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理想論者と引き籠り  作者: 軌跡
7/19

魔術同盟

「珍しいじゃん、哲心にしては」


「何が?」


「スズリのこと。ちょっと気になってたんでしょ?」

 前のめりで尋ねる幼馴染に、ややあってから哲心は頷く。

 借りる本を纏めたらしい要は、次に反対の椅子へ座った。彼女が来るとなれば読書は中断。さすがに集中できたもんじゃない。

 背筋を真っ直ぐに伸ばした哲心には、上目遣いの幼馴染が良く見える。


「スズリさ、責任感がかなり強くてねー。何でもかんでも引き受けようとするんだよ。子供の頃の哲心みたいにさ」


「恥かしい話を掘り出すなよ……」

 思わず顔が熱くなる。尻の青かった時代なんて、当人からすれば黒歴史ものだ。今、その青さが消えたとも言い切れないし。


「――とこで、あいつはどこ行ったんだ?」


「なんか用事があるってさ。館内を探せば見つかるんじゃない?」


「……じゃあちょっと探してくる。要はここで待っててくれ」


「むー」

 二冊目の本を閉じ、元あったコーナーへ戻しにいく。背中に突き刺さる眼差しは、嫉視と呼んで差し支えないものだった。

 戻り際、想い人の目を見て一言。


「今日も弁当、美味しかったぞ」


「そ、それだけで誤魔化そうったって、そうはいかないよ?」


「分かった分かった」

 鏡があるなら、良い具合に赤くなった顔でも見せてやりたい。

 哲心は急ぐことなく、音を殺して一階へと降りていく。利用者が少なかろうと、読書の邪魔はなるべくならしたくない。

 関係者以外立ち入り禁止、の張り紙は、狭まった廊下の奥。トイレもかくやの目立たなさで、周囲の視線は完全に断たれていた。

 鍵はない。許可証となるのは、魔術師本人の肉体だけ。

 ドアノブに触れて、軽く魔力を流し込む。

 指先から半透明の波が広がったと思うと、重々しいロックの外れる音が。

最後に後方を確認して、哲心はその奥へと入っていく。

 閉めた途端に照明は呼吸を始めた。近代文明の否定さえ込めて、蝋燭が手前から灯っていく。

 奥に続くは、地下に伸びる螺旋状の階段。

 素材はすべて石だ。古代の神殿を彷彿とさせるデザインで、部分的な老朽化も味を出している。まるでファンタジーゲームの世界だ。

 奥まで反響する足音。下から上がってくる人影もなく、遺跡を冒険している気分になる。

 最後の一段まで降りると、進行方向は二枚の壁で閉ざされていた。

 門だ。表面には彫り込まれた巨大な絵。毒ニンジンを飲んで処刑されたソクラテス、それを嘆く弟子たちの構図である。

 とても一人の腕力では開きそうになかった。が、哲心は踵も返さず座視し続ける。

 その数秒後。魔術師の反応を感知し、門は軋みながら口を開いた。

 光が、身体を飲む。

 視界が晴れた頃には、もう人々の前だった。何十冊の本を抱える者、険しい顔で議論に耽る者。バラバラの理由で、最後の地を同じくする人々がそこにいる。

 日本魔術同盟、徳理支部だ。


「さて……」

 途切れない喧騒を前に、哲心は少女の姿を探す。ここは革新、名門派のどちらにも属さない拠点だ。彼女が来るにしても、別におかしい場所ではない。

 辺りには無数の目。

 中には哲心へ興味を向ける者もいる。同情心や物珍しさも一緒だった。

 嫌悪感や苛立ちは特別ない。引き籠り気味な神谷家の一員として、周りのペースには飲まれないのが流儀である。それに何も、悪意だけが渦巻いているわけではない。

 スズリの背中を探しながら、支部を奥へと進んでいく。

 建物は宮殿風の作りだった。いたずらに広大で、左右に幾つもの廊下を持っている。最奥にあるのは下層への入口と、上層部が控える中央会議場だ。

 人の流れは完全にスペースを持て余している。制作者に見栄があったのかどうか、機会があれば尋ねてみたい。


「おお?」

 そんな中にあっても祖父の姿は、格別の存在感を訴えていた。


「どうした哲心。お主が支部に来るとは珍しい」


「人探しをしに来ただけだよ。残念ながら仕事の手伝いじゃない」


「何じゃそうなのか……。ところで、探しておるのはスズリ君か? 彼女ならさっき、会議場の方へ向かっておったぞ」

「会議場に……?」

 上層部に何の用だろうか。ともあれ哲心は、厳哲の横を抜き去っていく。

 最奥へ向かっている間、擦れ違うのは人影だけに留まらない。何処かへ飛行する分厚い本に、書類の群れ。実にファンタジーな情報のやり取りが、常識の一端を担っていた。

 激突しよそうになるのを躱すこと数分。開きっぱなしの門を潜れば、目的地への入口が見えてくる。

 普段は、屈強な門番がいる筈で――


「ありゃ」

 留守だった。

 誰も指摘する者はいない。横にある階段の利用者も、我関せずと言わんばかりに去っていく。

 会議場までは数メートルの乖離があった。が、そこにもスズリの姿はない。もしや擦れ違ったのだろうか。

 予想を立てながら、念のため入口へ近付く哲心。扉は不用心にも開きっ放しだ。


「……お」

 ガラス張りの向こう、探していた人物を見定める。

 円卓の中心にいる彼女は、上にいる誰かと話している様子だった。


「――」

 開いたドアの隙間から、空気の振動が伝わってくる。

 微かに、そして重要な部分の会話が聞こえた。

 踵を返す。

 もう一秒だって、支部に残っている理由はない。




 地上に戻った頃、哲心の姿はどこにもなかった。

 まさかと不吉な予感に急かされ、彼の行動を要に尋ねる。


「いや、特に何も言ってなかったよ? 急いでた風ではあったけど」


「そうですの……」

 聞かれたか――安心のような、不安のような感情が湧いてくる。

 しかし元々、スズリと彼はそういう関係だった。矛を収めたように見えたからと言って、安易な仲間意識を持たれても参ってしまう。

 内通者の手引きで密会した相手は、あろうことかクラフトだった。

 用件は一つ。ヒトクイの被害が拡散する前に、収拾を付けろとのこと。

 昨夜に撃退したお陰で、連中はその代わりを求めている。用意しなければ無関係な人々が危ない。

 要約すれば。殺される筈だった人間を、生贄にしろと指示された。


「はぁ……」

 これで何度目の嘆息だろう。犠牲を使った解決など、スズリだって望んでいないのに。

 相談できる相手もなし。クラフトへ拒否を告げるにしても、代案がない以上は無責任なだけだ。それだったら、提案通りに動いた方が良い。


「――スズリ、なんか辛いことでもあった?」


「……」

 笑ってしまえるくらい、要は胸の内を突いてきた。

 ここで頷いてもしかたないと、スズリは胸襟を閉じる。


「何でもありませんわ。それより、図書館にはいつまで?」


「ん、そろそろ帰った方がいいっしょ。あんまり寄り道してると、優等生さんには不都合だろうし」


「そ、そのようなこと――」


「あはは、冗談冗談」


「……」

 何だか隙を晒した気分だった。葛藤の存在を告げた気もして、思わず彼女から目を逸らす。

 要にそれ以上はなかった。本を借りる手続きだけ済ませ、ぱっぱと荷物を整える。


「ほら、帰ろ。あたしだって家の仕事とかあるからさ」


「でしたら、急ぎましょうか」

 二つ返事を聞いて、少女達は街の中へ。

 外に出てからは寄り道も何もない一直線。人通りの量はさっきとほぼ同じだ。今回はさすがに、迷子の姿も見当らないが。

通り過ぎる幾つのも顔は、行動の推進剤に足るもの。

 今日中に実行しなければ、この場にいる誰かが死ぬ。その時、スズリは責任を取れるだろうか? 遺族に泣き付かれ、恨みを吐かれるようなことがあっても。

 無理だ。あって当然の悲観を無下に出来るほど、自分は強くない。

 神谷家の関係者には、非情な態度を取るしかなかった。

 しかし殺人への加担など、本来スズリには望める筈もない。欲しいのは誰もが悲しまない世界。道半ばで、選択を誤るわけにはいかなかった。

 ならどうすればいいのか。ヒトクイが世界のルールである以上、逆らったところで無駄になる。犠牲者を増やすだけだ。

 手詰まり。

 そんな弱音が、スズリの根底に巣食い始める。


「――」

 止めろとスズリは己を糺す。彼らだって、街中の人々と変わりはない。求める理想は、差別なく人命を救えと命じる。

 そう。一つたりとも零すことなく、幸せを救えるのなら。それに越したことはなかった。

 視界に映るすべての人々が幸福を夢見ている。人生における救済を、未来に対する希望を大なり小なり懐いている。

 徳理市の開発が進む様なんて、比喩としてはピッタリだ。

足りないのなら付け足すまで。文明を獲得して以降の開発につぐ開発、繰り返される拡張の波。

 人類の進歩は不安を払拭するための自己研磨だ。食糧の充実にしろ病の治療にしろ、技術が進むことで可能になった部分は多い。そして今も、日進月歩で成長は続いている。

 幸福を求める権利は万人に共通のもの。神の御心を持ってしても簒奪は許されない。

 ならどうして、スズリにそれを行うことが出来ようか。魔術師も所詮は人間。個人の善悪は、他の大多数と変わりない。


「……」

 しかし危険は現実に迫っている。葛藤が許される時間は、物事に対して余りにも短い。


「――スズリ、あれ」

 信号を待っていると、隣りにいる要が右手を示した。

 何台もの救急車。何事かと、大勢の人々が暇を潰しに歩いて行く。

 悪寒を感じて、スズリは駆け足で野次馬の中へ。半ば強引に掻き分けつつ、人の壁を抜けていく。

 被害の全容は救急車の数からも分かった。しかし血痕や、車が暴走したような痕跡はない。やってきた公職の関連を除けば、打倒な物は何もなかった。

 人々の話し声も疑念を確かにする。突然倒れたらしい、と。

 後ろではようやく要が追い付いてきた。何処となく冷静な顔は、哲心の影響すら匂わせる。


「……これ、今朝と同じやつかな」


「何かあったんですの?」


「いや、朝ランニングしてた時ね、意識不明の男性が救急車に運ばれたの。原因不明だって言ってたけど……」


「――」

 不吉な予感は、どうしようもない真実。

 恐らくヒトクイだろう。存在を隠蔽するためか、奴らは一般人に対し魂しか求めない。抜き取られれば意識不明という扱いにはなる。魔術師に関しては肉体ごと取り込む辺り、最低限の区別はしているのだろう。

 スズリは急いで視線を巡らせる。

 仕切られた現場の最奥、救急車の影。

 隊員の頭上に背を伸ばす、白い化け物の姿があった。


「あ」

 止めに行こうと手を伸ばしても、事は既に終わったあと。

 被害者は不意にくず折れた。周りにいた関係者が驚愕に身を揺らし、観衆は更に燃え上がる。――これでもし肉体が消えていたら、輪廻どころか暗殺者の仕業だ。

 幸い、ヒトクイの姿は魔術師にしか見えない。死神の存在にパニックを起こされることがなければ、覚悟を決めることも、逃げることも不可能だった。


「……」

 過度なくらい真っ直ぐな結論。天秤はどうやっても、重い方向に傾くだけ。何も知らず犠牲になるだけの無関係な人々を、なぜ看過することが出来ようか。

 震えきった心で、少女は小さく決断する。

 自身の矛盾に、堅く目を瞑りながら。

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