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1.聖別の花嫁

カッとなった勢いで書いてしまいました。

皆様のお暇潰しになれば幸いです。

どうぞよろしくお願いします。

いとかなしけり

妖の恋



聖別の花嫁






俺はひどく冷めた気持ちで見ていた。


ーーー人間てのは、なんて愚かな生き物

小さな身体を殊更小さく縮めている幼子。

頭には白い綿帽子を被り、白無垢姿ではあるが、どう見ても大人の衣装を無理やり着るl不恰好さが滑稽だ。


雪が降りしきる如月の夕暮れ、冷たい石畳みに足袋のまま輿から降ろされたのは、まだ十になったかならないかの幼子。

ぶかぶかの着物のせいか自分では身動き取れない様子で、隣に付き添う男が子供の脇に手を入れ抱き上げて、ようよう輿から降りれたのだ。雪で足袋が濡れるからか、慌てて足元に揃えられた小さな草履に足をねじ込んでいる。


きっとこれまで着たことも無かった高価な着物なのだろう、何度も裾の汚れを気にして俯きながら後ろを向いていた。


かび臭い社の扉を開き、短い燭台に灯りを灯す村の男達。

冷たい床には敷物も無く、数人の男達と幼子が座り平伏する。

三つ指をついて頭を下げる子供の顔は、綿帽子に隠れて見えない。


「畏み畏み申す。土地神様、私は下の村の村長でございます。此度はお願いの儀之あって罷り越しました。どうぞお聴き届き下さいますようお願い申し上げまする。昨年は長雨続きで稲は腐って、まともな収穫はありませなんだ。その前の年は村の中を流れる川が溢れて、田地田畑のみならず大勢の家や人が流されました。土地神様、どうぞ御怒りをお鎮め下せえ。このままではこの村は立ち行かんようになります。僅かばかりではごぜえますが、お供物も進ぜさせていただきますゆえ、どうぞどうぞ儂らの村をお守り下せえ。」


暗い社に嗄れた声が響いた。

禿げ上がったジジイの頭には申し訳程度に小さな髷がちょこんと乗っかっている。その髷を揺らしながら何度も頭を下げ、今年の豊作を願っていた。


そんな事を言われても、俺には関係無い話だ。結局のところ、なるようにしかならないのだ。


ひとしきり村の窮状を訴えたジジイは、男達に目配せをして腰を上げた。


男達の手には荒縄が握られており、それは今、あの幼子の手足を戒めている。

暴れるでも無くただ黙って両手を差し出す子供は、これから自分の身に起こる事を知らないとは思えないが、されるがままだ。


「すまんな、恨むで無いぞ。昔からの仕来りじゃ。それにお前の身がこの村の役に立てるのだ、土地神様の花嫁になるのじゃ、誉であると喜んでおくれ。」


村長と思しきあの禿げジジイが、荒縄でぐるぐる巻きにされ、厳つい顔の男に担がれた子供を諭すように言い含めている。

テメェがそう言われて、大人しく頷くかといったら否だろうに。随分と手前勝手な言い様だな。


担ぎ上げられた男の肩で、相変わらず表情の見え無い子供は、それでもコクリと小さく頷いた。


一列に並んだ村人達が社の奥の森に分け入り、やがて小さな泉の側に出ると、男達は子供に手をあわせる。

担がれた子供は男達の念仏に送られながら、男の背から滑り落ちて行った。


小さな水音が辺りに響いた。









「おい、白蔵!早うあの子供を助けに行かぬか!」


けたたましく耳元で囀るのは嘴が桃色の鳥だ。名を何と言ったか、忘れた。


「なんで俺がそんな事しなきゃならねえんだよ。」

「人間は水の中じゃ生きられぬ!息ができなきゃ死ぬしか無いからに決まっとるじゃろ!」

「いいか、人間達はあの子供が死んでも構わ無い、なぜなら生贄としてあの池に放り込んだからだ。なら問題ないじゃないか、めんどくせい。」


そうだ、あいつらが言っていた供物とはあの幼子の事。


「馬鹿を言うな!いいから早うしろ!」


言うなり桃色の嘴が高速で俺の頭を突き出した。

禿げたらどうしてくれる!


「てっ、いててっ、痛てぇな!何すんだ鳥ィ!」


鳥に急かされた俺は渋々泉の辺に来た。

村人達は後味の悪さを感じてか、早々に鎮守の森から消えている。しかし、白い影が水面に消えて随分経った。あの子供が生きているとは思い難い。

「もう手遅れだ」そう鳥に言いかけた俺は、次の瞬間に目を剥いた。


鏡のように滑らかだった水面に漣が立ち、やがて渦を巻き始めると水が空を目指して遡り、巨大な水柱を作った。


「なんってこった。水が……ない。泉の底が剥き出しじゃないか。」


「白蔵、あれを社に連れて参れ。」


泉の中央部に生えている水柱を避けて、底に横たわる白い着物の人影を見つけた俺は、それを担ぎ急ぎ社に戻った。


そう、こいつはただの口煩い鳥じゃない。

この地一帯を守護する土地神だ。

悔しい事に、この俺をこんな陰気な森に縛り付けるだけの力を持った神なのだ。


黴臭い社の扉を再び開き、担いでいた白無垢姿の子供を床板に転がした。


「うっえ、なんだコリャ。」


目深に被っていた綿帽子が取れ、黒髪が頬や首筋に張り付いている。その髪の間から覗く幼子の右目の辺りは、眼窩の窪みが分かる様に凹んでいた。瞼の奥にある筈の眼球がこの子供には無いのだろう。


「白蔵、手をこの子供の胸に置いてくれ。」


訳もわからず取り敢えず鳥の声に従う。

小さな体を縛り上げている荒縄が手に触れると、なぜだかもやもやとした物が胸に広がる。輪郭の曖昧なそれは不快な物だ、だが何故だ?


「まだ辛うじて魂は繋ぎ止められておる。お前の身体に儂の力を下ろすぞ。暫し耐えよ。」


鳥が言うが早いか、俺の身体に物凄い圧力がかかる。必死に身体を起こし胸元に置かれた自分の手を見れば、指先がぼんやりと光を放ち温かい。この温もりがこの子供をこちらに引き戻すのだろう。


可哀想になぁ。







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