。


早く起き上がって、走るのよ!


のろのろと体を起こした幼子の背を押す。

振り返ろうとする体を前に押し出す。


見てはだめ。

振り返らないで走り抜けなさい!


背後にもう一つ、弾む息使いが聞こえる。

ああ、捕まっちゃったんだ。

でも、もう一度逃げ出すための機会がある。それを絶対逃してはだめ。だから、あなたは振り返らないで走って。


ゆっくり背後を振り返るのと、振り上げられた鉈が月の光を受けながら振り下ろされるのは同時。

私の手はあの子供をつき飛ばしていた。


思わず目をつむる。

けれど、体に受ける筈の衝撃はいつまでたっても来ない。


足元にドサッと何かが落ちて来た。

薄眼を開けて視線を落とせば奇妙なものが転がっていた。

それは、鉈を握ったままの右腕。


絶叫と共に血飛沫が舞い散る。

生暖かい赤い雫が降りかかる。

でも、私の目は血の雨の向こうに釘付けになる。


ああ、なんで。

なんで貴方がここにいるの。


白蔵。


「このバカ野郎!てめぇだけでもさっさと逃げりゃ良かったんだよ!弱っちい人間のクセに何やってんだ!」


青い月の光を背に、妖が立っている。

長い髪は風を受け大きく広がり、夜の闇に光る金色の瞳には、見た事もない感情が浮かぶ。


昔、幼い私が見た中で、もっとも美しいと思った物。

こんなに綺麗な人見た事も聞いたこともない。絵に描いてもこうは行かないだろうと思うほどに美麗で圧倒された。

子供心に、この人こそが神様だと思った。




お読み頂きありがとうございました。

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